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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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50 画家ガブリエル

 シャーロットはモデルになることをシモンには言わないことにした。言えばきっとシモンに止められるからだ。


(ただ守ってもらうだけの存在になるのは嫌だ。実母や育ててくれた両親や、お城の人たちが自分を守ってくれたように、自分もシモンを守れる存在になりたい)


 シャーロットは忘れな草の花束を満足気に両手で抱えてシモンを見る。


(シモンさんは私を助けてくれた。今度は私の番)


「シモンさん、私、シモンさんを守りたい」

「え?どういう意味?」

「守りたいっていう言葉の通りです。ただそれだけです」


 あまりに真っ直ぐな、駆け引きを知らないシャーロットの言葉を聞いて、シモンは一度目をゆっくりつぶり、目を開けると困ったような嬉しいような顔でシャーロットのおでこと自分のおでこをくっつけた。


「ありがとう。君のその言葉でどれだけ俺が救われることか」


 おでこを離し、照れくささを隠すために互いに視線を逸らす。二人で手を繋いで青い海のような丘を歩いた。

 その日は王都の外れにある田舎料理の店で食事をして、早めに解散した。

 城に戻ってすぐに上級管理官のメリッサの部屋に行き、絵のモデルになることと、その理由を正直に話した。


「その話、危険はないの?まさか裸になるんじゃないでしょうね?それだったら私は許可できないけど」

「それを事前に確認します」

「ぜひそうしてちょうだい」


 翌日の夜にロウウェルの店に行き、条件を確認したシャーロットはメリッサに「全部着衣で描くそうです」と告げた。メリッサは、夜の九時半までに戻ることを条件に許可をくれた。


「いいんじゃない?好きになった誰かのために女性が頑張るっていうのも。二人の人生だもの、二人で力を合わせればいいと思う。女性は守られるだけなんて決まりはないわ。王妃殿下には私から報告しておくわね」


 ◇ ◇ ◇


「そうですか!引き受けてくれますかシャーロットさん。もちろんモデルの対価は相応の額をお支払いします。いやぁ、ありがとう、ありがとう。収益をシモンへの援助に使うことも、必ず約束しますよ」

「それで、生意気を承知で私からいくつか条件がございます」


 シャーロットが出した条件は、三つだった。

 シモンにはモデルの話は内緒にすること。

 髪型とドレスを普段とは全く違うように整えてくれること。

 髪の色をダークブロンドよりも明るく描いてもらうこと。


「なるほど。わかりました。では早速画家に連絡を取りましょう。城の近くに部屋を借りて、毎日少しずつモデルをお願いします。画家と二人きりは不安でしょうから、うちの妻を同席させます。それでいいですか?」

「はい。あの、着替えの手伝いや髪を結ってくれる方は?」

「全て妻が手配しますから、安心してください」



 ロウウェルの仕事は手際が良くて、数日のうちには部屋が用意された。

 画家の手配も済んだから来てくれと言われた日。

 シャーロットは指定された部屋に向かった。そこは仕事で王都に来る商人たちが使う宿だった。

 

 室内にはロウウェルの妻だという五十歳くらいの品のいい女性と、気難しそうな顔の三十歳くらいの画家がいた。油絵の具があちこちに付いたシャツと作業ズボンの男は

「画家のガブリエルです」

 とだけ自己紹介をしてシャーロットを見ている。

「あの、着替えや髪の結い上げは?」

 おずおずとシャーロットが尋ねるとガブリエルが答える。


「今日はまだいいんだ。君が悲劇の王妃に似ていると聞かされて来たが、たしかに顔はそっくりだね。だが雰囲気までは似ていないな。あちらが繊細なガラス細工だとするとあなたはしなやかな若木だ。僕からすると全然違う。あなたを悲劇の王妃に見立てて描いても、そっくりさんを描きましたってだけの退屈な絵で終わりそうだ。せっかくこんなに美しいのにそれじゃつまらない。君に質問をしていいかい?」

「なんなりとどうぞ」


 そこからガブリエルは様々な質問を重ねた。

 どんな環境で育ったのか、得意なことはなにか、普段はどう過ごしているのか、なぜ絵のモデルを引き受けようと思ったのか。

 出自のことだけは伏せて、シャーロットができるだけ正確に答えると、ガブリエルの目がキラキラしてきた。部屋に入った時の不機嫌そうな顔とは別人のようだ。


「ちょっと弓矢を引く動きをして見せて」

「はい」

「いや、横を向いて。そう。獲物を狙っているつもりで視線を遠くに」


 何度も何度も弓矢を引く動きを再現しているうちに汗をかいた。その汗の浮かんだ顔をじっと見るガブリエルがロウウェルの妻に次々と指示を出した。


「用意してほしいのは短弓と矢、片手剣、ミルク色の薄い布を大量に。それとうーん、目の覚めるような真っ赤なドレス、同じ色の靴、大粒の真珠をバラで三十個くらい、真珠は偽物でもいいよ。それと夜会で着るような肩が出るドレス、色は緑かな。以上です」

「わかりました。お任せくださいな、ガブリエルさん」


 その夜は着替えずに普段着のままいろいろなポーズを取った。

 弓矢を射る動き、ソファーにすわって斜め前を向いた姿勢。

 立ったまま片腕を壁に置いてガブリエルを真っ直ぐに見つめる姿勢。


 ガブリエルは猛烈な速さで手を動かしてそれらを全部カンバスに描き留めた。描きながら時々シャーロットに近づいてポーズを変える。シャーロットはピタリと止まって動かない。しばらくそれを繰り返したあとで、ガブリエルが感心した声を出した。


「すごいね、ぶれないんだね」

「おなかと背中に意識を集中していると動かないでいられます」

「筋肉も結構ついてるね」

「身体を動かすのは好きですから」


 その日はそれで終わった。

 翌日は真っ赤なドレスに着替え、髪を優雅に結い上げてもらい髪に真珠を散らばせて長椅子に座った。

「無表情はつまらないな。少し笑ってみて」

 シャーロットは母に習った『曖昧な微笑み』を作った。それを見てまたガブリエルが猛烈に描く。


 翌日は薄いシフォン生地を身体にぐるぐる巻きにされて、剣を振り抜く動作を繰り返した。弓矢も構えた。その翌日は夜会用の緑色ドレスを着て描かれた。合間に刺繍のことも質問をされる。


「刺繍はひと通りなんでもこなしますが、最近は殿下方のご要望にお応えして虫の刺繍を」

「詳しく話して」


 シャーロットは表裏を別々に刺繍して縫い合わせる刺繍の話をした。

「面白い。ねえ、今度それを持って来てよ」

「殿下にお渡しした物は持って来られません」

「じゃあもう一度刺繍してよ。手間賃はちゃんと払ってもらうから」

「わかりました」


 そこでまた夜なべして刺繍を頑張る。

 この刺繍がシモンの役に立つことに繋がる、と思うと眠くても頑張ることができた。


 ◇ ◇ ◇


 シャーロットが持って来た蝶の刺繍を見てガブリエルが喜んでいる。

「へえ!これはすごいな。想像の遥か上の出来だよ」


 ガブリエルは一層熱心に制作に取り組んだ。しばらく後にその下絵が出来上がって、今、ロウウェル、シャーロット、ガブリエルの三人で絵を眺めている。


「やっぱり私の目に狂いはなかった。ガブリエル、これで君は世に出る。これからは多くの画商があなたに群がる。多くの貴族や大商人があなたの絵を欲しがることになる。間違いない」

「ロウウェルさん、まだ下絵ですよ。そんなお褒めの言葉は全部の絵が完成してからにしてください」

「完成が実に待ち遠しい。シャーロットさん、あなたはどう思いましたか、自分の絵を見て」


 薄い布をたなびかせながら横向きで弓を構えている自分。

 髪に真珠を飾り、真っ赤なドレスを着てアゲハ蝶を止まらせてソファで薄く微笑んでいる自分。


「あの、緑のドレスで剣を持って立ってるのはどうなりましたか?」

「ああ、あれは納得がいかないんだ。あのドレスはどうも君の若木のような魅力を損なってるんだよね」


 緑のドレスはたくさんのヒダが寄せられた装飾の多いドレスだった。シャーロットもあれは自分に似合ってないと思っていたので、画家の目から見ても同じだったか、と思う。そしてスザンヌの作った緑色の「理想のドレス」を思い出した。


「ガブリエルさん、私、緑色のドレスでとても美しいドレスを知ってます。サイズは私にぴったりでした」

「それ、すぐ持ってこられるの?」

「今お城にあるかどうか。衣装部の先輩が趣味で作ったドレスなんです」

「いいね。今すぐ連絡してよ。借りてきて」

「はい。まだ帰ってないと思うので聞いてきます」



 衣装部のドアを少し開けてシャーロットがスザンヌを呼び出した。

 スザンヌは髪を優雅に結い上げたシャーロットに驚いたものの、急いでいる様子のシャーロットの話を質問で遮らずに聞いてくれた。


「理想のドレス?あるわよここに。あれを着られるのはシャーロットだけだから。家に置いておくよりお城に置いておくべきだと思って置きっぱなし」

「それ、今お借りできますか?」

「いいけどなんで?」


 シャーロットは絵のモデルをしていること、緑色のドレスが必要なこと、画家がぜひそれを借りたいと言っていることを告げた。


「やった!やったわ!無用の長物とまで言われたあのドレスが、ついに日の目を見るのね。ねえ、シャーロット、私もそこに行っちゃダメ?画家の目にどう見えるのか評価が聞きたい!」

「では一緒に行きますか?だめと言われたらどうします?」

「その時はしょんぼりして帰るわよ」


 二人でくすくす笑いながらドレスを抱えて宿に向かった。ロウウェルは「構わないよ」とスザンヌの同席を許可してくれた。

 スザンヌに手伝ってもらって緑色の「理想のドレス」を着る。シャーロットがドレスを着てガブリエルとロウウェルの前に立った。


「これは。確かにシャーロットの健康的な魅力が引き立ちますね。そう思いませんか、ガブリエル」

「うん、これだ。このドレスならシャーロットの溢れ出る生命力を損なわない。シャーロット、そのドレスで剣を持って。そう、そして敵を斬り倒すところを想像してみて」


 ガブリエルはツカツカと近寄って、きれいに結い上げてある髪を少し崩し、ハラリと顔の脇にひと房の髪を下ろした。

 シャーロットは右手で剣を持つ。

 目をつぶり、あの襲撃のことを思い出した。

 血だらけのシモンの顔。襲いかかってきた男の殺気立った顔。シャーロットは目を開けて、ゆっくり剣を構え、怒りを込めて剣をビュッ!と振り抜いた。相手の男と向かい合っている場面を想像して、剣を構え、ここにいない男を睨みつける。


 ガブリエルは木炭を持って描き続けている。

 サラサラという音が室内に響く。

 皆、画家の集中力を途切れさせたくない。無言で立って二人を見ている。

 シャーロットは血だらけのシモンの顔を思い出してるうちに涙が盛り上がる。

(あんな傷を残してしまった)

 

「あっ」

 油断したら涙がツウッとひと粒流れ落ちた。

「すみません」

 グイ、と手の甲で涙を拭って照れ笑いをしたシャーロットを見ながら、ガブリエルが絵を描き続けていた。



 

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