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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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47 心温まる手紙とスザンヌのひと目惚れ

 このところのシャーロットの心の中にはシモンがいる。

 襲撃された日、シモンは顔からたくさんの血を流しているにもかかわらず、取り乱している自分を『大丈夫、大丈夫』となだめてくれた。


 シモンはあの時はまだ自分をただの侍女だと思っていた。どんな気持ちで守ってくれたのだろうか、と思う。

(もしや私のことを?)

そう思うのは思い上がりだろうかとシャーロットは自問自答を繰り返す。


 ぐるぐると同じことを考えながらお昼に庭を歩き回っていたら地面に水色の小さな殻が落ちていた。

「あら、懐かしい。ムクドリの卵の殻だわ」


 指先で摘まんで手のひらに乗せる。ムクドリは雛が孵ると、親鳥が殻を少し離れた場所まで咥えて運んでから捨てる。巣を清潔に保つためと、殻を見て外敵が寄って来るのを避けるためだ、と父が昔教えてくれた。


 シャーロットは野鳥の卵の殻が好きだった。

 ムクドリの卵は優しいパステル調の水色。スズメの卵はそばかすのような斑点が浮いている白、ヒヨドリの卵の赤っぽいマーブル模様。どの卵の殻も、子どもの頃は宝物だった。命を包み守ってこの世に姿を現すところがなんとも神秘的に感じる。


 ニコニコしながら卵の殻を拾い上げ、大切にハンカチに包んで王族の部屋まで戻った。


「オレリアン殿下、ムクドリの卵の殻を拾いました」

 ひとつしかないので小さな声で伝えると、オレリアンはパアッと顔を輝かせた。二人の王女が近くにいないことを確認してからオレリアンの手のひらにそっと殻を置いた。


「わぁ、美しい色だね」

「はい。優しい色です」

「これ、もらってもいいのかい?」

「はい。そのつもりで持ち帰りました」

「ありがとうシャーロット!大切にするよ!」

「どういたしまして、殿下」


 オレリアンが自分と同じことに興味があることが嬉しくて、シャーロットまで笑顔になる。


 夕方に部屋に帰るとシャーロットのベッドに手紙が置いてあった。差出人の名前は書いていない。だがシャーロットはシモンからだと直感した。急いで開封し、中の手紙を読んだ。やはり差出人はシモンだった。


 手紙には当主としての仕事は果てしなくあるが、やりがいもあること、なすべきことを全て軌道に乗せたら王都の屋敷に戻るつもりでいる、と書いてあった。

 最後の一行は『城にいる間に君ともっと話をすればよかったと後悔している』だった。

 

(私のことをシモンさんが思い出してくれてる)と思うことは、じんわりと心を温かくしてくれた。両親や職場の人たちから優しくされる時とは心の違う場所が浮き立つ気がした。


 シャーロットはすぐに返事を書いた。

 父以外の人から手紙をこうして配達で受け取ったのが生まれて初めてで嬉しかったこと、今日ムクドリの卵を拾ったこと、雛を守るために巣から離れた場所に殻を捨てる親心に胸打たれることなどを書いた。


 シャーロットも手紙の最後に『私ももっとお話をすればよかったと思っています』と記した。

 手紙と一緒に刺繍入りのハンカチを送ろうと思いついた。未使用の白いハンカチを買ってこなくては、と急いで王都の街に出かけた。

 混雑する宵の口の商店街を歩いていると、たくさんの二人連れが歩いている。今の今まで二人連れを意識して見たことがなかったけれど、気づけばそこかしこに男女の二人連れがいる。


(そうか、みんな大切な相手がいるのね)

 シャーロットは、胸に生まれたばかりの柔らかい思いが成就することがあるのか、と先行きの難しさを思いやる。

(私が隣国の王族であるという証明書があったって、それは使えない。だって王族として何かの役に立つわけじゃないもの)と落ち込みそうになったが、グジグジするのは嫌いな性分だ。落ち込む手前でグッと踏ん張った。


「いいわ、刺繍ごときでそんなことまで悩む必要ないわよね。刺繍は刺繍よ。それだけ」

 

 シャーロットは気持ちをスッパリと切り替えてハンカチを買い求め、同室の仲間にお菓子でもお土産に買って帰ろうと庶民相手の菓子屋さんを覗いた。するとお菓子屋さんの店内に見慣れた人が。


「スザンヌさん」

「あら!シャーロット。お買い物?」

「はい。ハンカチを」


 するとスザンヌの瞳がキラリと光った。


「ちょっと、こっちにいらっしゃいよ」

 そう言ってグイグイとシャーロットの腕を引っ張って、店内でお菓子とお茶を楽しめる席へと向かった。そして席に着くなり「お茶二つと焼き菓子二つお願いします!」と注文を済ませてしまい、それから声をひそめて話しかけてきた。


「ハンカチに刺繍するのよね?お相手は男性よね?」

「はい、まあ、そんなところです」

「平民でしょう?」

「……」

「柄はどうするの?」

「特には考えていませんが」

「どんな人なの?私が一緒に柄を考えてあげる」


 そこまで聞かれて言葉が詰まった。シモンのことはとても他人に言えないと気がついた。

 侯爵家当主のシモン様です、と言ったら呆れられる。自分が聞かされる側だったら(いくらなんでも不釣り合いすぎて無理でしょ)と思う。

 首を少しだけかしげて考える。そこでハンカチを贈っても問題ない人を思いついた。


「えっと、まず最初はお友達のレオンさんに、ですかね」

「誰それ」

「庭師さん。この前お世話になったので。お友達ですよ、お友達」

「ふうん、友達なら頭文字でいいんじゃない?」


 友達と聞いた途端に顔から表情が消えたスザンヌが可笑しくて笑ってしまう。


「なによ。なんで笑うのよ」

「スザンヌさんて、恋愛話が好きですよね」

「好きっていうか、ご馳走ね。わくわくする」

「スザンヌさんは好きな人がいるんですか?」

「それがいないのよ。職場は女性ばかりだし、衣装部って男性と関わるって言ったら陛下とオレリアン殿下だけじゃない?ときめきようがないわよ」

「うふふ。そんなことを言うと不敬だって叱られますよ」


 そんな会話をしていると、窓の外をとある集団が通りかかった。庭師の男たちだ。

「あっ、さっき言った友達がいた!ここに呼んでもいいですか?」

「いいけど」

「すぐ戻ります。待っててください」

 シャーロットは急いで店を出て走って追いかけ、声をかけた。振り向いたレオンは仲間に断りを入れてシャーロットに近づく。


「レオンさん。よかった。今、忙しいですか?私、先輩とお茶を飲んでるんですけど、一緒にいかがですか?お菓子をごちそうします!お世話になったお礼にしてはちょっとささやか過ぎますけど、何でも好きなものをごちそうします!」

「その先輩とやらは俺が行っても嫌がらないのか?」

「大丈夫です」


 そして今である。

 レオンを連れて席に戻り、シャーロットとレオンが並んで座り、向かいにスザンヌ。レオンは「遠慮なくごちそうになるかな」と言いながらも、シャーロットたちと同じ焼き菓子とお茶を注文した。


「もっとバンバン頼んでくださいよ、レオンさん」

「そんなに甘い物を食っちまったら夕飯が食えなくなるだろうが」

「あっ、そっか。じゃあ、夕食をご馳走します!」

「いいって。これで十分だ」


 二人でやり取りしている向かい側で、スザンヌがずっと黙ってティーカップを見つめている。これでは気まずくなってしまうとシャーロットは焦った。


「レオンさん、今ね、刺繍の話をしてたの。レオンさんに刺繍のハンカチを贈ろうかと思ってるんだけど、どんな柄が好き?」

「え?なんであんたが俺にハンカチをくれるんだよ」

「ええと、困った時に助けてもらったから?」

「違う違う、あんたにはパンも貰ったし、あっちの家を勝手に借りた恩があるんだ、お礼のお礼なんておかしいだろ」

「ふうん、そうですか?じゃあ、やめときます」


 その場はそれで終わったのだが。

 レオンがひと足先に帰ったあと、スザンヌの猛烈な質問攻めが始まった。


 あの人に恋人はいるのか、それとも結婚してるのか、どこに住んでいるのか、シャーロットは何を助けてもらったのか、どんなパンを渡したのか、家を借りたとはどういう意味か、などなど怒涛の勢いとはこのことかと驚きながら差し障りのないことだけを丁寧に答えた。


「私、あんなすてきな人、初めて見た。あ、違うわ、シモン様もすてきだけれど、あちらはこう、眺めて楽しむべき方じゃない?でもレオンさんは生きてる人間ていうか、血が通ってるというか」


(失礼な。シモンさんだって血が通ってる人間ですよ!)と抗議したいのは堪えた。いやそれよりも!とシャーロットが意気込む。


「ねえ、スザンヌさん、もしかしてレオンさんに興味があるの?」

「あるっていうか、お城にあんな魅力的な人が働いてたなんて知らなかったから驚いちゃった。落ち着いた感じでお顔も整ってるし。気さくな感じだし」

「何歳か聞いたことないけど、スザンヌさんよりだいぶ年上じゃない?」

「ええ?そんなに違わないと思うけど。何歳でもいい。年齢なんて超越した魅力があるわよ!」

「そうかなあ」


 そこからのスザンヌは、なんだかふわふわした会話ばかりしていて、シャーロットはそんなスザンヌを微笑ましく眺めた。




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コミック『シャーロット』
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