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43 立太子式と襲撃

 立太子式の最中、オレリアン王子は退屈しきっていた。

 だがここで駄々をこねても一切の得がないことは十分承知している。なので粛々と自分が果たすべき役割を果たしていた。


 どの貴族、どの使者も、オレリアンが何も資料を見ないで貴族たちの名前を呼び、的確な質問で近況を尋ねると喜びの色を顔に浮かべた。王子が自分を覚えている、領地のことを知っているという事実に大人たち全員が心をつかまれていた。


(早く鳥笛で野鳥と遊びたい。ピチットに会いたいなあ)


 心のなかではそう思いながら、真面目な顔で大人たちに声をかける。

「そなたの領地では今年もワイン造りは順調か?」

「そなたの娘は今年成人するのだったな」

 声をかけられた貴族たちは皆、顔をほころばせてその場を下がる。「オレリアン王子は賢王になられるに違いない」と思いながら。


 華やかに執り行われた立太子式は父の言葉で締め括られ、無事に終わった。その後の宴会は八歳のオレリアンは不参加でも許される。


「はぁ、疲れた。これでやっといつもの生活に戻れるよ」

 ぼやきつつオレリアンは謁見用の大広間を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 バルニエ侯爵の命を受けた四人の護衛たちは、城の使用人用の門を見張っている。

 

 四人の護衛は交代で窓に張り付き、延々と通用門を見張り続けた。

『その侍女が出てきたら適当な場所で確保しろ。そのままバンタース王国に運べ。生死は問わない』

 今まで聞いたこともないような不穏な指示だが、彼らに断る選択肢はない。


 護衛四人はレオンの予想通り、使用人の出入りが見える宿に部屋を取っていた。監視作業に不慣れな彼らが窓から門を注視している姿は、専門家のレオンから丸見えだ。

 レオンは(シャーロットを狙うなら警護が緩んだ式典後、場所はシャーロットが城から離れたところを狙うはず)と推測した。

 

 立太子式が終わり、集まった貴族や使者は続々と帰って行く。

 バンタース王国の一行も帰って行く。その人数は来た時よりも四人少ない。バルニエ侯爵は誰かに何か聞かれたら「知り合いの貴族の家への使いに出している」と言うつもりだったが、出る時の検査は緩い。各国の使者は賓客なのもあって、ほぼ何も調べられずに門を通された。



 レオンはシャーロットを食堂付近で待ち受けて、事実のみを端的に知らせた。

「お前、バンタースの貴族に狙われているぞ。おそらく城から離れるのを待って襲われる」


 シャーロットはぎょっとした顔になったものの慌てなかった。

「そうですか。明日、お休みなので父さんが迎えに来るのに」

 とだけ答えた彼女の様子から(あ、この娘、自分が狙われる理由を知ってるな)とレオンは確信した。


 レオンは次にシモンの部屋を訪問した。

 調べておいたシモンの部屋は宿舎の二階なので、外から直接窓まで登った。指先でコンコンと窓ガラスを叩くと、抜刀したシモンがカーテンを開けた。

 狭い梁の上に立っているレオンをシモンは眉間にシワを寄せて眺めている。

 口の動きで『シャーロット 危険』と伝えるとやっと窓を開けてくれた。


「たしか君は庭師じゃなかったか?シャーロットが危険て、どういうことだ?」

「シャーロットがバンタースのバルニエ侯爵の護衛たちに狙われてます」


 バルニエ侯爵はシモンの母に金を貸し、見返りにシモンを利用しようとした人物である。


「バルニエ侯爵が?」

「はい。明日はシャーロットが休みです。父親が城の前まで迎えに来るそうです。きっと家までの道中を狙われます。相手は四人。侯爵家の護衛なので腕前はそこそこあるはず」


 シモンはレオンに尋ねたいことは山ほどあったが(最優先すべきはシャーロットの身の安全)と質問は後回しにした。


「他国の侯爵家の護衛兵となると、確証もなしに兵は出せないな。俺が行く。シャーロットにも狙われていることを伝えなければ」

「シャーロットにはもう知らせました。シモン様はやつらの相手をお願いします」

「了解だ」

「俺を信用してくれるんですね?」

「俺を騙して君が得をする理由が思いつかないからな。詳しい説明は後で聞かせてもらうよ」

「ありがとうございます。俺も助太刀した方がいいですか?」


 数秒だけ考えるシモン。


「君の判断に任せる。問題はシャーロットの父親だな。森で見た時には動きが武人だと思ったが」

「そうですね、だいぶ昔のことではありますが、彼は猟師の息子という立場から剣の腕一本でのし上がった凄腕の兵士でした。腕が落ちてなければいいのですが」


 シモンの決断は早かった。


「なるほど。なら彼の身の安全は彼自身に任せても安心だろう。殿下が森に行った時もナイフこそ外していたが、腰に鞘はぶら下げていた。おそらくナイフは身につけて来る。俺は明日の一番鶏の時刻には門のところで待機しておく」

「信用してくれてありがとうございます」

「俺こそ礼を言う。知らせてくれて助かった」

 シモンはわずかに微笑み、その笑顔の眩しさに少し引くレオン。


 翌朝、シャーロットはレオンとシモンを見て「お手数をおかけします」と頭を下げた。


「レオンさん、相手は四人でしたね?」

「そうだ。どうする?家に帰るのをやめるか?」

「いえ。父が来ますから。巻き込むことにはなりますが、父は腕が立ちます。今まで守られてばかりだった私ですが、この辺できちっと立ち向かいます」


 シモンはそれでも心配そうな顔をしている。


「シモンさんが来てくださるなら大丈夫かと。この機会を逃せば、私はずっとお城に引きこもることになります。やましい理由、あちらにはあっても私にはありませんから。でも、私のせいでいろいろご迷惑をおかけします。申し訳ございません」

「謝るな。俺は君を守りたいだけだ」


(ほぅ)という顔のレオン。

 驚いて固まるシャーロット。

 やがて、開門の時間が来た。




「お父さん!お迎えありがとう!」

「シャーロット。久しぶりだな。さあ、乗りなさい」


 シャーロットは笑顔で荷馬車の御者席に乗り込んだ。

 御者席に座る前に笑顔で父のリックにあれこれ話しかけながらウエストのベルトを緩め、ワンピースの中に隠しておいた木剣をさり気なく御者席の床に落とした。

 リックはそれを見ても何も言わず、チラリとシャーロットの顔を見ただけだった。


 襲撃者が見ていることを意識して、自然な会話に見えるよう注意しつつ、シャーロットはリックに襲撃の話も伝えた。リックは心得たもので、うんうんと笑顔でうなずきながら話を聞いている。


 荷馬車はのんびりのんびり進んでいる。荷馬車の背後を四人の男たちが早足で尾行しているが、シャーロットと父のリックは会話をしていて振り返ることはない。


 王都から離れ、森への脇道に入ろうかという頃には辺りに人影がなくなった。それを待っていた四人の男たちが一斉に走り出し、剣を抜いて荷馬車に襲いかかった。


 荷馬車の前に飛び出して馬を止める者、シャーロットを引きずり下ろすために荷馬車に足をかける者、リックに斬りかかる者、荷台に飛び乗って背後からリックを狙う者。

 連携の取れた動きで荷馬車はあっという間に男たちに支配された、かと思われた。


 襲撃者に驚いた馬がいなないて暴れた時、リックは迷うことなく大型ナイフを腰の鞘から抜いた。自分に襲いかかって来た男の剣を避けつつ相手の腕に深傷を負わせ、すぐさま男の喉に左の拳を叩き込む。

「がぁっ!」

 獣じみた声を出しながら体勢を崩した男に、リックが御者席から飛び降りながら馬乗りになる。大型ナイフが陽光を反射してギラリと光った。リックは男の両方の肩関節にナイフを刺した。


 シャーロットは襲われると同時に木剣を手に取り、柄頭を男の鼻に叩き込んだ。

 

 こんな反撃を想定していなかった男は鼻から出血させつつ慌てて剣を振りかぶろうとしたが、その右上腕の骨をシャーロットの木剣が素早く打ち砕いた。

 うめき声を漏らして身体を折り曲げた男の鳩尾に、今度は体重を乗せた重い剣先を突き入れた。男は呼吸ができなくなり、街道に転がった。


 荷台から襲い掛かろうとした男は背後から背中を切り裂かれた。剣を振り下ろしたのはシモンだ。

 声も出さずに倒れた男の腿に剣を刺して動きを止め、シモンは荷台から御者席を踏み越えた。前方からリックを襲おうとしていた男の肩から胸へとシモンが叩きつけるようにして剣を下ろした。


 しかし男はそれを予想して身を翻し、振り返りざまに剣を横になぎ払う。シモンはのけ反ってギリギリで避け、一瞬身体を沈ませてから男の腹から胸を斬り上げた。


 あっという間に四人の護衛たちが街道に倒れた。

 シモンがシャーロットを振り返り、

「怪我はない?」

 と声をかけたが、シャーロットはシモンの顔を見て「ひっ!」と細い悲鳴をあげた。


「ん?」

「シモンさんっ!お顔がっ!」


 シャーロットはシモンに近づこうとして倒れている男につまずき、それを踏んづけてシモンに駆け寄った。シモンの端正な顔に大きく傷がついていた。左頬の下から鼻を通り、右目の下まで傷が赤く口を開けていた。たくさんの血が流れ出していて、シモンの顔と服を赤く染めている。


 シモンは剣に触れていないので(ああ、たまにあるかまいたちみたいなものか)と落ち着いている。なのでシャーロットの狼狽を申し訳なく思う。


「ああ、深い傷じゃないから大丈夫。多少切られるのは覚悟して距離を詰めたんだ。その方が早……」

 

 シャーロットがシモンの血だらけの顔を両手で挟み、顔を近づけて傷を覗き込む。シャーロットの手に母の墓石の沁みるような冷たさが、耳には自分しかいない森の家の静けさが甦る。


(いやだ、いやだ、もう誰も失いたくない!)


「シャーロット?あの、浅い傷だよ?」

「お父さん、血止め草を出して!」


 引きつった顔でシモンの傷から目を離さないシャーロットをシモンがなだめる。


「シャーロット、大丈夫。頭や顔は血が出やすいんだ。すぐ止まるから。深くは切れてない。そんなに心配いらないんだよ」

「シモンさんはご自分で傷を見ていないからそんなのんきなことをおっしゃるんです!ああもう、私がさっさと全員を倒しておけば良かった!」

「いや、それはどうかな。俺の出番がなくなるじゃないか」

「冗談おっしゃってる場合ですか!」

「あ、うん。ごめん」


 シャーロットはリックが渡してくれた血止め草を両手でよく揉んでシモンの顔に当てた。乾燥させてある血止め草は、血を吸ってみるみる黒っぽく色を変えていく。


「どうしよう、ほんとにどうしようっ!」

「シャーロット、大丈夫だから。こんな傷では死なないから。落ち着いて」

「こんな大きな傷、私のせいで!」


 うろたえるシャーロットをシモンが両腕でそっと包み込んだ。

「大丈夫大丈夫、落ち着いて?たいして痛くもないさ、こんな傷。実戦は初めてなんだよね?もう終わったんだから落ち着いて」

 低く小さな声でシモンがなだめるように話しかける。


 リックが眩しいものを見るような目で二人を見た後で、転がっている男たちを一人一人荷台に放り込んだ。大怪我をしている者が二名、骨折などの怪我はしているが命に別状はない者が二名。

 全員の腕だけを荒縄で縛り、逃げられないように素早く片足首の腱を切った。


 シャーロットは狼狽しながらシモンの顔に血止め草を当てていたが、上から押さえるにはハンカチではどうにもならない。迷いなく自分のワンピースの裾をビッ!と両手で引き裂いて包帯がわりに顔に巻き付け始めた。


「えっ?いや、いいよ、止まるよ血なんて。傷は浅いんだ、大丈夫だから」

「いいから喋らないでください!血が出ます!私がこうしたいんです!」

「うん……ありがとう」


 顔をぐるぐる巻きにされながら、シモンは目のやり場に困っていた。

 腰を下ろしているシモンの目の前を、真っ白ですんなりしたシャーロットの脚が右に左に動いている。つるんとした膝頭や、柔らかそうな腿までがチラチラ見えるので慌てた。

 必死に手当をしてくれているシャーロットの脚を見るのは申し訳なくて、シモンは目を閉じて手当てを受けることにした。



 それを少し離れた森の端からレオンが眺めている。シャーロットが危なそうなら出て行こうと思っていたが、制圧まで一分かかったかどうか。


「おっそろしい人たちだなぁ。すぐにケリがつくだろうとは思ってたけど、ほんとに一瞬で終わっちまった」


 手に握っていたナイフを鞘にしまい、レオンは歩き出した。


「ケヴィンは奴らの足首の腱を切ってたな。なるほど、あれで歩けなくなるわけか。さすが猟師の息子。手際がいいや」


 迷いなく手慣れた感じに敵の足首の腱を切っていたケヴィンの様子を思い出して、レオンはふるりと身体を震わせた。


「それにしてもシモン、あいつやっぱり強ぇな。顔はいいわ貴族だわ剣の才能もあるわって、不公平が過ぎんだろ、神様よ」

 


 


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コミック『シャーロット』
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