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42 バンタース王国のバルニエ侯爵

 いよいよ明日がオレリアン王子の立太子式、という日の夜。

 ランシェルの国王がバンタース王国のバルニエ侯爵と歓談している。バルニエ侯爵はイブライム王子に付いてこの国に来た重鎮だが、自分だけがひっそりと呼び出された理由がわからず落ち着かない。


「オレリアン第一王子の立太子式に遠方より参加してくれたことを感謝する」

「わたくしこそ、オレリアン殿下の晴れの式典に参列できる喜びに打ち震えております」


 にこやかな表情のまま、エリオット国王はバルニエ侯爵を見つめて話を続けた。


「貴殿が我が国のフォーレ侯爵家に多大な援助をしていたこと、夫人に代わって礼を言う。侯爵家と言えど全ての家の経済が順調ではないことは私も重々承知しているのだ。だが、特定の臣下のみ優遇するわけにもいかず、手をこまねいていた。バルニエ侯爵、富める者の役目とは言え、あのような無償の援助はなかなかできることではない」


 自分とフォーレ侯爵夫人のつながりが国王に知られていたことにバルニエ侯爵は驚愕した。

(どこから漏れたのか、どこまで国王に知られているのか)

 笑顔を貼り付けたまま侯爵は忙しく頭を働かせる。

 一方のエリオット国王は人の良さそうな笑顔のまま話を進める。


「フォーレ侯爵夫人は財政の立て直しに尽力していたのだが、その無理がたたったらしい。つい最近、体調を崩してウベル島にて療養することになったのだよ。実に残念なことだ」


(ウベル島だと?)

 侯爵はその島の名前で全てを理解した。

 ウベル島は療養地とは名ばかりで、ランシェル王国の貴族で重罪を犯した者が生涯にわたって閉じ込められる孤島だ。つまり、自分の企みは露見し、フォーレ侯爵夫人はウベル島に幽閉されたということだ。


 絶句する侯爵にエリオット国王は柔らかな笑顔のまま話を続ける。


「ゆえに、長男のシモンが近々白鷹隊を除隊して、侯爵家当主として立て直しに力を尽くすことになったのだよ。あなたの無償の援助があればこそ、フォーレ侯爵家も立ち直れるというものだ」

(また『無償の援助』と言ったな。あの金は返ってこないのか)


 バルニエ侯爵は今にも衛兵がなだれ込んで来るのではないか、この国で投獄されるのではないかという恐怖で全身の皮膚がチリチリした。しかしここで人生を終えるようなことは断じて避けねばならぬ、と恐怖で縮み上がりそうな自分を叱咤する。バルニエ侯爵はフォーレ家に貸した金は諦めるしかないと即断した。


「いえ、陛下。わたくしのような者がフォーレ侯爵家のような由緒ある家のお力になれたことは名誉でございます」

「そうか。そう言ってくれるあなたに感謝の品を贈らねばならないな」


 エリオット国王は金のベルをチリリンと鳴らした。

 すぐに侍従が恭しく箱を捧げ持って入ってきた。

「どうかこれを受け取って欲しい。私からの感謝の品だ」


 バルニエ侯爵は丁重に小箱を受け取り、自分に提供された客室に戻ってから箱を開けた。箱の中にはランシェル王国で功績を残した者に叙勲される勲章が入っていた。


 バシッと、バルニエ侯爵は箱ごと勲章を床に叩きつけた。(山ほどの金貨と引き換えに手にした結果がこれか)と国王の笑顔を思い出しながら箱を踏みつけた。

 怒りのあまり荒い呼吸を繰り返していたが、やがて落ち着いた。


「まあいい。あの国王が気づいているかいないかは知らんが、あの娘を見つけたからな。ジョスラン国王に報告すれば十分見返りはあるはずだ」


 そうだ、あの娘を差し出せば。

 ずっとその存在を気にしていたジョスラン国王がお喜びになるだろう。当てにならない国家機密などよりずっと喜ばれるはずだ。


「エリオット国王。この借りは必ず返してやるからな」


 バルニエ侯爵は温室であの侍女を見た時の衝撃を思い出した。

 死んだはずの前王妃が生き返ったのかと思うほどそっくりな侍女だった。他人のそら似というレベルではない。年齢も連れ去られた赤子とぴったり同じくらいだった。


 その侍女はイブライム王子と侍従のルイには視線を送ったが、その後ろで驚いていた自分には目を向けることが一度もなかった。驚いた顔を見られなかったのは幸運だった。まだ運命の女神は自分の近くにいる。

 バルニエ侯爵は自分と共にこの国に訪れている護衛たちを呼び寄せた。

 急に集められた侯爵家の護衛たちは何ごとかと驚いていた。


「お前たちに重要な役目を与える。この城で働く侍女を一人、バンタースに連れ帰れ。かつてバンタースにおいて重罪を働いた者の子どもだ。陛下がお喜びになる。立太子式が終わったあともお前たちは残れ。この城の使用人用の門を見張り続けろ。この国の者に気づかれないよう、その侍女を箱にでも詰めてバンタースまで運ぶのだ。最悪の場合、生死は問わないが、できれば生かしたまま連れ帰れ」

「はっ」


 一人になり、バルニエ侯爵は考えを巡らせた。

「あの侍女は己の出自を知っているのか」

「ケヴィンとリーズはどこにいるのか」

「なぜあの時赤子を連れ出したのか」

「ジョスラン国王の狙いを知っていたのか」


 不明なことだらけだが、あの侍女を問い詰めればわかることも多いだろう。そう思うと先ほどの怒りも収まって来る。

「思いがけない幸運だった」


 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、レオンは自分の部屋で考え事をしながらナイフの手入れをしていた。

 庭師の仕事に就けたのは幸運だった。

 庭師なら敷地のどこにいても不審には思われない。一時は庭師長のポールがぴったり自分に同行していたが、最近はそれもだいぶ緩んでいる。


 おかげでバンタース王国の王子一行が城の敷地内に入ってきた時、近くの木の上にいることができた。ポールに怪しまれないよう剪定をしながらだったが、訪問してきた顔ぶれは確認できた。王子は父である国王が赤子を探し続けていることを何も知らないから、まあいい。ジョスラン国王もさすがに息子には汚い自分を見せていない。

 問題はバルニエ侯爵がいたことだ。


「あの男はジョスラン国王の懐刀だ。ジョスラン国王があの娘を探し続けていることに気づいているはずだ」


 前王の娘を狙う暗殺部隊がいたことは自分しか知らない。ジョスラン国王は人を信じない人間だからだ。

 だが、あのバルニエ侯爵は国王が遠隔地で謹慎させられている頃からの腹心だった。主の考えを読み取れる男だからこそ、今まで近くにいられたのだ。


 レオンはシャーロットが王子王女の世話係だからそうそう姿を見られることはないと思っていた。

 なのに。

 宿舎の窓から抜け出してバルニエ侯爵たちの動きを見張っていたら、同じ温室にシャーロットが来てしまった。シャーロットが王女を抱いて入って行くのを見た時は、シャーロットの間の悪さに舌打ちしてしまった。


「どうしたものかな」


 レオンはバルニエ侯爵とシャーロットが別々に温室から出てきたのを確認してから自室に戻った。自分に割り振られた部屋が一階で、二人部屋なのに自分一人しか使っていないことはありがたかった。宿舎の出入り口の鍵を気にせず窓から出入りすることができる。


「さて、バルニエ侯爵はシャーロットの顔に気づいただろうか。気づいたとしたらどう出るか」


 レオンはすっかりシャーロットを守る側に立っている自分に気づいたが、自分のための言い訳はある。

「俺はまだあの日のパンのお礼をしていないからな。これはあのパンのお礼だ」

 今はまだ『あの善人の娘を守ってやりたい』と思っている自分を正面からは受け入れられないでいる。


 ジョスラン国王のことも、自分たち兄弟を汚い世界に送り出した父親のことも、本当はもうどうでもいい。だが、『正義感』なんてものを自分が持つ資格がないとは思っている。父子二代にわたって汚い仕事で生きてきた自分は、正義感を持つことすら罰が当たるような汚い身体だと思っている。


「俺は正義感で動いてるわけじゃない。宿を借りてパンを貰ったお礼をしたいだけだ」


 自分でも、いい年して子どもみたいな屁理屈だと思う。でもそう思うことで自分がやろうとしていることに言い訳が立つなら屁理屈でもいい、と思った。


 


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コミック『シャーロット』
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