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31 また会いましょう

 城の奥まった一室。

 前侯爵夫妻は国王夫妻に心から感謝をしていた。その上で苦しかった胸の内を語る。

 前侯爵は知的な顔立ちに無念の思いを浮かべながら語る。


「私たちは隣国で暮らしている孫娘に何ひとつ手を差し伸べることができませんでした。生きていてくれれば十分ありがたい、そう思って私と妻はこの十七年間を過ごしてまいりました。そんな私たちにとって、陛下が救いの手を差し伸べてくださったことは、神の祝福にも等しいほどありがたいことでございます」


 夫の言葉を小さくうなずきながら聞いていた夫人がシャーロットに目を向けて後に続いた。


「ジョスラン国王が当時、本当にこの子を手にかけようとしていたのかどうかは誰にもわからないことでございます。ですが、この子を失ってしまってからでは取り返しがつきません。人生をかけてこの子を育ててくれた侍女と衛兵の二人には、どれだけ感謝してもしきれない思いです。その上この度はこうして陛下までもが温情をかけてくださり、私どもは感謝の言葉もございません」


 前侯爵夫妻の言葉を聞きながら、国王も感慨深い。

 国王には二人の弟がいる。国王と二人の弟たちは仲良く育ち、今も良好な関係を築いている。


(だがもし自分たちが二人とも急にこの世からいなくなって国王が代われば、子どもたちが生涯にわたって安泰に暮らせるかなど、誰にもわからない。誰のどんな思惑が動き出すか、平和な時には見えないものだ)と国王は思う。


「前侯爵、夫人、そなたたちが味わった苦しみを、王妃は我が身に置き換えて涙していた。そして『自分が神の前に立った時に恥ずかしくない行いをしたい』と私に訴えたのだよ。王妃が私に願い事をしたのは初めてなのだ」

「私が三人の子を一人も失うことなく育ててこられたのは、当たり前などではなく幸せなことだったのだと、私はシャーロットの話を知って気付かされました」


 そこで国王は老夫婦に確認を取った。


「シャーロットはこのまま城で働きたいと言っている。だが私としては信用できる臣下に養女とさせ、それなりの身分を与えることも考えているのだが」


 シャーロットとリックがハッと顔を上げた。リックの顔には心配が、シャーロットの顔には困惑が浮かんでいる。前侯爵はそんな二人に優しく問いかけた。


「ありがたいお話ではありますが、それは私がお答えできる立場にありません。シャーロット、お前はどうしたい?」


 シャーロットは即答した。


「私は今のままで十分でございます。お城で働くことが幸せで楽しいのです。どうぞ、今のまま、侍女としてお城に置いてくださいませ」

「そうか……。欲のないことだ。今よりずっと豊かな暮らしができるのだぞ?」


 豊かな暮らし、にシャーロットは魅力を感じない。自分が欲しい物はお金では買えないのだから。


「陛下、わがままをお許しくださいませ。私はこの父と母と暮らした十六年間がとても幸せでございました。なので一生この父と母の娘でいたいのです。先ほど祖父より母が病で亡くなったことを聞かされましたが、あの母の娘として生きることが私の望みでございます」


 リックはそれを聞いてそっと口元を押さえて涙を堪えた。


「あなたは本当に良い育て方をされたのね。でもね、シャーロット、私の子どもたちはあなたにすっかり魅了されてしまったようだわ」

「オレリアンはそなたと過ごした森での時間がどれほど素晴らしかったか、何度も話している。それだけではないぞ。娘たちはそなたに刺繍の小鳥を作ってもらうのが楽しみだと毎日繰り返している」


 王妃がやんわりとシャーロットに語りかけた。


「ねえシャーロット、子どもたちの近くであの子たちを守ってやってはくれないかしら。シモンが言うにはあなたの剣の腕前は相当なものだとか。そんなあなたが子どもたちの近くにいてくれたら心強いわ」

「殿下方のおそばに上がらせていただけるなど、大変に光栄でございます」


 驚いたのは前侯爵夫妻の方だ。


「なんと。ケヴィン、お前がシャーロットに剣の手ほどきをしてくれたのか?」

「私は残念ながら子育て中の記憶を思い出せないのですが、そのようでございます」

「お祖父様、私は弓矢と剣の扱いを父に、マナーと刺繍とを母に、暮らしの知恵は両親に教えてもらいました」


 国王が笑いながら森でシャーロットが二羽の鴨を仕留めたことを老夫妻に伝えた。


「息子に聞いた時はまさかと思った。だが当日警護に当たっていた者に尋ねたら、惚れ惚れするような弓矢の腕前だったそうだよ」

「私は鴨を二羽仕留めただけです。父はもっと素晴らしい腕前でございます」


 シャーロットの謙遜と父自慢がおかしくて、前侯爵夫妻も国王夫妻も思わず笑ってしまった。


 こうして国王夫妻と前侯爵夫妻の顔合わせは、穏やかな雰囲気で幕を閉じた。シャーロットたちは何度も礼を述べて退室した。

 広場の馬車の中に戻り、前侯爵夫妻はシャーロットとの別れを惜しんだ。


「また来る。生きている限りお前に会いに来る。だから達者で暮らすのだよ」

「はい、お待ち申し上げております、お祖父様、お祖母様」


 そこでシャーロットは思い出して、首に下げていた小袋を取り出した。中から指輪を出して祖父母に返そうとしたが、老夫妻はそれをきっぱりと断った。


「それはソフィアが婚約の際にライアン陛下から贈られた指輪だ。ソフィアがそれをシャーロットに持たせたのなら、お前が持っているべきなのだ。どうかソフィアの形見として大切に持っていてほしい」

「私には不相応だとおもっておりましたが……では生涯大切にいたします」


 そこで前侯爵は表情を引き締めてリックに向き合った。

そして見るからにずっしりと重そうな革袋を旅行カバンから取り出してリックに手渡し、革袋ごとリックの手を両手で力強く包んだ。


「ケヴィン、お前にはこれを受け取ってもらいたい。こんなことしかできない私を許してくれ。本当ならお前の汚名を返上してやらねばならないところだ。だがシャーロットのことを考えればそれができない。本当にすまない。お前とリーズが人生をかけて忠義を貫いてくれたこと、私たちは死んでも忘れん」


 そう言って前侯爵は深々とリックに頭を下げ、その妻ジョセフィーヌもリックに向かって頭を下げた。




 シャーロット、リック、クレールの三人は去って行く馬車を見送った。

 

「クレール、閣下からマーサの墓の場所を教わったんだ。ニールスにマーサの墓があるそうだよ。俺たちと一緒に行ってくれるかい?君のおかげで俺とシャーロットがどれほど助けられたか、マーサに報告したいんだ」

「ええ、もちろんご一緒させて。マーサさんのこと、本当に残念だった。リックもシャーロットさんも、何かあったらいつでも相談してね。私で良ければ力になるわ」


 クレールの荷馬車の後ろをリックの荷馬車が付いて進む。

 新しい馬と荷馬車は、シャーロットが提案してあの金貨で買ったものだ。リックは「それはソフィア様がシャーロットにくださったお金だから」と何度も断ったが、シャーロットは譲らなかった。


「私の母がこれを持たせたのなら、私を育てる時に使ってくれ、という意味よ。今までそのお金に頼らずに私を育ててくれたのだから、そのお金はもう父さんのものだわ。私が次にお休みを貰って帰ってくるまでに馬と馬車を買っておいてよ。お父さんが馬車で私をお城まで迎えに来てくれたら、その分お父さんと一緒にいられる時間が増えるじゃない?」


 以前クレールと共に森の家に訪れた時、シャーロットはそう言って無理矢理父に約束させてから城に帰ったのだ。




 マーサのお墓はクレールの家から馬車で十分ほどのところにあった。

 近隣住民の墓が並んでいる墓地の片隅に、リーズ・オーバンの名を刻んだ新しい墓石があった。前侯爵夫妻は広場に来る前に立ち寄ってくれていたらしく、墓前には真新しい花束が既に供えられていた。


「お母さん。やっと会えた……」

 シャーロットはそれだけを言うのがやっとだった。白い墓石に抱きつき、シャーロットは目を閉じた。リックは地面に両膝をついて額を墓石に乗せて泣いた。クレールは二人を見てもらい泣きしてしまっていた。


「私が覚えている最後の頃のお母さんはつらそうだった。今はもう病気に苦しむことがないんだもの、それを喜んであげましょうよ、お父さん」

「そうだな。父さんは思い出したい。マーサやシャーロットとどんな十六年間を一緒に過ごしたのか。思い出せないのが悔しいよ」


 シャーロットは絞り出すような声でそう話す父の肩に手を置いて慰めた。


「きっといつか思い出せるわ。思い出せなかったら私が何度でも話してあげる。お父さんとお母さんがどう暮らしていたのか、私は全部覚えているもの」


 三人で祈りを捧げ、その夜はクレールに誘われて彼女の家で夕食をご馳走になった。

 父はクレールの家に馴染んでいて、勝手知ったる感じに動いている。


(これでいいんだ。お父さんにはお父さんの人生がある。私のためにもう十七年も使ってくれた。これからはお父さんも自分のために生きるべき。お母さんの魂がもし今ここに来ていたなら、きっとそう言う。お母さんは心の器が大きい人だったもの) 

 

 シャーロットは少しの寂しさと父への労りを込めてそう思った。


 




次回のタイトルは「遠眼鏡は見ていた」です。

 

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コミック『シャーロット』
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