28 王妃のお茶会
「お招きいただきましてありがとうございます。下級侍女のシャーロット・アルベールでございます」
「ようこそ。こちらにいらっしゃい、シャーロット」
日当たりの良い部屋には王妃クリスティナ、第一王女オリヴィエ、第二王女アデルの三人が着席していた。オレリアン王子は勉強中だ。
(なんて美しい方々なのかしら)とシャーロットはひと目見るなり感動した。
三人とも透けるような白い肌、金色の絹糸のような艶のある美しい髪、知的な灰色の瞳。
王女二人は王妃によく似ていた。
王妃は華奢な方で、こちらに笑顔を向けている。
壁際には二人のお付きの侍女がいて、侍女を含め、全員がとても上等なドレス姿だ。シャーロットは下級侍女の制服で(この部屋にいる私、場違い過ぎるのでは?)と一瞬弱気になった。だが(お母さんが教えてくれたマナーは今こそ全力で使うべき!)と気合を入れた。
一方、王妃はシャーロットが部屋に入った瞬間に心臓が飛び跳ねた。
念の為にバンタース王国の前国王夫妻の絵姿を見ておいたのだが、ソフィア王妃が生き返ったかと思うほど、シャーロットは母親に似ていた。
(これでは育ての親が城仕えを辞めるように言うのも無理はない)と思った。
「さあ、こちらに座って。一緒にお茶を楽しみましょう。娘たちがあなたに会えるのをとても楽しみにしていたのよ」
王妃がシャーロットに椅子を勧め、侍女の一人がスッと椅子を引いてくれた。シャーロットは恐縮して
「ありがとうございます」
と伏し目がちに礼を述べて着席した。
お茶とお菓子を勧められ、シャーロットは母にみっちり鍛えられた所作でそれらを口にする。
間違いなく美味しいはずの菓子なのに、緊張していて香りも味もわからない。
その様子を見ている王妃は、シャーロットの動作がとても洗練されていることに感心していた。
「あなたは猟師の娘だと聞いているけれど、マナーは誰かに習ったの?」
「母に習いました。幼い頃から母が厳しく躾けてくれました」
「そう。お母様が」
シャーロットと話ができることを楽しみにしていたオリヴィエ王女がそこで早速質問をした。
「シャーロット、お兄様は小鳥が肩に乗ったと自慢していたけれど、本当?」
「はい、本当でございます。小鳥はピチットという名前なのですが、ピチットは殿下に懐いて肩や頭に乗って遊んでおりました」
「羨ましい……。私もピチットに会いたかった。あの刺繍そっくりなの?」
「はい、色味も大きさもあのままでございます」
「リスもいたって、本当??」
「はい。木の上でクルミを食べておりました」
「はあぁ。お兄様ばっかりいいわね」
それまでお菓子を食べながら話を聞いていたアデル王女が初めて口を開いた。
「小鳥、もっと欲しい!」
「刺繍の小鳥、でございますか?」
「うん! あとこれだけ!」
アデル王女が片手を開いている。
「あと五つ、でございますね、殿下」
「うん! 五つ!」
それを聞いてオリヴィエが驚いた。オリヴィエはひとつしか作ってもらえないものと思い込んでいたのだ。
「えっ、お母様、そんなに頼んでもいいんですか? それなら私も五つ欲しいです!」
「どう? シャーロット。できそう?」
「はい。お二人分で十種類、ということでよろしいでしょうか」
「そうね。いえ、どうしようかしら。オリヴィエ、十種類の小鳥を二人で分ける? それとも取り合いにならないように五種類を二つずつ作ってもらう?」
「私は全部違うのをひとつずつがいいです!」
「かしこまりました。いろいろな様子のピチットを十種類、でございますね」
「お母様、嬉しい!」
「ふふふ、良かったわね」
二人の王女がご機嫌だ。
オリヴィエ王女は(私に内緒で森に行ったんだから、私もお兄様に内緒にしてやるんだから!)と思っている。
もちろん、そんなことを言えば母に叱られるので、口には出さない。
王女たちは並んで座っていると、お人形のようだった。
シャーロットは(王子様も可愛らしいと思っていたけれど、王女様たちのドレス姿はなんて愛らしいんでしょう)
と顔が緩んでしまう。
部屋に入ってきた時は緊張し過ぎてキーンと耳鳴りがしていたが、今はだいぶ落ち着いてきた。クリスティナ王妃はそんなシャーロットを穏やかな笑顔で眺めている。
オリヴィエは兄が『シャーロットは弓矢が得意だ』と言っていたのを思い出して
「シャーロットはどのくらい離れている物を弓矢で射抜けるの?」
と尋ねた。
「矢が届く範囲で動かない的ならほぼ全て的に当てられます。あっ、間違えました。風が強い時は外すことが増えます」
「えっ」
驚いたのは王妃だ。
「私の兄は弓矢を好んで狩りに使っていたけれど、ほぼ全てなんて、兄はとても無理だったわ。シャーロットは素晴らしい腕なのねぇ」
(褒められた場合、なんて相槌を打てばいいんだったかしら)
相槌に困ったシャーロットは母に習ったとおりの『曖昧な優しい笑顔』を浮かべながら
「私にとって弓矢は遊びのひとつでもありましたので」
と答えた。
次々とオリヴィエ王女が質問をして、シャーロットはベリー類を集めてジャムを煮たり、クルミをたくさん拾って保存食にしたり、鹿やイノシシを狩って干し肉や煮込みを作る話をした。
狩りと剣は父に習い、マナーと刺繍は母に習ったこと。
猟師の家で育った父の肉料理が美味しいこと、家のそばの沢の水を汲んで全てに使っていたことなどを話した。
二人の王女はすっかりシャーロットの話に引き込まれ、
「今度弓矢を見せてね! 絶対ね!」
と熱望した。
「私は喜んで披露いたしますが、どこでお見せしたらいいのか……」
「私が伝えておくわ。あなたとこの子達が行ったら練習場を貸してくれるよう、手配しておきます」
「ありがとうございます」
小さくドアがノックされ、侍女が応対に出てすぐに王妃を振り返った。誰が来たのかを侍女が告げる前に、王妃は
「入っていただいて」
と答える。ドアが開いて、入ってきたのはシモンだった。王妃が驚いた顔になった。
「あらシモン。あなただったの。どうしたの?」
「シャーロットが困っているのではないかと思いまして」
「困らせたりしていないわよ。どうしてそう思うのかしら?」
それを聞いていたオリヴィエ王女がすました顔で口を挟んだ。
「私たちはシャーロットに森のお話を聞いていただけよ。シモンがお兄様だけを森に連れて行ったから、森に連れて行ってもらえなかった私たちはお話を聞いてるの」
「あっ、そうでしたか」
「他にどんな用事があると思ったのかしら」
目元が笑っている王妃の顔を見て、シモンは自分が早合点したことに気づいた。シモンは早々に退散しようとしたが、そこで再びドアがノックされた。
「陛下がいらっしゃいました」
とお付きの侍女が告げた。それを聞いて(陛下まで?)とシモンが驚く。
シャーロットは飛び上がるようにして立ち上がり、最上級のお辞儀をした。国王に会うのは初めてだったが、その迫力と支配者特有のオーラに口の中がカラカラになった。
「ああ、いい。楽にしなさい。クリスティナ、遅くなった。なかなか片付かない書類があったものだからね」
「陛下、ちょうどシャーロットの話が終わったところですわ。この娘がシャーロットです」
「そうか、君がシャーロットか。オレリアンの見学では世話になった」
「シャーロットでございます。殿下のお役に立てたことは光栄でございました」
「オリヴィエ、アデル、少し他の部屋に行っておいで」
「はい」
侍女たちに促されて二人の王女が部屋を出ていく。
シャーロットは(これは何ごと? 本当に何ごと?)と頭の中が真っ白だ。
着席するように王妃に言われて、粗相がないように注意しながらそっと椅子に腰を下ろしたが、これから何が始まるのかと冷や汗が出る。
「シモンまでいたのか」
「はい、ですが私はこれで失礼いたします」
「そうだな。そうしてくれるか」
そう言った国王の顔が一瞬厳しくなったのを見て、シモンはシャーロットのためにここにいてやりたい、と思った。だが先ほどの王妃の反応からすると、話題は自分とシャーロットのことではなさそうだった。
ならばさすがに招待されていない身で居座ることはできないと判断して、シモンは退室した。
人払いがなされ、部屋には国王夫妻とシャーロットの三人だけになった。
エリオット国王が一瞬王妃と視線を合わせ、王妃がうなずいた。国王が真っ直ぐシャーロットを見て口を開いた。
「シャーロット、ルーシーから聞いたよ。君はライアン国王とソフィア王妃の間に生まれ、すぐに連れ去られた、あの赤子だそうだね」