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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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26 森の昼食

 オレリアンと歩いていたシャーロットが突然「見つけました」と言って木に登り始めた。枝に手をかけ、身体を引き上げながら足を枝にかけて軽々と常緑樹の大木を登っていく。


 かなり上の枝に到達すると、木の枝に挟まれているクルミを掴んで取り外し、下で待っているシモンに向かって二個、続けて放った。シモンはパシ、パシ、と片手で危なげなくクルミを受け取った。

 他にクルミが無いのを確認してからシャーロットはするすると木から降りて、最後は三メートルほどの高さからスタッと地面に飛び降りた。


「二つしか見つかりませんでした」

「二個でも僕は嬉しいよ! リスが運んで隠したクルミなんて初めてだ。これは僕の一生の宝物だよ!」

「お気に召したのなら良かったです」


 シャーロットが笑い、その顔のまま自分たちを見守っている兵士の方を何気なく振り返った。多くの若い兵士がその自然な笑顔に目を奪われた。

 シャーロットはほぼ全ての兵士に注目されていたのに気づき、ほんの少し怯えを滲ませてスッと顔の向きを変えた。


「ほらぁお前が見るから」

「はぁ? お前だって見てただろうが」

「お前ら目が怖いんだって、ギラついてんぞ」

「いやいや、お前こそよだれ出そうだぞ」


 シモンが(もうそのへんでやめとけ)と言わんばかりの視線を向けて兵士たちを黙らせた。


「殿下、初夏になると森は新緑に包まれて、とても美しくなるんです。あちこちで小鳥の雛が生まれますし、鴨も巣を作って卵をたくさん産みます。子ウサギも生まれます。イノシシは五、六匹は子どもを連れて歩いています。その頃の森も楽しいですよ」

「また来る! 絶対に来るよ。父上がお許し下さるなら毎日でも来たいのに!」


 そんな会話をしながらも、オレリアンはせっせと木の葉をむしっている。城にはない木の葉を全部一枚ずつ持ち帰って押し葉にするつもりなのだ。


 楽しく会話しているオレリアンとシャーロットにシモンが「だいぶ家から離れましたので、そろそろ引き返しましょう」と促して、家の方に戻ることになった。


 シャーロットの家に近づくにつれて、なんとも美味しそうな匂いが漂ってくる。

「いい匂いだねシャーロット!」

「あっ、これは父の自慢料理の匂いですよ!」


 シャーロットが早足になる。オレリアンは遅れないように小走りになり、シモンは王子にピッタリ付いて早足になった。


「お父さん! この匂い、もしかして」

 玄関前でリックが笑顔で待っていた。

「お帰り。イノシシの炙り焼きだよ。護衛の皆さんの分もあります。さあ、どうぞこちらへ」


「炙り焼きってなんだろ」

「丸焼きのことか?」


 護衛の兵士たちがそんなことを言いながらぞろぞろと裏庭に向かうと、大きな焚火を囲むようにして半円形の石積みの壁が作られていた。半円形の壁の高さは大人の身長くらいある。


 その焚火と石積みの壁から少し離れた場所に、木の幹を組み合わせた物干し台のような物が組まれていた。そこには皮を剥いで内臓を抜き、縦に二つ割りにされたイノシシの半身が四つ、鉄のかぎでぶら下げられていた。


「シャーロットから手紙をもらっていましたので、前もってイノシシを仕留めておきました。昨日のうちに下味を付けて焼いてありますので、あと少し炙って温まったら食べごろです」

「お父さん、夕べはここで寝たわね? 作り方を思い出したの?」

「これは子どもの頃に親父に習った焼き方だからね。忘れなかったんだよ」


 それは肉を炎に直接は当てず、少し離れた位置に肉をぶら下げ、炎から届く熱と石積みの壁が反射する熱でじんわりと中まで火を通す焼き方だった。

 炎や高温の熱に当てずに長時間火を通すから、柔らかく汁気たっぷりに焼きあがる。表面は黒く焦げたようになっているが中はほんのりピンク色で柔らかい。


 だが、この焼き方はとにかく時間がかかる。少なくとも十二時間はかかったであろうイノシシの肉の下には、滴り落ちた良質な肉汁と脂が鍋にたっぷり溜まっていた。もちろん、それらも夜の冷気で脂を固めて肉汁と分離させてから大切に使われる。


 最初のひと切れは王子に手渡されたが、シモンが

「申し訳ありません、規則なので」

と言って受け取った。

 肉をひと口毒味をしたシモンが目を丸くしたのを見てオレリアンがぴょんぴょん跳ねながら

「美味しい? ねえシモン、美味しいの? 美味しいんでしょう?」

と騒ぐ。


「はい、殿下。あんまり美味しいので殿下のほっぺが落ちたら私が拾わなければなりません」

とシモンが笑った。

 オレリアンはシモンから皿を受け取り、フォークで刺すと、大きな口で肉を頬張った。


「んー!」


 もぐもぐしながら目を丸くするオレリアン。シャーロットはそれを微笑ましく眺めた。

「さあ、皆さんもどうぞ」

 リックの言葉に三十名の兵士たちがぶら下がっている肉の塊に群がった。シモンとシャーロットも肉を受け取って食べた。


 オレリアンには普通の陶器の皿が使われていたが、シャーロットと兵士たちは周囲に生えている木から大きい葉を選んでもぎ取り、二、三枚重ねて皿にした。

 各人がナイフでイノシシの肉を切り取り、木の葉の皿に肉を載せるのだが、肉は柔らかく、ナイフを当てると繊維に沿ってやわやわと崩れる。まるで鍋で煮込んだような柔らかい肉を持参のフォークで口に運ぶと、全員が驚いた顔になった。仲間同士で顔を見合わせている。


「うわ、美味い」

「柔らかいなぁ」

「味付けが最高だな。岩塩と、あとはなんだろう」

「俺、こんなに柔らかいイノシシ、初めて食べる」

「指で摘んだだけで簡単にほぐれるんだが」

「噛まなくても飲み込める」

「もったいないからちゃんと噛んで味わえよ」


 次々とお代わりをして食べる兵士たち。イノシシ二頭分の肉の塊がどんどん小さくなっていく。今日は全員が携帯食を持たされているが、それを食べる者は一人もいない。

 

 イノシシの肉には擦り込まれた岩塩や香草の味が染み込んでいる。だが中の方は薄味だ。味が物足りなく思う者のために、削った岩塩と乾燥させた香草を細かく砕いて混ぜた物が器で回された。シャーロットの家にたくさん作り置きしてある自家製の調味料だ。


「ねえシモン、イノシシって初めて食べたけど、なんて美味しいんだろう。父上と母上にも食べさせたいなあ。オリヴィエにもアデルにも食べさせたかった」

 オレリアンがため息をつきながらつぶやく。


 それを聞いてリックが笑顔で話しかけた。

「殿下、では後日、同じ物をお城にお届けしましょうか?」


 シモンが慌てた。


「いえ、そこまでしていただいては申し訳ありません。今こうしていただくだけで十分ですので」

「ええー。それなら僕、少しでいいから持って帰りたいなぁ」


 無邪気なオレリアンの言葉にリックが嬉しそうだ。

「殿下、もしよろしければ油紙に包んでお持ち帰りになりますか? まだまだたっぷりありますから。少し温めればお城でもこの味が楽しめますよ」

「いいのかい? ありがとう。ぜひお願いするよ!」


 無邪気なオレリアンの言葉にシモンが苦笑し、シャーロットは

「シモンさん、私たちの食べた残りを王族の方々にお渡しするのはどうなんでしょう?」

「うーん……。王家に食べ物を渡すのはいろいろ検査があるからなぁ」

「だめって言われたら僕が全部食べるから大丈夫だよ!」

 オレリアンはなんとしても肉を持ち帰るつもりらしい。


 そのあとはシャーロットの案内でオレリアンとシモンが小さな家の中を見て回った。オレリアンは物珍しそうに家の中を見回して

「シャーロットはここで育ったんだね」

と感心したり、シャーロットのベッドに掛けてある鴨の胸の羽毛を集めて作られた布団の軽さと暖かさに感動したり、ミントの葉のお茶に蜂蜜を入れて味わったりして過ごした。


 オレリアンが特に喜んだのは巣をナイフで切り取ってガラス瓶に保存してある蜂蜜だった。

「中に幼虫は入ってないの?」

「蜜を保存する場所と幼虫を育てる場所は違うようですよ。これは蜜を貯めておく部分ですから幼虫は入っていません」

「巣ごと口に入れるの?」

「私はそうしています。蜜蜂の巣は身体にいいのだと父は言いますが、本当かどうかはわからないです。でも私はこれをおやつ代わりに食べて育ちました。噛んでも口の中に残る巣は出してください。飲み込んでも平気ですけど」


 オレリアンは蜂の巣を眺めて「美しい六角形だ」「蜂蜜が巣の中でもこんなにきれいな金色だとは」などと感心してから口に入れ、「城で食べてるのよりもいい香りだよ! 美味しいなあ」と何度も繰り返した。

 ミントのお茶と蜂蜜を楽しんだ後は家の外に出て、またピチットと遊んだ。ピチットは王子が気に入ったらしく、頭に止まったり手のひらに乗ったりしてオレリアンを喜ばせた。


「殿下、そろそろお城に戻る時間です」

 シモンにそう言われて少しだけオレリアンの目が潤む。

「また来られるように勉強を頑張りましょうね」

 シモンに慰められてオレリアンがうなずいた。

「そうだね。僕、父上にまたご褒美がもらえるように頑張るよ」


 そう言いつつオレリアンは名残惜しそうにピチットの頭を人差し指でそっと撫でた。ピチットは王子の手の平の上でうっとりと目を閉じて、大人しく頭を撫でさせていた。


 帰り際、オレリアンがモジモジしながらシャーロットを見上げた。

「殿下、どうなさいましたか?」

「ねえ、シャーロット、ピチットを呼んだ笛、少しだけ借りてもいいかい? 吹いてみたいんだ」

「それはかまいませんが、あれは私が散々使った物ですので。よろしければ父に新しいのを作ってもらってお城に届けてもらいましょうか?」

「ほんとに? いいの? 嬉しいなぁ!」


 いつもはこまっしゃくれているオレリアンが無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。シモンはそれを微笑ましく眺めた。

 ピチットは王子が馬車に乗り込む直前まで王子の肩に止まって戯れていた。


 こうしてオレリアンの『森に住む民の暮らしの見学』はつつがなく終了した。シャーロットは父との別れを惜しんで抱き合った。

 興奮しっぱなしだったオレリアンは帰りの馬車に乗り込むとすぐに眠ってしまった。



 御者席にシャーロットと並んで座ったシモンは、楽しそうなシャーロットの横顔を見てすぐに視線を戻した。今日の半日でますますシャーロットに心を奪われてしまって、自分の気持ちを持て余している。

(こんなにあっさり誰かを好きになるなんて)

 そう自分の心の変化に戸惑いながらも、やっと心の呪縛から自由になれたことを喜ぶ自分がいる。


 お城に到着し、シャーロットはシモンに頭を下げる。

「シモン様、今日は護衛役お疲れさまでした」

「いや、俺は特に何もしてないさ。むしろ楽しませてもらったよ。君の父上に感謝していると伝えてくれ」

「はい!」


 お辞儀をして立ち去るシャーロットの後ろ姿を眺めながらシモンは(俺の気持ちを伝えてみよう。まずはそこからだ)と決意した。馬車の中で熟睡しているオレリアンは声をかけても目を覚まさない。仕方なくオレリアンを抱き上げ、(寝てると天使みたいに可愛いんだよな)と笑いながらオレリアンを部屋まで運んだ。



 


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コミック『シャーロット』
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