24 秘密の相談の行方
城に戻ったシャーロットは、迷った末にシモンではなくルーシーに相談がある、と申し出た。
「いいわよ。今?」
「ルーシーさんの都合がいい時にお願いします」
ルーシーはすぐに衣装部の奥にある自分の部屋にシャーロットを招き入れた。
「それで、相談とは何かしら?」
「私のことについてです」
「あなたのこと?」
そこからシャーロットは自分の生まれのことは伏せて話をした。
「もし私を無理矢理連れ出そうとする人がいたら、少しの間だけ私を匿っていただけませんか」
ルーシーはそれを聞いて(面会に来た男女は良さそうな人に見えたが、実はシャーロットに害を為す人だったのだろうか)と勘違いをした。
「シャーロット、私を信用して全部話してごらんなさい。私はあなたを守る責任もあるの。助けてあげたいから、あなたが困っていることを話してごらん。事情がわからないままじゃ、あなたを助けられないじゃないの」
駆け引きや作り話をしたことがないシャーロットは、困惑した。
黙り込んだシャーロットを心配して、ルーシーは立ち上がってシャーロットに近寄り、肩を抱いた。
「あなたが真面目で正直で善良な娘だってことは知っているわ。そのあなたが困っているなら力になりたいの。私に話してごらんなさい。いざという時は必ず助けてあげるから。なにか言いにくいようなことがあったのね?」
今、シャーロットがお城で一番尊敬していて信用できる人はルーシーだ。だが
(両親があんなに必死に隠してたことなのに。ここであっさり人に話すなんて)
とためらう。
気の利いた言い訳も、もっともらしい嘘も思いつかない。その間にもルーシーは
「大丈夫だから本当のことを言ってごらん」
と繰り返す。シャーロットの背中に冷や汗が滲んできた。
散々迷った末に、シャーロットは一昨日知った自分の秘密を伝えることにした。
(ルーシーさんなら、きっと大丈夫)と。
「実は……」
「と言うわけで、もし私の母を見知っている人に私の正体を気づかれた時、バンタース王国に連れて行かれないよう、命を狙われたりしないよう、私を隠してほしいんです。少しの間だけ隠していただけたら、その後は自分でどうにかしますから」
ルーシーは絶句していた。
あの男女がシャーロットの美貌に目をつけて彼女を売り飛ばそうとしてる、という類の話かと思っていたのに、目の前の美人は自分が隣国の王族だと言う。
「ええと、その話は証拠かなにかあるの? 顔が似ているっていうだけなの?」
「これがその証拠です」
そう言ってシャーロットは無造作にポケットから白いハンカチに包んだものを手渡した。それが何かわからないまま受け取って中を見たルーシーは、あまりに大きなルビーが付いている指輪を見て息を止める。
「内側に両親の名前が」
言われて急いで老眼鏡をかけ、窓から入る光に指輪を向けて内側の文字を読み、唖然とする。
隣国の前国王の娘が生まれた直後に連れ去られたことはこの国でも有名な事件だったから、ルーシーもその名前は知っていた。ルーシーは歌劇も観たことがある。
念の為に今度はルビーをじっくり見る。
仕事柄、王族が身に着ける宝石を見慣れているルーシーにも、その宝石は本物にしか見えない。澄んだ深みのある赤、ぎょっとするほどの大きさから、間違いなく王族が持つ指輪だと思った。
ルーシーはしばらく固まっていたが、
「こんなことがあるものなのね。貴族のご令嬢みたいな容姿だとは思っていたけど。シャーロット、この件は私の裁量でどうこうできる話じゃないわ。少し時間をくれる?」
「はい。もちろんです」
「あなたはどうしたいの?」
シャーロットは必死な顔で訴えた。
「私は今まで通り、お城で働きたいです。周囲の人にはこのことを知られたくありません。でも、私の外見が実母にそっくりなんだそうで。お城で働いていたら、いつかそれに気づかれるのではないかと父が酷く心配しています。お城を辞めたほうがいいとまで言うんです。私がわがままなのはわかっています。でも私、ここの仕事を失いたくないんです。みんなと一緒に働きたいです」
「……そう。一応わかった。時間がかかるかもしれないけど、信頼できる方に相談するわ。それと、その指輪は絶対に人に見せちゃだめよ? そうだわ」
そう言うとルーシーは王族のアクセサリー用に作り置きしてある淡いピンク色の小袋に指輪を入れた。小袋の口を絞るリボンを細く長いリボンに交換し、両端をきつく結んでからシャーロットの首にかけた。
「外から見えないように服の中に入れて。指輪を見せるのも人に話すのも絶対にだめよ? それと、あなたは王族だった、ではないわ。今も王族よ」
少しだけ寂しそうな顔をしたシャーロットは、ルーシーを見た。
「私は今のまま、シャーロット・アルベールとしてここで働き続けたいです。隣国の王族として生きるつもりは欠片もありません。なのでもし正体が見破られても、あちらに連れて行かれないようにしたいのです。いきなり連れ去られることはないと思いますが、そうならないように助けてくれる人を見つけておくべきだと、ここに来たクレールさんに言われました。私も同じ考えです。どうかよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、シャーロットが部屋から出た。
ドアが閉まるのを確認してからルーシーは深く息を吐いた。
「国王の娘って!」
親指の先を軽く噛みながら、ルーシーは相談相手を誰にすべきか考え続けた。そして決意を固めてから部屋を出た。
向かった先は王妃の私室だ。
王妃は在室していた。お付きの侍女に取り次いでもらい、部屋に入った。
「ルーシー、どうしたの?」
「急に申し訳ございません」
「いいのよ。あなたが来るなんて珍しいじゃない? 込み入った話なら人払いするわよ?」
ルーシーがうなずくと、王妃が控えているお付きの侍女を見る。素早く侍女たちは姿を消した。それを確認してからルーシーは口を開いた。
「実は……」
「以上でございます。私の手に余る内容ですので、こうして王妃殿下にご相談に上がりました。こんな大変なこと、お願いできる方を他には思いつきませんでした。どうかシャーロットのことをお守りくださいませ。あの娘は本当に真面目で善良な人間です。どうかどうか、よろしくお願いいたします」
とルーシーは何度も頭を下げて部屋を下がった。
その夜、王妃クリスティナは動揺していた。
食事の最中に国王から話しかけられているのを二回も聞き逃した。それを不審に思った国王は、夕食の後で王妃の私室を訪問した。
「クリスティナ、何か悩み事か?」
「あら。気づかれましたか。わたくし、とんでもないことを聞いてしまいましたの。陛下にもご相談しようと思っておりましたが、どう切り出そうかと迷っていて」
「いったい何事かな? いつも冷静な君がそんなに悩むなんて」
「陛下、実は……」
そこから聞いた話に、今度は国王が絶句した。
この城で下級侍女として働いている娘がバンタース王国の前国王の娘だなどと、誰が想像するだろうか。
「あの事件の赤ん坊が我が城に……。その娘の作り話じゃないだろうな」
「証拠の指輪があるそうです。指輪はルーシーが確認済みです。指輪はいずれちゃんと確認しなければなりませんが、何よりも本人はこのまま出自のことは隠して下級侍女として働きたいと言ってるそうです。王族であることは知られたくない、守ってほしい、と。陛下、あちらに差し出せば上手に始末されてしまうかもしれませんわよね? そのシャーロットという娘の刺繍、子どもたちが気に入っているのですよ。あれだけの刺繍の上手い娘、失うのは惜しいですわ」
国王に話をする前、クリスティナ王妃はソフィア前王妃の気持ちを何度も想像していた。
自分もソフィア前王妃と同じ状況に置かれたら、きっと同じことをしただろうと思った。三人の子どもたちの姿を思い浮かべながら(愛しい我が子を義弟に殺されるくらいなら、どんな形でも生き延びてほしい)と行動したはずだ。
ソフィア前王妃のその時の心情を思って、クリスティナは何度も泣いてしまった。
子を持つ母として、王妃として、クリスティナはシャーロットという娘をどうにか助けてやりたいと思っている。
国王が王妃の顔を見る。
王妃は常日頃、夫に従い、臣下の貴族夫人の相手を上手くこなしている。クリスティナは『良き王妃』のお手本みたいな妻だ。その妻が、物言いたげに国王を見つめている。
「クリスティナ、言いたいことはわかるが、その娘を手元に置いておくのはかなり厄介だぞ」
「結論を出す前に、一度会ってみましょうよ。どんな娘なのか、私は会ってみたいのです」
「いや、それはどうだろう。会ってみて善良な娘だったらお前は情が湧くだろう。逆に困るぞ?」
「善良な国民を守るのは王家の役目では?」
「そう簡単に言うな。そんな単純な話ではない」
それから数日、国王はどうしたものかと悩みながら過ごした。
その間にも王妃の物言いたげな視線が何度も国王に向けられる。
なんとかその娘を助けてやりたいが、下手をすれば隣国との間に何かしらの軋轢が生じかねない。
隣国のジョスラン国王の噂は漏れ伝わっている。噂を丸ごと信じるつもりはないが、耳に入る噂がどれもあまり評判の良いものではないことは確かだった。
(あちらに知らせればその娘がこれ幸いと始末される可能性はある。逆にその娘が反王家の旗印として担ぎ上げられるのも気の毒な話だ。本人にその気がないのなら、なんとかこの国で穏やかに暮らさせたいものだが。どう手を打つべきか)
そうこうしているうちに以前頼んでおいたシャーロットを調べた結果が国王に届けられた。
「やはりそうか。聞き覚えがある名前だと思っていたが、オレリアンが懐いている上にシモンが気に入ってる侍女じゃないか」
正直なことを言えば、弟のように可愛がっているシモンが深入りしないうちにその娘から引き離したい。しかし母親に問題があったせいで女性に嫌悪感を持っていたシモンがやっと心を寄せた女性だ。シモンがそう簡単に自分の言いなりにならないだろうことも想像がつく。
「参ったな」
国王は考え込む。シャーロットの母方の実家にうかつに知らせるのはためらわれた。亡きソフィア王妃の実家が現王家とどんな関係にあるのかわからないからだ。
「急がずじっくり見極めるか。やはり一度本人に会って話を聞いてみるべきだろうな」
国王はそう腹を決めた。
だがその前にオレリアンの「森に住む民の暮らしの見学」の日程が迫っていた。シャーロットの事情を知る前に決めたものだが、日程を動かす理由も思い浮かばない。オレリアンは国王と顔を合わせれば毎回その話ばかりしていた。
「あんなに楽しみにしているんだ。行かせてやろう」





書籍『シャーロット 上・下巻』