21 再会
「ケヴィン、今日は王都に出かけてくるわ。おなかがすいたら台所にあるものを好きに食べてね」
「何をしに行くんだい? 俺も一緒に行こうか?」
「王都であなたの家族を見た人がいないか、聞いて来るつもりよ。止めないでね。これはもう私が決めたことだから」
自分を滞在させてくれて衣食住を与えてくれるだけでも大恩人だと思っていたのに、ケヴィンはそこまでしてくれるクレールの器の大きさに驚いた。
「それなら俺も行く。いや、俺が一緒に行かなきゃならない話だ」
譲らぬ覚悟でそう申し出たケヴィンを笑って受け入れ、二人は王都を目指した。クレールは王都には年に一度行くか行かないかだったが、幸い土地勘はある。
「まずは職業紹介所に行くわ。今まで遠慮していたけど、女性の視点から言わせてもらうわね。一家の主が一年も帰って来なかったら、奥さんと娘さんは何が何でも働かなきゃならないはずよ。私なら職業紹介所に行くわ」
そう言ってクレールは王都の職業紹介所を片っ端から訪ねて回ることを提案した。
王都には職業紹介所が大小合わせて何十軒とある。クレールが唯一知っているのは中堅どころの商会で、まずはそこからだ。
・・・・・
「リーズにシャーロット? どっちも記憶にないなあ。ちょっと待っててもらえれば、ここ一年のお客さんの名前を調べますが」
「お手間を取らせて申し訳ありません。これ、わずかですけど」
そう言ってクレールは小銀貨を二枚、そっと差し出した。
「気を使わせて悪いね」
商会の男性は素早く銀貨をポケットに入れて記録を探してくれた。だがしばらくしてから首を振って戻って来た。
「悪いが、そういう名前は記録に残ってないなあ」
「そうですか。わかりました。探してくださってありがとうございました」
クレールは笑顔で商会を出て、次を目指した。道行く人やお店の人たちに
「職業紹介所を探しているんですが、この辺りにありますか?」
と尋ね、教えてもらった職業紹介所を片っ端から訪問した。
クレールが見る限り、ケヴィンは王都の景色に見覚えがないらしかった。クレールは、リーズとシャーロットという名前の人が来ていないかどうか調べてもらうたびにお礼を置いて出た。
農家のクレールにとって現金は大切だが(ケヴィンのためなら構わない。また畑で働いて稼ぐわ)と割り切っていた。ケヴィンは普段は温厚でのんびりしているクレールの行動力に目を見張り、同時に恐縮していた。
「クレール、本当にすまない。赤の他人の俺のことなのに」
「なに言ってるの。私がやりたくてやっているのよ」
連日、片っ端から紹介所を訪れた。幸い季節は冬で、麦は手をかけない時期だし、野菜仕事はお休みだ。
四日連続で空振りし、五日目の最後がエドル商会だった。もうそろそろ陽が沈む時刻だ。二人とも慣れない都会を歩き回って疲れていたが、クレールは諦めない。もちろんケヴィンも同じだ。
エドル商会はかなり大きな店構えで、客の出入りも多かった。
ドアを開けて中に入ると、恰幅の良い笑顔の優しそうな男性が対応に出てくれた。
「いらっしゃい。当商会の会長のエドルです。どんなご用件でしょう」
「人を探していまして、こちらでリーズという四十代の女性か、シャーロットという十七歳の少女がお世話になっていませんか?」
客の名前を全て覚えているはずもない。エドルはこの男女の目的は何だろうと考えた。
「リーズは四十四歳で明るい茶色の髪と瞳、シャーロットはおそらくダークブロンドに明るい茶色の瞳です」
「失礼ですが、どんな理由でその二人をお探しで?」
すぐにクレールが説明した。
「この人が怪我で記憶を失って、一年ほど前から自分の家を思い出せずに苦しんでいます。なんとか助けてあげたいのです」
エドルはそれを聞いてもう一度ケヴィンをじっくり見る。
見知らぬ人に仕事を紹介する商会を立ち上げてもう二十五年。エドルは相手が悪人かそうでないか、の区別はできるつもりだ。この二人連れは悪事を考えている顔には見えなかった。エドルはすぐに記録簿を持ってきて、それをパラパラとめくって目的のページを探した。
「記憶を? そりゃあ大変だ。だからあの娘は働きに出たんですね。確かに一年ほど前、うちで当時十六歳だったシャーロットさんに仕事を紹介しましたよ。お城の侍女の仕事です」
「助かります! ありがとうございます!」
ケヴィンとクレールがパッと明るい表情になって頭を下げた。
エドルは記憶を失っているというケヴィンを気の毒そうに見た。
「一日も早く思い出せるといいですなあ。お気の毒に」
「すみません、それでシャーロットの名字は? 自分が結婚したあと、夫婦どちらの姓を名乗っていたのか、それも覚えていないのです」
「ちょっと待って下さいね。ああこれだ。ええと、シャーロット・アルベールさんですね。ご両親の名前も記入してもらってます。奥さんがマーサ・アルベールさん、あなたはリック・アルベールですよ」
「ケヴィン、あなたはリック・アルベールですってよ!」
ケヴィンは「そうか、リック・アルベールか」と小声でつぶやく。
「ケヴィン、大丈夫よ。シャーロットさんに会えば思い出すかもしれないじゃないの。エドルさん。お世話になりました。とても助かりました」
「いやいや、これくらいのこと。あなたは大変な人助けをしたね。きっと神様が見てくださっている。あなたにもいいことがありますよ」
クレールはそう言われて財布に残っていた全ての銀貨を差し出そうとしたが、エドルは受け取らなかった。
「あなたが見ず知らずのその人を助けたように、私も人助けの端っこを受け持たせてください」
と穏やかに笑って銀貨を押し返した。
クレールとケヴィンの二人は何度もエドルにお礼を述べて商会を出た。
クレールは(世の中にはこんな善き人もいるんだわ)と感激したし、ケヴィンは(やっとだ、やっとシャーロット様にお会いできる)と胸がいっぱいになった。
そして頭の中に「リック、ごはんにしましょう」「リック、おかえりなさい」という聞き覚えのある声が響く。失った記憶の声だろうかとリックの鼓動が速くなった。
「やっぱり王都に来て良かったわ。さあ、シャーロットさんに会いに行きましょうよ」
そう話しかけたが、ケヴィンはなぜか元気がない。
「最初からクレールが言うとおりにしていれば、一年も時間を無駄にしなくて済んだな。すまない、クレール」
「何を言っているの。今はそんなことよりお城に行かなくちゃ。ケヴィン、やっとお嬢さんに会えるわね。奥さんが待っている家も、これでわかるわよ」
馬を急がせ、二人は王城へと向かった。
まず「案内」の看板のところにいた男性には「もう仕事終わりの時間だから明日出直すように」と言われてしまう。
ケヴィンが粘って事情を話し、武器を持っていないかを調べられてから小部屋に通された。やがて中年の女性がその部屋に入ってきた。
「下級侍女を担当しております、リディです。あなたがシャーロットのお父様ですか?」
ケヴィンは姿勢を正して挨拶をした。
「リック・アルベールと申します。遅い時間に申し訳ありません」
「シャーロットの両親は長いこと行方不明と聞いていますが、事情をご説明いただけますか?」
「はい。実は私が一年前に怪我をしまして……」
そこからケヴィンは丁寧にここまでの事情を説明した。
聞いているリディの顔から警戒心が薄れていき、次第に親身になって相槌を打ちながら聞いてくれるようになった。
「事情はわかりました。私がシャーロットから聞いている話と相違が無いようです。少々お待ち下さい。シャーロットの直属の上司に話を通しますので」
そう言ってリディは退室した。
そこからまたしばらく待たされて、今度は別の女性が入って来た。
「シャーロットの上司のルーシーです。あなたがシャーロットのお父様ですか?」
「はい。シャーロットさ、いえ、シャーロットに面会させていただけないでしょうか」
「私はクレールと申します。怪我をしたリックさんをお世話しております。リックさんは記憶を失ってからずっと、ご家族を探していたんです」
「わかりました。少々お待ち下さい」
リックとクレールが両手を握りしめて待っていると、ドアが開いてすでに泣いているシャーロットが駆け込んできた。
「お父さん! お父さん!」
泣きながら駆け寄って抱きつくシャーロットを見て、リックは驚きを隠せない。抱きついてきた若く美しい娘は、亡きソフィア前王妃にそっくりだったからだ。恐れ多くてリックは抱きしめることができない。
(この方がシャーロット様。ソフィア様にそっくりだ。間違いない、あの赤ん坊がこんなに大きくなって……)
「シャーロット様、ですか」
「えっ。お父さん、様ってなに?」
ルーシーはこのやり取りを聞いて(今夜は長い夜になりそうね)と覚悟した。
「シャーロット、お父様との話し合いに時間がかかりそうだわ。部屋を用意するからゆっくりしていただきなさい」
「では私は自宅に帰ります」
遠慮するクレールにシャーロットとリックが同時に慌てた。
「いけません、父がお世話になっていたのですから、その間のことも聞かせてください」
「そうだよクレール。君がいなくては今頃俺は生きていなかった。頼む、一緒に話に加わってほしい」
こうしてその夜、使用人用の部屋をひと部屋用意されたシャーロット、リック、クレールの三人は長い時間話し合うことになった。





書籍『シャーロット 上・下巻』