20 勉強のご褒美とケヴィンのその後
「僕、シャーロットの家に行きたい。森の暮らしを見てみたい」
「殿下、それは無理でございます」
「なぜだい?」
「陛下のお許しがなければ、ご案内することはできません」
後ろに控えている護衛は『仕事の邪魔をしてすみませんね』みたいな顔をしているが、口を出す気は無いようだ。
そこまで黙ってやり取りを聞いていたルーシーが小声で
「スザンヌ、殿下のお付きの侍女さんを呼んでらっしゃい」
と命じた。
スザンヌが走ってオレリアン殿下付きの侍女を呼びに行き、やがて二人がぜいぜいと息を切らせて衣装部に到着した。
「殿下! このような場所まで足を運ばれては困ります」
「ミレーヌ、たまには目をつぶってよ。僕はシャーロットの家に行って小鳥を眺めるだけだ」
「いいえ。目はつぶりません。使用人を困らせてはなりませんよ」
そこに新たな声が割って入った。
「殿下、では私と一緒に陛下にお願いに参りましょうか」
「シモン! シモンならわかってくれると思ってたよ!」
「殿下は療養中に勉強を頑張られたそうですね。護衛の者に聞きましたよ」
「そうなんだ。僕はとても頑張った」
「では私と一緒に陛下のお部屋に参りましょうか。ここで粘っては、皆が困りますよ」
「うん! わかった!」
(なぜここにシモン様が?)と驚くシャーロットに、スザンヌが小声で
「途中の通路でお見かけしたから事情を説明して助けを求めたの。シモン様とお話できちゃったわよ! ありがとうね、シャーロット」
と、少々見当違いのお礼を言う。
衣装部の一同は、シャーロットを含め、皆緊張してシャーロットとオレリアン王子のやり取りを見守っていた。そこへ救世主のようにシモンが現れ、王子を連れて出て行ってくれたので全員がホッとした。
しかし一人だけホッとしてないのがシャーロットである。
「大丈夫よ、シャーロット。許可なんか下りるわけないわ。シモン様もわかっていて陛下のところへ行かれたのよ」
「ルーシーさん、そうなんですか?」
「そうよ。許可は下りないわ。殿下が城外に出るとなれば護衛の数だって十人や二十人じゃ済まないんだから。陛下がお許しになるはずがないのよ」
「それなら安心しました。陛下のご意向に逆らうことはできませんもの」
しかし残念ながら許可は下りたのである。
オレリアンは八歳ながら策士で、今日の朝食時から下準備を始めていた。
「父上、手柄を立てた者に褒美を与えるのはなぜですか?」
「うん? それは『手柄を立てたら認めてもらえる、褒美が貰える』と思えば、この国のためにまた頑張ろうと思えるだろう?」
「国のために臣下が頑張るのは当たり前ではありませんか」
「いや、人を束ねるのに褒美は必要だ。国のために尽くした者、努力した者は報われる国でなければ。そういう国を築くのも国王の役目だよ」
国王は我が子にそう答えたが、オレリアンはその答えが返ってくるのをわかっていて尋ねたのだった。国王がそれに気づいたのはシモンとオレリアンが執務室に来てからだった。
「陛下、オレリアン殿下が陛下にお願いがあるそうです」
「おや。なんのお願いだね」
「父上、僕は民の暮らしを見学したいのです。森の中で暮らす民がどのような生活をしているのか、見学に行ってもよいでしょうか」
「だめだな。そんなことのために護衛を何十人も動かすわけにはいかないよ」
「そうですか。父上は褒美は与えない君主なのですね」
「ん?」
オレリアンは父に向かって哀しげな顔をし
「いえ、いいのです。僕が腕を折ったのは自分が悪いのですから。反省して猛勉強したところで、ご褒美が出ないことなどわかっておりました」
「クッ」
あまりに見え透いた小芝居なので思わず笑ってしまうシモン。
国王も遅れて「クックック」と笑いだした。父の笑顔を見てオレリアンは一気に期待に満ちた顔になった。
「そうだな。勉強をよく頑張ったと教師たちが言っていた。森とは西の森だろう?」
「そうです! 西の森です!」
「暗くなる前に城に戻るんだぞ。護衛の言うこともちゃんと聞くように」
「えっ? 陛下?」
「いいのですねっ、父上!」
許可が出たことに驚くシモンと大喜びのオレリアン。
「よほどその森の家に行きたいと見える。だがその家の住民は迷惑だと思うがなあ。シモン、住人の許可は得ているのだろうな? そもそもその住人はどんな人物だ? 安全なのか?」
ここで話が潰れては大変とオレリアンが割って入った。
「シャーロットは優しいから大丈夫ですっ!」
「シモン、シャーロットというのは?」
「衣装部で働いている侍女で、小鳥の刺繍が上手な……」
「ほう、なるほど。オレリアン、父は少しシモンと話がある。もう下がりなさい。森の家とやらについてはシモンと打ち合わせをしておくからな」
「はいっ!」
オレリアンが今にも走り出しそうな足取りで執務室を出ると、国王は人払いをしてからシモンに目を向けた。シモンは多少の覚悟はしていたとは言え、国王の察しの良さが恨めしい。
「シモン。お前もその侍女と親しいのか」
「はい、いえ、知り合い程度です」
「どんな娘だ?」
「背が高く、早足で、刺繍が上手な」
「美しいのか?」
「……」
「なかなか婚約をしないと思ったら、侍女とそんな仲だったか」
「いえ、違います。彼女は剣の腕が立つので一緒に剣の鍛錬をしているだけです」
「剣? ほう。シモン、オレリアンに同行してやってくれるか? 何もないとは思うが、お前がいてくれれば安心だ」
「はっ」
シモンが退出した後で、国王は侍従を呼び、
「衣装部のシャーロットなる侍女について調べてくれるか?」
と伝えた。シモンは国王の遠縁で、国王はシモンの成長を生まれた時から見てきた。いわば年の離れた弟のような存在だった。できればあまり厄介な娘とは関わらせたくない、と思う。
「侍女ねえ」
そうつぶやいてまた書類に向き合った。
・・・・・
ケヴィンは長旅からクレールの家に戻ったところだった。
三ヶ月かけて崖下の土砂を取り除き、粉々に潰れた馬車を掘り出したものの、遺体はなかった。
「それならリーズとシャーロット様はいったいどこに」
悩んだ末にケヴィンはクレールの家を出て、二人を探す旅に出た。
日雇いの仕事をして路銀を稼ぎ、その稼ぎを手にまた旅に出る。その繰り返しの日々。
しかしどこにもリーズとシャーロットの姿はなく、自分を知っている人もいなかった。
(俺たちはいったいどこで暮らしていたんだろう。まさかリーズもシャーロット様も亡くなっているんじゃ)
記憶は戻らないまま、探し回った町や集落の地図を塗り潰していく。まだまだ地図は白い部分が多い。久しぶりに戻ってきたケヴィンを見て、クレールは心配のあまり胃の辺りがギュッと絞られるような感じがした。
「ねえ、ケヴィン、あなたずいぶん痩せてしまったわ。うちで身体を休めたほうがいいわよ」
「ありがとう、クレール。だが俺は一刻も早く家族を探し出したい。数日だけここで寝かせてくれるだろうか。それだけで十分ありがたいよ」
「ケヴィン、あなた出かけていた間はどんな場所で寝てるのよ」
ケヴィンは答えない。
(この人はおそらく冬だというのに野宿を繰り返しているんだろう)と思い、クレールの目に涙が滲む。
「神様は必ず見てくださってるわ。いつかきっとあなたは探している人に会える。でもその前にあなたが倒れたら元も子もないじゃないの」
「それはわかっている。だけどジッとしてはいられないんだ」
クレールはケヴィンが心配でならなかった。
「私、あなたにお願いがあるわ。聞いてくれるかしら?」
「こんなに世話になっているんだ、何でも言ってくれ。俺でできることならなんでも」
「あなたの事情は聞かない。だけど、あなたが探している人の名前と年齢とどんな見た目かだけは教えてくれる? もしかしたら私がどこかですれ違うかも知れないじゃない?」
「だが、俺は十七年も前のことしか覚えてないんだ」
「それでもいい。名前と今の年齢と、見た目の特徴を教えて」
クレールはやっとケヴィンが探している人物の特徴を教えてもらった。
現在四十四歳のリーズと十七歳のシャーロット。二人の髪の色と目の色も。
クレールはケヴィンの前に置かれている地図を見た。地図は辺鄙な場所ばかり塗り潰されている。
(人を探すならやっぱり王都から探すべきなんじゃないかしら)
以前は「警備隊の掲示板はやめてくれ」と言われたが、それ以外の方法もあるはずだ。
「そうよ、掲示板に張りださなくても、人探しの方法はあるはずだわ」
「えっ?」
クレールにとってケヴィンは『たまたま助けた人』以上の、身内のような存在になりつつあった。だからそのケヴィンを今の苦しい状態から解き放ってやりたい。
たとえその結果が妻子との再会に繋がってケヴィンを失うことになったとしても、クレールは(神様がそれを望むなら、私は受け入れる。ケヴィンのためにできるだけの手助けをしてあげよう)と考えていた。





書籍『シャーロット 上・下巻』