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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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2 お休みの日

 シャーロットは、毎日雄鶏の鳴き声で目が覚める。

 鶏小屋は使用人が寝起きする区域に近く、王族の居住区域からは遠い。鶏を王城の敷地内で飼うことになったのは卵好きだった前王陛下のご希望だ。


(起きなきゃ)


 今日と明日は連休である。休みは月に一回だが、女性は偶数月に、男性は奇数月に二日間の連休が貰える。


 シャーロットは二段ベッドの上の段から梯子(はしご)を使って静かに床に降りた。裸足で踏む床板の冷たさにブルッと震え、一気に目が覚めた。

 着ていた寝間着をするりと脱いで、次々と服を重ね着する。靴下は綿の物と毛糸の物を重ね履き。脱いだ寝間着はきちんと畳んで自分のベッドに置いた。


 かがんで短いブーツに足を入れ、足首までキュッと紐で締める。

 ダークブロンドの髪をひとつに縛り、毛糸のマフラーを巻いた。最後に濃い灰色の外套に袖を通し、肩掛けカバンに頭と右肩を通した。

 同僚を起こさないようにドアを開け、廊下に出た。ゆっくりドアを閉める。


 ドアが閉められる静かな音を聞いていた同室の少女たちが身じろぎをした。

「今月も行ったのね」

「うん。毎月毎月、見ている私の方が泣きたくなる」

「もう諦めればいいのに。その方が楽になるのに」

「仕方ないわよ、それはシャーロットが決めることよ」

 三人はそう小声で(ささや)き合い、それぞれが小さくため息をついてまた布団を顔まで引っ張り上げた。



 シャーロットは廊下を走った。足音がしないように足裏の前半分だけを使って走っている。使用人たちの眠りを妨げないよう、でもできるだけ速く走る。

 厨房のドアを開けると暖かい空気と一緒に湯気とパンの焼ける匂いが溢れ出てくる。


「料理長、行ってきます。明日の夕食までには戻ります」

「おう。気をつけてな。そこに朝飯を置いておいたぞ」

「いつもありがとうございます!」


 入り口脇の背の低い戸棚の上に、白い布で包まれたお弁当が置いてあった。それを肩掛けカバンに丁寧に入れ、ペコリと頭を下げて、ドアを閉めた

 建物の北側にある使用人用出入り口を開けて、外に出る。外はまだ真っ暗だ。


 鶏小屋では雄鶏たちが次々にコケコッコォォォー!と叫んでいる。雄鶏は毎日、日の出の二時間前には鳴き始める。彼らは朝の訪れを知らせているのではなく、危険な夜を無事に生き延びられた喜びを叫んでいるのだそうだ。鶏小屋の世話係のおじいさんが、そう教えてくれた。


 お弁当を入れた肩掛けカバンが揺れないように左手で押さえ、早足で歩く。

 森の実家まで普通に歩けば何時間もかかる。だがシャーロットの早足だともっと短い時間でたどり着く。


 早足で歩いていると、寒さを感じる暇もなく身体が温まってくる。マフラーを外して鞄に入れ、シャーロットは歩き続ける。おなかが空いてきたが、お弁当は家に着くまで手を付けない。もしかしたら両親が帰って来ているかもしれないからだ。


「もしおなかを空かせていたら、すぐにこれを食べてもらおう」


 帰って来ていたなら、両親はきっと長旅で疲れているだろう。掃除をしてお湯を沸かして、お茶を淹れて、肩揉みもしてあげよう。貯めているお給金で何かお菓子でも買ってくれば良かったかもしれない。

 想像しているうちにだんだん足が速くなる。道は石畳から土の道へ、土の道から草の生えた道へと変わっていく。


 やがて草だらけの道は細くなり、森の中の少し開けた場所にシャーロットの家が見えた。煙突から煙が出ているのを見て、胸が驚きと喜びでギュッと締め付けられた。


 だが、走って近寄ろうとして足を止めた。ドアの前の落ち葉が(うずたか)く集まったままなのに気づいたからだ。

 几帳面な両親なら、まずこの落ち葉を掃いてからくつろいだはず。もしかしたらよそ者が入り込んでいるのかも知れない。


 足音を消しながら迂回して家の裏側に回り込み、壁に耳をくっつけた。

(何も音がしない……)

 油断せずに壁に沿って進み、ホコリで曇った窓ガラスから室内を覗き込んだ。暖炉の前に外套にくるまって眠っている見知らぬ男がいた。


 窓からそっと離れ、どうしたらいいか考える。

 あの男は武器を持っているだろうか?このまま町まで戻って警備隊を呼んだ方がいいだろうか?だが警備隊はここまで来てくれるかどうか自信がない。

「空き家の警備までできない」と言われたら?

 こういう場合に警備隊がどう対応してくれるものなのか、わからなかった。でも、あの男に居付かれたら困る。自分がいない時に両親が帰ってくるかもしれないのだから。


 裏の物置きには古い木剣が入れてある。使い方も習っている。鍛錬も忘れずにやってきた。シャーロットは勇気を出して木剣を取りに行き、手に持って玄関へと向かった。

「よし」


 シャーロットは玄関に向かい、勢いよくガバッとドアを開け、叫んだ。

「出て行って!ここは私の家よ!出ていかないと痛い目に遭わせるわ!」

 ドアを開けて叫ぶ前に、寝転んでいた男は既に飛び起きてナイフを構えていた。


 シャーロットはドアを全開にして少し下がり、木剣を構えた。

「私の家から出て行って」

「ああ、すまない。君の家だったのか。昨夜は道に迷って凍死しそうだったものだから。勝手に入らせてもらった。朝が来たら出て行くつもりだったんだ。すぐに出ていくから。落ち着いて。ね?」


 男はそう言うと、ナイフをさやに戻して両手を上に挙げ、ゆっくりドアに近づいて来る。シャーロットは男との距離を一定に保ち、木剣を構えたまま後退りした。

 男は三十代。黒い髪は乱れているが、顔は整っている。盗賊には見えなかった。外套も中の服も多少汚れてはいるが、そこそこ上等な品に見える。


「勝手に泊まったけど、お礼は置いていくつもりだった。これを受け取って欲しい」

 そう言うと懐の内ポケットに手を入れて探り、大銀貨を一枚取り出してドアの内側の床にそっと置いた。


「お金はいらない。持って帰って」

「いや、でも」

「ここは宿じゃない。出ていってくれればそれでいい」

「わかった。だけど、この家には食べ物がないよ?君はどうするの?」

「家の中を漁ったのね?」

「ごめん。あまりに空腹で」


 男が本当に情けなさそうな顔をした。それを見たシャーロットは、被害者の側なのに加害者のような気分にさせられた。シャーロットはため息をついて木剣を右手に持ち直した。右手で木剣を構えたまま左手でカバンの中を探り、白い包みを男に放った。


 男は包みを両手で受け止めるとクンクンと匂いを嗅いでニッコリ笑った。

「卵とハムとパンの匂いがするね。君の昼ごはん?」

「朝ごはん」

「そうか。じゃあ、半分ずつ食べないか?僕もその方が少しは後ろめたさが減る。さ、おいでよ。ドアを閉めよう。せっかく暖めた部屋が冷えてしまうよ」


 男の言うことはもっともだが、シャーロットは勝手に侵入した見知らぬ男と二人きりになるほど、お人好しではなかった。

「断るわ。出て行って」

「そうか。では、世話になった。ありがとう。いつか恩は返す」

 そう言って男は包みを抱えてシャーロットと距離を取りながら家を出て行った。


 男の姿が見えなくなるまで外に立って、戻ってこないことを見届けてから家に入り、鍵をかけた。

 暖炉には大きく火が燃えていたから、しばらくそこで暖を取った。


「朝ごはん、なくなっちゃった」

 仕方なくお茶でも飲もうかとヤカンを持って脇の沢まで水を汲みに出ると、ピチチチ!と小鳥の鳴き声がした。

「ピチット!いるの?」


 ピチチチ!という声が少しずつ近寄ってきて、近くの枝に小鳥が止まった。

「ピチット!ただいま。おいで」


 シャーロットが左腕を上に伸ばすと小鳥は手の平に飛び乗ってきた。ピチットは蛇に巣を襲われて全滅する寸前にシャーロットが助けた小鳥だ。蛇を追い払っても親は戻って来ず、一羽だけ残ったまま飢えでぐったりしているのを見かねて、シャーロットが小虫やパンのかけらを与えて育て上げた。


 父は「蛇に食べられるのも親鳥に見放されたのも生き物の世界の掟だ。人間が手を出すのは感心しない」と渋い顔をしていた。だが「親鳥に見放された」という言葉を聞いて、シャーロットは何が何でもその小鳥を育てようと意地になった。


「ピチット。会いたかったわ。ごめんね、お弁当を渡しちゃったからパンクズはないのよ」

「ピチチチチ!」

 胸から尻までがくすんだ緑色の小鳥は、丸っこい体でぴょんぴょんと動き回る。クチバシと羽の一部に朱色が入っていて華やかな鳥だ。ピチットは手の平から腕へ、腕から肩へと飛び移った。


「お茶を飲もうと思ったけど、ピチットが来たのなら一緒に森の中をお散歩しようかな」

「ピチチッ!」


 シャーロットはヤカンを岩の上に置いて森へと入った。

「ピチッ!ピチチチチ!」

「何か食べるものがあるといいのだけど。冬だから望みは薄いわね」


 シャーロットとピチットは森の中を歩き回り、リスが見落としたクルミを拾って家に戻った。

 


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コミック『シャーロット』
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