19 給金増額
シャーロットとポールが食堂の外に置いてあるベンチで押し問答を繰り広げている。
「すまない、嬢ちゃん。こんなことになるとは思わなかった」
「いえ、ポールさんが悪いわけでは」
「代金はきっちり払わせるから」
「代金を頂いたら仕事になってしまうじゃありませんか。素人仕事なんですから受け取れません」
「いや、頼む方だって無料じゃ頼めない。受け取ってやってくれ」
庭師のポールがウサギの毛皮のベストを着ているのに気づいた修繕部の友人が
「修繕部だって寒いんだ。建物の中とは言っても火の気がない場所で働くのはお前と同じだ。ちょっと着心地を確かめさせろ」
と屁理屈を言って否応なくベストを取り上げて袖を通し、
「おう、軽くて暖かい。これはいいな。俺も同じのが欲しい。ちゃんと金は払うから俺のも作ってもらってくれよ」
と言ったらしい。
「毛皮だって端布を繋ぎ合わせたのとは違う。一枚皮だ。薄くて軽くて暖かくて着心地がいい。代金を取っていい品だよ」
「ではルーシーさんに許可をいただいてからにさせてください」
「あんたは真面目だな。黙ってりゃわからんだろうに」
シャーロットは微笑むだけにした。両親がいたら「隠れてこそこそしなきゃならないことは最初からするな」と言うだろう。自分もそう思う。
翌日、ルーシーに相談すると叱られはしなかったが
「あなたが作ったベストを一度見せてくれる? どんな物を作ったのか見てみたいから」
と思いがけないことを言われた。
ポールに頼んでベストを預かり、ルーシーに見せた。
ルーシーがじっくりベストを点検している。ベストは素人の手作りだしルーシーは衣装部の長だ。シャーロットは酷評されるのを覚悟した。ルーシーはじっくり裏も表も顔を近づけてベストの縫製部分を見ていた。
「縫い物には性格が出ます。あなたの仕事は丁寧で、手を抜いている箇所がない。毛皮を縫うのは楽ではないのに、最後まで同じ調子で頑張ったわね。いいでしょう。これはお金を受け取っても良い仕事です」
「ありがとうございます」
「シャーロット、黙って引き受けても私が知ることはなかったのに。どうしてわざわざ報告したの?」
シャーロットは少し考えてから答えた。
「ルーシーさんに無断で小遣い稼ぎをしたとして、『バレたらどうしよう』ってずっとクヨクヨするくらいなら、お金を受け取らずにプレゼントして喜んでもらったほうが、気が楽です」
「ふふふっ。なるほど。シャーロットはそう考えたのね。でも、無料はやめておきなさい。人間はね、無料の物を粗末に扱いがちです。そうねえ、小銀貨三枚は貰いなさい。この出来栄えならそれでも買うよりずっと安いわ」
意外な言葉にシャーロットは驚いた。
「お小遣い稼ぎをしてもいいのですか?」
「私から勧めるつもりはないけれど、あなたが手持ちの毛皮を使って自由時間にベストを作り、欲しい人が買う。何も問題はないわ」
「わかりました。では小銀貨三枚で売ります」
「そうなさい。それにしてもあなた、最初にここへ来た時『衣装についての知識はない』って言ってなかった?」
シャーロットは「はい」とうなずいた。
「知識はありませんが、森の中で暮らしていた頃は、何でも手作りしていましたので、少しの経験ならあります。母と二人で買った服をほどいて部分ごとにバラして、型紙を作っていました。母も裁縫はあまり詳しくないと言ってました。ブーツやコートも買った物を分解して型紙を作って手作りしていました」
「なるほどねえ。それは普通、なかなかできないことよ。あなたのお母様は賢い努力家なのね。ねえシャーロット、今度、手が空いてたら制作の手伝いをしなさい」
「はい」
はい、と答えたがそれは技術職の領分だった。下級侍女の仕事の域を越えている。ルーシーももちろんそれをわかっていた。
「リディに言って給金を少し上げてもらうよう伝えておくわ。技術を身につければ、それもあなたの財産になるから。しっかり覚えなさい」
「はい」
こうしてシャーロットは下級侍女の身分ながら技術職の手伝いをさせてもらえることになった。最初はひたすら布地の端をかがる仕事だった。
裁断された布の端がほつれないように丁寧にかがる。今かがっているのは上級侍女たちが着る制服用の生地だった。
下級侍女は黒い制服で使われる布地の量が少ないストンとしたデザインだ。それに対して上級侍女たちは紺色の布地をたっぷりと使ったふんわりとした丈の長いワンピースだった。
制服の素材は下級も上級も綿だったが、上級侍女の制服に使われる綿生地は光沢がある上等な綿だ。ボタンも下級は木のボタン、上級は貝ボタンだ。
上級侍女の更に上の階級の『お付き』と呼ばれる侍女は王族の身の回りのお世話をする。彼女たちは自前のドレスを着ているらしい。
シャーロットは働くことが好きだったので、端かがりをしながらも雑用もこなしている。それも配置された当初から二人分を働いていた。シャーロットの仕事量はかなりのものだが、それでもシャーロットが来てからは衣装部は快適だった。今までの雑用係はどの娘も一度お使いに出すと、なかなか戻らなかった。これ幸いと油を売ってから帰ってくるのが当たり前のようになっていたのだ。
だがシャーロットは「もう帰ってきたの?」と驚くほど早く戻ってくるし、自分から仕事を見つけては労を惜しまずよく働いている。今回のウサギの毛皮のベストのこともあまりに正直なので、衣装部の面々は仕事をしながらルーシーとシャーロットのやり取りを聞いていて(正直な娘だわねえ)と驚いていた。
シャーロットは知らなかったが、衣装部の技術を使って小遣い稼ぎをすることは当然のように皆がやっていることだった。普通なら「いい子ぶってる」と言われそうなものだが、シャーロットが裏表なく働いているのは全員が知っていたから、『いい子ぶっているのではなく、本当にいい子なのだ』と皆が思っていた。
「シャーロットは手放せない」
それは衣装部で働く者全員の意見だった。
連日、シャーロットは端かがりを一人で引き受け続けた。端をかがることにかけては誰にも引けを取らないほどに腕を上げていった。
オレリアン王子の骨折が完治した。
そのオレリアン王子は今、神妙な顔で父の前にいた。
「オレリアン、無事治癒したようで何より。もう二度と手すりを滑り降りるなよ」
「はい、父上」
「時にオレリアン、最近はずいぶん勉学に力を入れているそうだな。報告を受けているぞ」
「はい、父上。とても頑張りました」
「これからもその心がけ、忘れないように。では下がってよい」
(あれ? ご褒美は出ないの? 僕の計画では『褒美は何がいい?』って聞かれるはずだったのに)
ガックリと肩を落とし、オレリアンはしおしおと自室へと戻った。
「あんなに頑張ったのに。でも絶対にピチットに会う!」
彼は城の中には飽き飽きしていた。動植物に強い興味をもっているオレリアンは、整備され手を入れられた城壁の中は調べ尽くしていた。
そんな時に聞いたシャーロットの話は、おとぎ話のように魅力的だった。
オレリアン王子は、再び見学実現の方法と手順を考え始めた。





書籍『シャーロット 上・下巻』