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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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18/53

18 庭師のポール

 オレリアン王子とオリヴィエ王女の間で争いが起きていることを知らないまま、シャーロットはアデル第二王女に渡すピチットの刺繍を刺した。今回も届けたのはルーシーである。

 衣装部の長としてはシャーロットを連れ出されるのは困るが、ドレス以外にも王族に喜んでもらえる品を献上できることは望むところだ。


 四歳のアデル第二王女はニコニコして受け取り、なくさないようにそれにリボンを付けてもらってたすき掛けにしていた。三羽目のピチットは赤い小さな木の実を咥えていて、今度はオリヴィエ第一王女が妹の小鳥を欲しがった。

 

 取り上げられそうになったアデル王女は、こうなることを予想していたアデル王女専属の侍女に言い含められた通りに刺繍をおなかに抱え込んで必死に小鳥を守った。

「いけません!」

 オリヴィエ王女を叱った王妃は、子どもたちが取り合いをしている小鳥の刺繍に目を留めた。三つとも違う図案ながらとても美しい。


「これは誰が?」

 と尋ねられた侍女は

「衣装部のルーシーが運んで参りました」

と答えた。

「そう。誰か刺繍が得意な者が入ったのね」

「そのようでございます」

 王妃も刺繍は好きで、花やツタ、家紋などは刺したことがあるが、ここまで本物そっくりの鳥は刺したことがない。王妃は愛らしく写実的な小鳥の刺繍にしばし目を奪われた。




 その日、シャーロットはお使いに出ていた。

 頼まれた貝ボタンが見つけられず、何軒も何軒もボタンの店を探し回って帰りが遅くなっていた。


「直径七ミリの貝ボタンじゃだめで八ミリの貝ボタンならいいなんて、すごいこだわりね」

 職場に直径七ミリの貝ボタンならたくさんあった。

 でも、それではだめだと全員が断言していた。バランスが悪いのだ、と熱弁されてこだわりの強さにシャーロットは驚いた。



「王都に買い物に出られたのは助かっちゃったな」

 実家に溜まってきているウサギの毛皮で何か作ろうと思っているところだったので、頼まれたボタンを買うついでに自分用のボタンも買い求めた。

 仕事で買い求めた貝ボタンは高級なものだ。

 もちろんそのまま縫い付けることはなく、ドレスの共布で包む。

 自分用のは一番安い木のボタンだ。だがそれで十分だ。ウサギの毛皮で何をつくろうかと考えるのは心が浮き立つ楽しい時間だった。


 言いつけられた直径八ミリの貝ボタンと自分用の直径七ミリの木製ボタンを無事に手に入れ、肩掛けカバンにしまってシャーロットはお城に戻った。広い裏庭を突っ切って使用人用出入り口を目指していると、レンガ敷きの小道にかがみ込んで作業している人物がいた。

 その人物の隣を通り過ぎようとした時、年配のその男性が腰をトントンと叩いて「うぅ」と呻いているのを聞きつけた。


「大丈夫ですか? 腰が痛いのですか?」

 シャーロットがそう声をかけると、白いヒゲを生やした男性は苦笑して

「ああ、ちょっと腰を傷めたようだ。今週中にレンガを全部平らにしなきゃならんのに、ざまあない」

と返事をした。


 見ると小道に敷かれたレンガがところどころデコボコしている。これを平らに修繕していたのだろう。スコップ、木桶に入れた砂、地面を平らにならすための大きな木槌のような道具も置いてあった。

 

「道具も材料も重そうですね。立てますか? 肩をお貸しします」

「いやいや、あんたみたいな若いお嬢さんには……」

 シャーロットはやんわりと微笑んで男性の腕を取り、自分の肩に回させてゆっくりと立ち上がらせた。

「ったたた。すまないな。それにしてもあんたは力がある」

「はい。歩くのがつらいようでしたら、おんぶしますが」

「おんぶはやめてくれ。歩けるから」


 肩を貸しながら二人で歩き、ポールが使っている庭師小屋を目指した。

「あんた、名前は?」

「シャーロットです。衣装部で雑用係をしています」

「そうか。すまないな。俺はポールだ。ちょっと腰が冷えちまった、というのは言い訳かもしれん。年なんだろうな。寒さに負けるようじゃ庭師は務まらないのになあ。まったく年を取るとあちこちガタが来る」


 庭師小屋に到着し、ポールを長椅子に座らせ、暖炉の熾火(おきび)まきを足して火が燃え上がるのを待った。


「中からも温めましょうか。お茶の葉はどこに?」

「そっちの棚だ。あんた、火起こしの手際が良いな」

「森の中で暮らしていましたから、なんでもひと通りは」


 会話しながらヤカンに水瓶から水を汲んで入れ、小さな暖炉のかぎに引っ掛けた。茶葉をティーポットに入れてお湯が沸くのを待つ。


「あの、もしお嫌でなければですが、私がウサギの毛皮のベストをプレゼントしたら受け取っていただけますか? 腰まで暖かくなるような、少し長いものになりますが」

「俺にかい? あんたが?」

「はい、ポールさんに。私が」


 少しの間ポールは「はて」という顔で椅子に座ったままシャーロットを見上げた。


「そりゃ嬉しいしありがたく受け取るが、なんでまた」

「ウサギの毛皮が実家に結構たくさんあるんです。何かを作るなら自分に作るよりも誰かに作る方が楽しいですから」

「そうか。ありがとうな。ありがたく受け取るよ」

「では、サイズをザッと測らせていただいても?」

「ああ。頼むよ」


 座ったまま両腕を上げてもらい、シャーロットはいつもポケットに入れている紐を使ってポールの肩から裾までの長さを想定して紐を当てる。裾までの長さを決めて糸に結び目を作った。次に脇から脇までの身幅も。


「はい。ありがとうございました。では近いうちにお届けしますね」

「ありがとう。楽しみに待っているよ。だがシャーロットさんや」

「なんでしょう」

「あんたみたいな美人があっちこっちでこんなふうに親切にすると誤解されるぞ?」


 シャーロットは苦笑して「気をつけます」とだけ言ってお茶を淹れた。ポールがお茶を飲んでいる間に「ではまた」と声をかけ、お辞儀をして小屋を出た。そのままさっきポールがいた場所に戻り、砂の入った木桶などの材料と道具をヒョイと持ち上げ、さっきの小屋の外まで運んで置いた。


 急いで衣装係の部屋に戻り「ただいま戻りました」と声をかけると、皆が手元の布から顔を上げて「おかえり」と微笑んでくれる。スザンヌが近寄って来て、シャーロットがカバンから出した包みを手に取った。

「お帰りシャーロット。早かったわね。ボタンはこれ?」

「はい」

「ああ、そうそうこれ。ありがとうね」

 スザンヌは手早く包みを開くとイソイソと自分の席に戻った。

シャーロットは(ここの人たちは全員、仕事大好き人間ね)と思う。


 その日は雑用をこなして一日が終わり、自室の四人部屋に戻った。

 その夜は消灯時間までずっとベッドの上で城に持ち込んでいた手持ちのウサギの毛皮を裁断したり端をかがったりして過ごした。毛皮は足りそうだが、ベストの表地に使う布がない。

(明日の夜にでも布を買いに行こう)と決めてその夜は消灯時間に眠った。


 翌日の夕食後、シャーロットは王都に買い物に出た。

 ほとんど駆け足のような早足で布地を売っている店に向かい、庭師の制服に似た紺色の生地を買い求めた。鼻歌を歌いたくなるような楽しい気持ちで部屋に戻り、また消灯時間までベストを縫った。毛皮が内側、紺色の布地は外側だ。前身頃に縫い付けるボタンは自分用に買った木のボタンを使った。


 ボタンホールを開け、丁寧に切り口をかがる。ボタンホールは紺色の糸ではなく明るい茶色の糸でかがった。ささやかなおしゃれ心だ。

 数日後、ベストが出来上がった。

 シャーロットは昼食のパンを受け取ってから庭師のポールを探した。

 ポールは、前回腰を傷めた場所から二十メートルほど先で作業をしていた。腰が痛くてもコツコツとレンガの位置を直していたらしい。


「こんにちは」

「おう、力持ちの嬢ちゃんか。この前はありがとうな」

「ベストが出来上がったので、持ってきました。これです」


 ポールは笑顔でシャーロットが差し出したベストを受け取った。

「仕事が早いんだな。それにずいぶん手間をかけさせた。材料費だけでも払わせてくれるかい」

「贈り物だからお金は受け取れません。ウサギは私が狩りましたから、お金はかかっていませんし。実家に帰った時は鳥やウサギを狩って食べるので皮や羽根が溜まるんです。もったいないから全部仕分けして取ってあるんですよ」

「狩り? あんたが?」

「はい。弓矢は得意です」

「はっはっは。そうか、弓矢か。いつかあんたが狩りをするところを見せてもらいたいな」

「はい。私はお休みの日は毎回実家に帰りますので、良かったらお声がけください。一緒に狩りをしましょう」


 シャーロットの言葉を聞いてポールが眉をひそめた。


「だから、誤解されるようなことを言っちゃだめだよ」

「ポールさんにもですか?」

「俺はかみさんひと筋だ。けど、世の中には何歳になっても『俺もまだこんな若い娘に惚れられるんだな、満更でもないんだな』と勘違いする男はいるぞ」

「そういうものですか」

「ああ、そういうものだ」


 ポールは制服を脱いでウサギの毛皮のベストを着た。


「おお、これは暖かいな。大きさもぴったりだ。ありがとうなあ。今度、鉢植えをお礼にあげよう。大きくてきれいな花が咲くやつだ」

「ありがとうございます。楽しみにしています。そうだ、私はこれからお昼を食べるのですが一緒に食べませんか?」

「ああ、かまわんよ。じゃあ、一緒に庭師小屋に行こうか」

「はい」


 シャーロットはうっかり二人で食べるつもりで提案したが、庭師小屋には他の庭師たちがいた。八人の様々な年齢の庭師が食堂で配られるパンを食べていた。

 ポールもテーブルに置いてある白い布包みを手に取り、シャーロットに椅子を勧めて食べ始めた。お茶は若い男性が素早く二人分を淹れて出してくれた。


(そうよね、庭師さんはたくさんいるんだった)


 シャーロットはポールの隣に座り、バター焼きした白身魚と人参のマリネが挟んであるパンを食べ始めたが、男性たちのほとんどが自分を見ているのに気づいた。


「部外者なのに入ってきてすみません」

「いい。気にするな、俺がここに誘ったんだ。みんなは美人さんが入ってきたから戸惑っているだけだ。普段は野郎ばかりのむさ苦しい小屋だからな」


 シャーロットを見ていた庭師たちは全員が慌てて視線を外し、壁を見たりパンを真剣に見つめたりし始めた。


「このお嬢さんが俺にウサギ皮のベストを作ってくれたんだよ。腰が冷えないようにってな。このお嬢さんが弓矢で狩ったウサギだそうだ」


 ポールがそう言って着ているベストを指差すと、全員が次々と質問してきた。

「弓矢で? お嬢さんが? ほんとに?」

「皮も自分で剥ぐんですか?」

「気持ち悪くないんですか?」

「ウサギの他にはどんな動物を狩ったことがありますか」


 全部の質問に丁寧に答えているうちに昼休憩の時間は終わった。小屋を使わせてもらったお礼を述べて外に出た時にはパンはまだ半分が残っていた。質問に答えるのが忙しくて食べる暇がなかったのだ。

「お母さん、お行儀が悪くてごめんなさい!」

 シャーロットはそう言って、歩きながら残りのパンを食べつつ衣装部に戻った。庭師の一人がずっとうつむきがちで視線を逸らせていたのには気づかなかった。


 シャーロットが庭師小屋を出ていってから、レオンは人に気づかれないように静かに息を吐いた。城勤めを始めても全く姿を見ることがなかったシャーロットが庭師長と一緒に小屋に入ってきた時は少しだけ慌てた。

(俺の顔を覚えているだろうか)と緊張したが、服装も髪型も違ったからか、シャーロットは気づいていなかった。そして彼女はやはりお人好しのようだった。


(さて、どうしたものか)

 レオンはまだ自分の人生の分岐点に立っていて、どちらの道に進むか決めかねていた。

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コミック『シャーロット』
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