14 オレリアン第一王子
お城にまつわる人が次々出て来ますが、全員を覚える必要は全くありませんので。
気楽に読んでくださいね(*´꒳`*)
ランシェル王国のオレリアン第一王子は八歳。女の子と言っても通る愛らしい顔だ。
王子は現在左腕を骨折中で、白い布で腕を吊っている。これは侍女の制止を無視した結果だ。
「おやめください!」という声を聞きながら階段の手すりをうつ伏せになって滑り降りたら、思っていたよりもスピードが出た。
(あれ?)と慌てて手すりに掴まった。
すると勢いがついていた軽い身体は、止まる代わりになぜか手すりの外側にポーンと吹っ飛んでしまったのだ。床に顔が叩きつけられる前に思わず先に手を出したら、ポッキリと左腕の骨が折れた。
そこからは大騒ぎだ。
常駐している老医師が呼び出され、見ていた侍女二人の気分が悪くなり、会議中だった父と茶会中だった母が鬼の形相でやって来た。
国王である父は激怒した。
「オレリアン! あれほど手すりを滑ってはならんと言っていただろうが!」
「くぅぅ」
脂汗を流しながら骨折の痛みに耐えている枕元で大声で怒鳴られた。オレリアンは情けない声を出して、父の背後にいる母に目で助けを求めた。ところが頼みの綱の母は、父より目を吊り上げて自分を睨んでいた。これはもうおとなしく説教を聞くしかないと諦めたところで、父に追い打ちをかけられる。
「侍女ではお前を止められないということがわかった。今後は護衛に二十四時間きっちり監視させる」
「ええええ!」
「オレリアン」
「はぁい父上」
「はいと言わんか! はいと!」
「はい、父上」
「場合によっては首の骨を折って死んでいたかもしれんのだぞ!」
「……」
(そんな失敗はしません)と言えばお説教が長くなるのはわかっていたので、黙って目を閉じた。やがて父と母は肩を怒らせて部屋から出て行った。
一部始終を脇で見ていた老医師は
「いい薬になりましたな、殿下。そろそろ考えなしの行動は控えろという神の思し召しですよ」
などと笑いながら憎たらしいことを言う。
「神の思し召しではない。これはちょっとした手違いだ」
すると老医師は少し驚いた顔になり、
「ほほう。親子とはこうも似るものですかな。陛下も昔、木から飛び降りて腕を折った時に全く同じことをおっしゃいましたよ。はっはっはっは」
と愉快そうに笑って出て行った。
(なんだ、父上も失敗して骨を折っていたのか)
オレリアンは少しだけ気分が良くなった。
残されたオレリアンの部屋には屈強な護衛が一人と侍女が三人。以前は護衛は部屋の外にいたのだが、今日から室内で自分を見張るらしい。オレリアンは絶望した。
春になったら小さな赤ちゃんカマキリがたくさん出てくる花壇のあの卵も、おなかが膨らんできたあの羊が産む子羊も、もう見に行けないのだろうか。毎年、庭師が『内緒ですよ』と言って食べさせてくれる早春の苺も、護衛に止められてしまうのだろうか。
「ああ、世も末だ」
「ぷっ」
深刻な顔で覚えたばかりの言葉をつぶやいたら、護衛が堪えきれないように吹き出した。キッと睨んだら視線を外された。
(今日の護衛は意地が悪いようだ。悲しい)
その夜は熱も出た。侍女たちが交代で一晩中額に冷たい布を取り替えてくれたが、少しでも身動きすると腕に激痛が走る。
おとなしくベッドに入っていたが、眠りが訪れて無意識に身動きすると腕の痛みで目が覚める。それを繰り返していたら、寝た気がしないまま朝を迎えた。
薄暗い寝室の壁際に意地悪護衛は立っている。よく見ると、立ったまま目をつぶっていた。
(仕事中に寝るなど、護衛失格じゃないか。だけどちょうどいいか)
オレリアン第一王子は静かにベッドを抜け出し、机の引き出しにしまってある遠眼鏡を取り出して部屋を抜け出そうとした。
「殿下、本日は外出禁止です」
背後から野太い声がしてオレリアンは飛び上がった。
「寝ていたのに起きたのか」
「寝ておりません」
「いや、寝てたね。見たぞ」
「殿下の見間違いでございます」
(今日の護衛は意地悪で怠け者の上に嘘つきだ)
ショボショボした顔でベッドに戻りながら、オレリアンは白鷹隊のシモンに会いたいと思った。シモンは主に父の護衛を務めていて、自分のそばにはあまり来ることがない。だがシモンはちょっとしたボードゲームを教えてくれたり、剣の相手をしてくれたり、遠征で見た景色の話をしてくれたりするから大好きだった。
翌日も痛みで寝たのか寝てないのかわからないまま朝を迎えた。遠くで鶏が鳴いて(朝になってしまった)と思ったのだが、鶏の声の他に「カンカンカン!」という木と木がぶつかる音が遠くから聞こえてくる。
すぐに起き上がって遠眼鏡を手に取り、自分を見ている護衛に声をかけた。
「見張りの塔に行く」
「では抱き上げさせていただきます」
「そうか。では頼む」
もう八歳だというのに抱っこされるのは悔しいが、階段を登るにはその方が早いだろうと我慢した。塔のてっぺんに着いてもまだカンカンいう音は聞こえてくる。オレリアンは急いで遠眼鏡を取り出して音の出どころを探した。
遠眼鏡を動かしてあちこちを探すと、大好きなシモンが髪の長い相手と剣の稽古をしていた。片腕で苦労しつつレンズをゆっくり回してピントを合わせると、髪の長い相手は女性だった。
(へえ!)
剣を振るう女性を初めて見た。その女性は白鷹隊のシモンを相手に激しく木剣を交えていた。実に格好がいい女性だ、と感心した。
再び抱っこで部屋に戻り、護衛にシモンを呼んでくるよう頼むと、シモンはすぐにやって来た。
「殿下。おはようございます」
「ねえ、シモン。さっき稽古していたのは誰? きれいな女性と剣の稽古をしていただろう?」
壁際で立っていた護衛が(ほお?)という顔になったので、シモンは少々慌てた。シャーロットとの唯一の接点である朝稽古のことは、まだ誰にも知られたくなかった。
オレリアンは天使のような顔で微笑んでから、シモンに小声で耳打ちした。
「シモン、父上と母上にはあの女性のことは内緒にするよ。だから今度、あの女性を連れてきてよ。会ってみたいんだ」
シモンはこのやんちゃで頭も回る王子が好きだったが、今朝ばかりは(小僧め)と恨めしく思った。
陛下も王妃殿下もシモンの結婚について何度も「早く結婚しなさい」とおっしゃっている。陛下とシモンは遠縁なのだ。シャーロットのことを知られたら「平民では身分が」と会うことを禁止されかねない。
まだ種から芽が出てもいない時点でそんな事態になるのは避けたかった。
(仕方ない、ここは殿下の要求を聞くか)
「少々お時間をいただけますか」
「うん。楽しみに待ってる!」
オレリアンは交渉が成立したことを察してニッコリ微笑んだ。





書籍『シャーロット 上・下巻』