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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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12 完璧なドレスと刺繍糸

いろいろだいぶ落ち着いてきたので、いいねと感想の受付を開始しました。よろしくお願いします

(*´꒳`*)



 剣の鍛錬のあと、朝食を終えて早めに衣装部に向かった。

 衣装部では新人なので掃除はシャーロットの役目なのだ。

 風で飛ばされそうなものを全部片付け、窓を開けて高い位置からハタキをかける。雑巾で机の上を拭き、床はモップで拭いた。


「よし」

 ここを束ねるルーシーは整理整頓に厳しいらしい。

 昨日、仕事終わりの時に「針を数えましょう」とルーシーが掛け声をかけ、衣装部の女性たちは一斉に自分の使っている針山の針の数を数え出した。縫い針は五本、まち針は三十本。一本でも足りなかったら見つかるまで全員で探すのだそうだ。


「王族の方々にお怪我をさせないように、普段からこうして針を確認するの」


 ルーシーの言うことは全部に理由があってわかりやすい。「以前からそうだから」というあやふやな規則はひとつもない。

 シャーロットは(針の規則は赤い手帳に書き留めておこう)と思った。

 昨日渡された本もそうだ。

 人によっては「雑用係は言われたことをやっていればいい」と言う人もいるだろうが、ルーシーは「雑用係と言えどもここに来た以上、ここでしか学べないことをしっかり学んでほしい。それはいずれあなたの財産となるはずよ」

と言っていた。


(上に立つ人はやはり理由があってその位置を手に入れているのね)と思う。


 ふと、ごみ籠を覗いて、刺繍糸が捨てられているのに気づいた。短くなって用を成さなくなったものだ。王族の衣装に使われる刺繍糸は高価なものだから、大切に使われている。だが、模様の途中で糸を継ぎ足すことがないように、きりの良い箇所で早め早めに次の糸が使われる。捨てられている刺繍糸は、まだそこそこの長さがあった。


「これ、もらってもいいのかしら。捨ててあるんだからいいわよね?」


 実家の節約生活から判断すると、捨てられている刺繍糸はまだ十分に使える長さだった。

 刺繍は母にみっちり鍛えられた。淑女の嗜みだ、と言って。

 教えられた当時は「淑女とは?」と淑女のイメージが掴めないまま基本の刺し方を覚えた。その後は自由に柄を描けるところが気に入っていた。


 ごみ籠の中身を探して、使えそうな刺繍糸を全部回収してポケットに入れた。針は家から持ってきている。

(久しぶりに好きな柄で刺繍をしてみよう)


 今の暮らしは必要な物は全て支給される。給金を使うところがない。だから余ったお金は貯めている。森の家の床下にはもとから隠してある金貨もある。

 刺繍糸も買えないほどお金には困っているわけではないが、両親が年老いた時に使うつもりで今もお金は大切にしまってあるのだ。


(そう言えばあの金貨はどうやって手に入れたのだろう)


 自分がお城で働くようになってわかったことがある。

 母は『以前働いていた時に主に貰った』と言っていたが、あんな金額を二十代や三十代の女性が稼げるわけがない。父の稼ぎを足したとしても、金貨があれほど貯まるはずがなかった。


(父と母は何をしていた人たちなのかしら)


(もしや両親は自分が考えているような、どこかの侍女と猟師の夫婦ではないのかもしれない)


 だが、それは今となってはどうでもいいことだ。シャーロットにとって両親は、捨て子の自分を拾って大切に育ててくれて可愛がってくれた人たち。それで十分だと思うようになった。


 やがて衣装部の面々が「おはよう」と言いながら仕事部屋に続々と入ってきた。考え事はやめにして、シャーロットはまた自分から仕事を探して働いた。

 あっという間に時間が過ぎて、ルーシーが「さあみんな、昼休みにしましょうか」と言い出した時のこと。


「皆さんにお見せしたいものがあります!」

 スザンヌが目をキラキラさせながら立ち上がって声を張り上げた。

「なあに? 今じゃないとだめなの? お昼のパンを取りに行きたいんだけど」

「ジャーン!」


 他の人達の不満げな顔の前にスザンヌがドレスを掲げて見せた。


「それ、あなたの『理想のドレス』ね。それがどうかした?」

「なんと、シャーロットは手直し無し、コルセット無しで完璧に着こなせます!」


 一瞬の沈黙のあとで一斉に皆が騒ぎ出した。

「ほんとに? コルセット無しで?」

「確かにシャーロットなら丈はぴったりだわね」

「本当にお胸もウエストもピッタリなのっ?」

「ちょっと! 今着て見せてよシャーロット!」


 騒ぎを叱るかと思ったルーシーまでもがドレスとシャーロットを見比べている。

(このままでは昼ごはんを食べる時間が無くなってしまう)とシャーロットは心配になった。


「ルナ、人数分のパンを貰ってきなさい。シャーロット、今、そのドレスを着て見せてくれる?」

「はい」


『何を言われてもはいといいなさい』の言いつけを守り、シャーロットは着ていた制服を脱いで緑色のドレスを着た。あの鳥籠(とりかご)みたいなパニエもちゃんと使った。

 スザンヌに全てのボタンを閉めてもらい、背筋を伸ばして立ったシャーロットをたくさんの目が見つめる。たいそう居心地が悪い。

 全員がシャーロットではなく『シャーロットが着た状態のドレス』をジーッと見ている。


「ほぉぉん。これはこれは」

 ルーシーが呆れとも驚きとも取れるような声を出し、老眼鏡を外して小さくうなずきながら見ている。

「すごい。コルセット無しでこのウエストが入るなんて」

 縫製係の女性が驚きの顔で見ている。

「人間が着ると五割増しに素晴らしく見えるわね」

 衣装管理の女性が腕組みして感心している。


「いかがです? シャーロットの身体の素晴らしさに気づいた私を褒めてくださってもいいんですよ? 遠慮は要りませんからね」

 スザンヌは冗談まじりにそんなことを言う。


「ルーシーさん、これはどういうことでしょうか」

「ああ、そうよね。シャーロットは知らないことだったわね」

 そう言ってルーシーは『理想のドレス』にまつわる話を教えてくれた。


 数年前、スザンヌが趣味で作ったドレスを仲間に披露していた。すると、今はもう退職した制作係の最年長の女性がきつい口調でこき下ろしたのだそうだ。


「くだらない。作った本人も他の人間も着られないドレスなんて、意味も価値もない。ドレスは人間が着て初めて価値が生まれるの。自分の体型に劣等感を持っているからって、誰も着られないようなドレスを作るなんて時間の無駄ね。他のことに時間を使えば?」

 仲間内で盛り上がって楽しんでいたスザンヌは傷つき、ルーシーが間に入ってその場は収まったそうだが、スザンヌはとても悲しい思いをしたのだそうだ。


(他人の趣味をそんな言葉でこき下ろすなんて。しかも体型のことを人前でそんな風に言うのは無神経にもほどがある。ベテランでも関係ない。誰であっても許されないわ)

 シャーロットは口にこそ出さなかったがスザンヌに同情した。そのスザンヌは当時のことを思い出したのか指先で涙を拭っている。


「パン、人数分持ってきましたぁ!」

 食堂までお昼ごはんを取りに行ったルナが木箱を抱えて帰って来た。箱には山盛りのパンの包み。そのルナは、ドレスを着て立っているシャーロットを見てあんぐりと口を開けた。


「嘘お。ちゃんと着てる。スザンヌ、あなたのドレス、ちゃんと人間が着られるじゃない! お直し無し?」

「無しよ、ルナ。すごいわよね? コルセットも使ってないのよ」

「ほえぇ。素晴らしい身体ねシャーロット」


 その後は皆でベーコンと目玉焼きを挟んだパンを齧りながらドレスを鑑賞する時間になった。シャーロットは(私は? 私の昼ごはんは?)と焦ったが、ルーシーが

「皆が食べ終わるまで、もう少し我慢してくれる? その後でゆっくり食べるといいわ」

と言ってくれたのでホッとした。


 シャーロットは全く動かずに立っている。それも褒められた。

「体幹がしっかりしているのね」

「筋肉でゴツゴツしてないのに筋肉がたっぷりありそう」

「ああ、もう、いつまでも見ていられる」


 苦笑しながらもシャーロットは立っていた。

 やっと鑑賞会が終わって着替えをしていたら、ルーシーが新しい制服を出してくれた。

「あなたのサイズに合わせて直しておいたわ。これを着なさい」


 サイズ直しされた制服は、もう一枚の皮膚のようにシャーロットの身体に寄り添い、動きやすいのにだぶつきが全くなくなっていた。

「え! シャーロットが着ると制服なのにおしゃれに見える」

「ありがとうございますルーシーさん。着やすいです。スザンヌさん。もしよかったら、今夜、一緒に夕食を食べに行きませんか?」

「いいの? 嬉しい!」


 シャーロットは働き始めてから初めての外食だ。とてもスザンヌと話をしたかった。




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コミック『シャーロット』
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