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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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11 スザンヌのドレスと剣の稽古

 食事を終え、本当なら共同の浴室でお湯を貰って丁寧に身体をきれいにしたかったのだが、いつスザンヌが来るかわからない。仕方なくシャーロットは水で濡らした布で身体を手早く拭いて部屋で待機した。

 スザンヌがシャーロットたちの部屋を訪れたのは夜の八時半だった。


「遅くなってごめんね。どれにしようか迷っちゃって。靴とアクセサリーも持ってきたんだけど、一人じゃ運べないから妹が帰ってくるのを待って一緒に運んでもらったの」

「姉がお世話になってます」

 スザンヌの後ろから雰囲気が良く似た小柄な女性がひょいと顔を出して頭を下げた。


「いえ、私は新入りですので、お世話になっているのは私の方です」

 シャーロットがそう答えている間にも、スザンヌは部屋の中に入ってきて、テーブルに厚紙でできた大きな箱を大切そうに置いた。それを同室の仲間三人が興味深そうに見ている。


「さて、まずはこれね」

 そう言って一番上の箱の蓋を開けた。

「うわあ! すてき!」

 三人の侍女仲間が一斉に立ち上がって声を出した。


 スザンヌがドレスを持ち上げて披露した。

 それは深い緑色の絹のドレスで、襟元には刺繍で作った白い小花が散りばめられていて愛らしい。スカート部分はウエストがギュッと絞られ、下に向かってふんわりと大輪の花のように膨らむデザインだった。袖は花開く直前のつぼみのようだ。


「これ、普通はコルセットで締め上げてから着るんだけど、あなたならそのままで入ると思うのよね。さ、着て見せて!」

「はい」

 衣装部の長であるルーシーに「返事は全て『はい』で」と言われている。なのでおとなしく五人の前で服を脱いで下着になり、ドレスを着ようとしたのだが。


「ちょっとまって。忘れてたわ。これを付けてから」

 そう言ってスザンヌが取り出したのは紐を使って背負っていた大きな物で、折りたたまれてぺちゃんこになっていたが、スザンヌが両手で持って持ち上げると、上下に大きく伸びた。スカート部分を美しく膨らませる籠のような骨組だった。


「パニエよ。チュールを重ねたパニエもあるけど、今回はこれにしたの」

「へえ、それを使うからきれいに膨らむんですね。話には聞いてましたけど、こんな近くで見るのは初めてです」

 イリヤが感心している。


 それは針金で作られたたくさんの円を四本の帯状の布で上から下まで繋いだものだった。一番下の円が一番大きく、上に向かうにつれて次第に小さくなっていた。

 シャーロットがその円の真ん中に入ってパニエを持ち上げると、鳥籠のような形になった。一番上の輪に結ばれている紐をウエストでギュッと縛ったシャーロットは、下半身を鳥かごに入れたように見える。


 次にドレスを頭から被った。

 背中に並んでいるたくさんの小さなボタンは、スザンヌと妹さんがかけてくれた。同じ布でできている靴は、残念ながら少し小さいので諦めた。無理に履けば破れそうな華奢な靴だった。スザンヌは「やっぱり無理だったか」と悔しそうだ。

 着終わって立っているシャーロットを五人が感嘆の眼差しで見つめた。


「シャーロット、あなた、どこから見ても貴族のご令嬢だわ」

「やめてよイリヤ」

「ううん、本当。しかもここまで美しいご令嬢はちょっといないわよ」

「スザンヌさんまで」


 シャーロットは大げさな、と苦笑したが、その場の全員が魂が抜けかかっているかのように口を半開きにしている。


「ね、ちょっと外に出ない?」

「もう九時になるから叱られます。だめです」

「そう言わないで。私が無理を言ったとちゃんと説明するから!」

「このドレスで部屋を出るのは困ります。恥ずかしいのでまた今度にしてください」

「仕方ない。わかったわ、じゃあ、明日仕事場でね!」

「え? いえ、それもちょっと」


 しかしスザンヌはシャーロットの抗議は軽く聞き流し、シャーロットがそっと脱いだドレスをたたんで箱に入れ、妹に向かって

「このドレスを衣装部まで運ぶから。悪いけど一緒に来て」

と言ってさっさと出て行った。


 残された同室のみんなはまだ興奮覚めやらぬ雰囲気だが、シャーロットは明日が憂鬱だった。

「私はもう寝るわね」

 そう言って早々とベッドの上段に登って布団を被った。明日、仕事場ではしゃいでスザンヌが叱られないか、心配になる。

(明日は早起きして素振りをしよう)

 身体を使うと悩みが消えないまでも小さくなるのは経験済みだ。




 翌朝、一番鶏が鳴くのを待ちかねるようにして木剣を手に外に出た。

 そして無心で剣を素振りする。架空の敵を想定して、父と組んでいる時のように飛び退ったり前に鋭く踏み込んだりしながら、上から下へ、下から上へと剣を振った。


 父はいつも次を読め、と言っていた。

 相手の太刀筋から次の攻撃をいかに早く読むか、それが死なないこつだと。相手を殺そうとするのではなく、自分が生き残ることを考えろ、と。


 教わっていた時は(剣の練習って、身体を鍛えるためにやってるのよね? 本当に剣で戦うことなんかないわよね?)と思っていた。

 だが、父との剣の練習は言葉を使わない会話のようで楽しかったから、文句を言ったことは一度もない。


「あんまり鍛えちゃうと手のひらに剣だこができるどころか体つきまで変わってしまう」

と母は心配していた。幸いシャーロットは鍛えてもあまり筋肉がつかず、ほっそりしたままだった。

「シャーロットは身体の表面ではなくて身体の芯に筋肉が付いている。いい傾向だ」

と父は喜んでいた。


 ふと、視線を感じて右手に目を向けた。

 あのプラチナブロンドの髪の男性がいた。

「やあ、おはよう」

「おはようございます」

 そう言って頭を下げ、素早く建物に入ろうとするシャーロットに男性が声をかけた。

「この前は気分を悪くさせたみたいで悪かった。俺が何かしたんだよね? 謝るよ」


 そう言われて、自分がこの男性にずいぶん失礼な対応をしたことを思い出した。

「いえ。私こそ申し訳ありませんでした。あの時、別の男の人に絡まれた直後だったので、冷静さを失っていました」

「絡まれた? 何かされたのか? 誰に? なんで?」


 男性の声が少し大きくなったので、シャーロットは口の前に人差し指を立てて目で「静かに」と合図をした。


「あ、すまん。つい」

「上司が止めてくれました。相手の名前はもう忘れました」

「そうか。俺はシモン・フォーレ。君は?」

「私はシャーロット・アルベールです。猟師の娘です」

「シャーロット、あまり時間がないだろうが、手合わせしないかい?」

 そう言ってシモンは背後に持っていた木剣を前に出して笑った。誰かと剣を合わせるのは一年以上していない。無性に手合わせしたかった。


「私でいいんですか? 騎士様のお相手なんて、申し訳ないような」

「怖がらないんだね。よし、では音がするからあっちで」


 二人で素早く場所を移動して城壁の使用人出入り口の前に来た。音を立てても文句を言われなさそうな場所だった。


「では」

 シモンが剣を腰の位置に持って軽く一礼をした。シャーロットは父と剣の鍛錬をして以来なのでわくわくしながら同じ動作でお辞儀をした。


(腕前が劣る私の方から行くべき)とシャーロットが先に斬り込んだ。

「ハァッ!」

 それを一歩も動かず木剣で受けるシモン。シャーロットは初手に続けて猛烈な速さでカンカンカンカン! と打ち込んだ。シモンは表情を変えずに様子見で受け止めていたが、内心では驚いていた。


(速い。それにこの体格の女性としては剣が重い。これはちゃんとした指導を受けているな)


 途中からシモンも打ち返した。

 その全てをシャーロットは的確に受け止め、シモンの動きの先を読んで反撃した。猛烈な打ち合いが続く。前に踏み込み後ろに下がり、時には横っ飛びに移動する。二人の動きは無駄がない。見ている人がいたらきっと、その美しい動きに目を奪われただろう。


 やがて太陽が顔を出し、あたりが明るくなった。

 突然、シャーロットが「大変! 朝ごはんがなくなっちゃう!」と小声で叫び

「申し訳ありません、戻ります。ご指導ありがとうございました! 勉強になりました!」

と礼を言い、頭を下げて

「では! 失礼いたします!」

と大慌てで宿舎に向かって走って行った。


 走り去るシャーロットの後ろ姿を見送るシモン。

 冷え切った冬の朝なのに、シモンの額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「とりあえず俺は彼女を怒らせてはいなかった。名前も教えてもらった。剣の稽古もした。よし」

 シモンは満足して兵舎へと歩き出した。


 そんな二人を城の高い場所から小さな遠眼鏡(とおめがね)でじっと見つめている人物がいたが、あまりに離れていたのでシャーロットもシモンも気づかなかった。


 


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コミック『シャーロット』
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