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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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10/53

10 衣装係

「本日から衣装係に異動になりました。シャーロットです。よろしくお願いします」

「ああ、そう。あなたがリディの言っていたね。衣装についての知識はあるの?」

「いいえ。知識はございません」

「そうですか。ふむ」


 衣装係の長であるルーシーにジッと見つめられている間、シャーロットはピシリと背筋を伸ばして動かなかった。するとルーシーは首に下げていた巻き尺を手にしてシャーロットに近づいた。

「その制服、サイズは大ね?」

「はい」

「ちょっとあなたの身体のサイズを測るわね」

「はい」


 ルーシーの採寸は手早かった。

 肩幅から始まり腕の長さ、着丈、腕の太さを数カ所、手首の太さ、胸回り腰回り。どんどん測り、記録していく。

(こんなに測られたのは初めて)

 そう思いながら腕を持ち上げられ、水平にした状態で動かずに立ったままそう思った。三十箇所は測られただろうか。


「はい、結構。衣装係の侍女が身体に合っていない制服を着ていては衣装係の名が泣きますからね」

「はい」

「あなた、全くグラつかないのね。何か運動でも? 腕の筋肉もあるようだし」

「木剣の素振りを少々」

「ほう」


 ルーシーは鼻に載せた老眼鏡の上からシャーロットを見つめている。

「無駄な肉のない、素晴らしい身体です。気に入りました。雑用係と言えども衣装の知識はなるべく早く身に付けてもらいます。これを読んでおくように。ドレスの種類、各部の名称、採寸の仕方。雑用係でも覚えるべきことは山とあります。頑張りなさい」

「はい」

「では、今日はみんなに言われたことをしなさい。言われたことには全て『はい』と答えるように」

「はい」

「手帳をあげるわ。大切なことを書いて覚えなさい」

 ルーシーは赤い革のカバーがかけられた小ぶりな手帳を手渡してくれた。


 その日は衣装部屋で作業をしている皆を壁際に立って眺めた。時々

「お茶を淹れて」

「そこを掃いて」

「五番の白い布を持ってきて」

「甘いものが食べたい。厨房から何か貰ってきて」

という指示に応じて動いた。


 衣装係は中年の女性が中心だったが、若い女性も働いていた。一人が退職すると一人が補充される仕組みだそうだ。そして下級の侍女たちよりもだいぶ大きな権限を持っているようだった。

 下級の侍女はおやつは自分のお小遣いで買わなければならなかったが、衣装係はお菓子類も城側から無料で支給されるようだった。


 衣装係はドレスを制作する班、縫い上げられたドレスをサイズ直しも含めて管理する班に分かれていた。シャーロットは両方の雑用を任された。何も言われない時間が続くと退屈だったので、窓を拭いたり床を磨いたり、足りなくなりそうな縫い糸をそっと補充したりして動いた。

『自分で仕事を考えなさい。言われてからやるのではなく、次に何を要求されるかをいつも考えるのよ』

 母の言葉を思い出す。


 それは父も言っていた。

「常に相手がどう動くか考えるんだ。そのうち考えなくても身体が反応するようになる」

 両親が授けてくれた知識や知恵が今の自分を助けてくれていた。


「そうだ、手帳に父さんと母さんの言葉も忘れないように書いておこう」

 シャーロットはその日から覚えておきたいこと、忘れたくないことを片っ端から貰った手帳に書き込んだ。




「あなた、使えるわね。それに厨房から戻ってくるのがすごく早い」

 縫製をしていた一人がシャーロットを見ながらそう言葉をかけてくれた。若くてかなり小柄な女性だ。名前はスザンヌ。


「ありがとうございます」

「今度休みの日に私の家に来ない? あなたに着せたいドレスがあるわ」

「休みの日は実家に帰るのです。申し訳ございません」

「そう。ご両親が待ってるのね?」

「いえ。両親が行方不明なので、休みの日は家で両親の帰りを待ちたいんです」


 それまで黙々と仕事をしていた女性たちが一斉に顔を上げてシャーロットを見た。

「でも、もう一年以上経ちましたので、帰って来ないかも知れません。でも、諦めきれなくて。両親がいつ帰って来てもいいように家を整えておきたいんです。私の勝手な願いです」

 そう言ってシャーロットが眉を下げて困ったように微笑むと、何人かは片手を口元に当てて気の毒そうな顔になった。


「わかったわ。じゃあ、今夜私があなたに私が作った服を着せてみたいのだけど、宿舎にいるのよね?」

「はい」

「では夕飯の後くらいに持っていくわ」

「はい」


 二人のやり取りを聞いていた周囲の女たちがクスクスと笑いだした。

「スザンヌの病気が始まったわね」

「病気って言い方はやめてくれる? ルナ」

「だって、シャーロットにあのドレスを着せたいんでしょう?」

「そうよ。悪い? これほどあのドレスが似合いそうな身体の人、なかなかいないもの」

「まあ、それは確かにね」


 そう言ってルナとスザンヌがまじまじとシャーロットを見る。つられたように他の女性たちも見る。

「あの、なにか」

「あなたは均整の取れた美しい身体をしているなと思って」


 次々と他の女性たち皆も会話に参加してきた。


「男性も女性も女は細けりゃいい、お胸が大きければいいと思っている人が多いけれど、我々衣装係に言わせてもらうと、全てはバランスなのよね。お胸だけが大きいのはバランスが悪いの。ドレスを美しく着こなして他人にどの角度から見ても美しいと思わせるには、お胸は小さめの方がいいのよ」

「そうそう。大きければいいというのは男性の願望よね」

「でも、その願望に影響されてしまって女性の側もお胸は大きければいいと思っている人も少なくないわ」

「美はバランス!」

「そう! その通り!」


 シャーロットはドレスを着たことがなかったし、着たいと思ったこともなかった。だから衣装に関して熱すぎる女性たちに若干引いていた。それに『あのドレス』という言葉がなんとも不穏な感じだ。それを着せられるのはいいとして、(まさかそれを着て外を歩けと言われるのではないでしょうね)と不安になった。

 

 その日、夕方の六時に衣装部の仕事は終わりとなった。ほぼ全員が王都に家があるそうで、王族からの急な呼び出しに備えて縫製係と衣装管理係から一人ずつが交代で宿直をするのだそうだ。


 部屋から出て食堂に向かいながらシャーロットがスザンヌに尋ねた。

「王族の方から夜中に緊急呼び出しがあるのでしょうか」

「王族ではなくて直接呼び出すのはお付きの上級侍女さん。彼女たちから呼び出されることが稀にあるの。理由はいろいろ。王族の方が明日着る服を今夜確認したい、とか、王族の方が少し太った気がするから確認して直してほしい、とかね」

「大変ですね」

「まあね。でも仕事だもの。宿直の手当も出るし、衣装の仕事は好きだから私は喜んで駆けつけるけどね」

「そうですか」

「その本、すごく勉強になるわよ。じっくり読んで覚えるといいわ」

「はい」

 スザンヌが目をやった本は衣装係の長ルーシーが貸してくれた『ドレス 構造と制作』という分厚い本だ。


 食堂の近くまで一緒に歩いていたスザンヌは

「じゃ、あとで。あなたの部屋は何階?」

と尋ねた。

「三階です。三百三号室です」

「わかった。靴のサイズは?」

「二十四センチです」

「わかった。じゃあまたね」


 シャーロットは少し浮かれている様子のスザンヌに胸騒ぎがしたが、今はそれよりもおなかが空いていた。

「試着するだけよね、きっと」

 そう独り言を言って食堂の扉を開けた。

 たくさんの使用人たちが並べられたテーブルに着いて夕食を食べている。ざわざわという会話や食器が触れ合う音がホッとさせてくれる。シャーロットはだいぶ出遅れた感じだった。


「ほい、シャーロットちゃん。今夜は豚肉だよ」

「美味しそうです。いつもありがとうございます」

「よく噛んで食べるんだよ」


 トレイを受け取って空いている席を目で探し、席を確保してからお茶を取りに行った。

 お茶係は十五歳くらいの少女が担当している。可愛らしい少女が次から次へとお茶を淹れて手渡していた。


「シャーロットさん。今日は遅かったんですね」

「ええ。今日から部署が変わったの」

「え。どこですか?」

「衣装係」

「うわあ、出世コースじゃないですか!」

「そうなの?」

「そうですよ! いいなあ、ドレスに囲まれて仕事だなんて」

「仕事だもの、いいも悪いもないわ」


 そこで後ろに人が並んだのでシャーロットは自分の席に戻った。


 豚肉はりんごと一緒に煮込まれていた。とろとろになるまで赤ワインで煮込まれた豚のバラ肉は、口のなかで噛まなくても飲み込めるようだった。りんごはギリギリ形を保っていたが、こちらもとろとろで、りんごの甘酸っぱさと豚の脂と赤ワイン、何種類かの香辛料が合わさって複雑で豊かな味だった。


「残り物の組み合わせとは思えないお味よね、シャーロット」


 誰かと思ったら同室のイリヤだった。イリヤはトレイを隣に置いて座った。

「美味しいわよね。さすがにお城の食事は豪勢だわ。りんごは収穫して日にちが経って歯応えがボサボサしてきたやつだし、赤ワインはパーティーの残りものらしいわよ。かなりいいやつだけど、勝手に使用人が飲むのは禁止だから、料理に使うんだって」

「詳しいのね、イリヤ」

「お兄ちゃんが厨房で働いてたの。昔、夜会の飲み残しのワインを上級の男性使用人が全部飲んじゃうのが問題になったんだってさ。それは横領だろうって言い出した人がいたらしいよ」

「へええ」


 パンも真っ白な小麦粉で焼いてあるし、バターもお代わりができる。間違いなく贅沢で恵まれた職場だわ、とシャーロットは思う。こんな職場を用意してくれたのはエドル商会長だが、話をつけておいてくれた母にも感謝した。


「イリヤ、このあと部屋に人が来るの。衣装係の人。疲れてるのにごめんね」

「気にしないで。職場の先輩でしょう? 最初が肝心だから愛想良くしないとね」

「ありがとう」

 二人は旺盛な食慾で豚肉とりんごの赤ワイン煮込みをスプーンで口に入れた。



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コミック『シャーロット』
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