霊玉守護者の祇園祭(宵山)
私達の世界では今年も宵山のにぎわいが中止になりましたね。
一日も早いコロナ終息を願います。
晃達の世界ではコロナはありません。
物語の中だけでも宵山を楽しんでいただけたら幸いです。
晃は学校が終わるとすぐに縮地で家まで駆け戻った。
今日は七月十六日。京都に遊びに行く日だ。
「ただいま!」
「おかえり。晃」
祖父母と話をしていたらしい白露が迎えてくれる。
まるで小さい頃に戻ったような光景に、知らず笑顔が浮かぶ。
「さあさ。急いで着替えてきなさい。
これ、安倍さんへのお土産ね」
祖母が自慢の柿の葉寿司が詰められた折詰を持ってくる。
前日から用意していた荷物の中に入れられるのを見ながら急いで自室に移動した。
白露の背に乗って移動する。
「転移陣を組もうか」という話もあったが断った。
晃の家は宿坊だ。
霊力の強い修験者が集まる場所に転移陣なんて設置したらすぐに怪しまれる。
場合によったら迷い込む人がでる可能性だってある。
そのうち晃が白露並みに駆けられるようになればいいだけの話だと思っている。
そのために最近では京都に移動するときに白露の背から降りて一緒に走ったりしている。
今日は時間優先なので白露の全速力で向かっている。
まるで風になったようで、振り落とされないようにするので精一杯だ。
いつかこの速さで走れるようになりたい。
京都市の北西部、安倍家の離れに着くとちょうどトモとナツと一緒になった。
二人も学校が終わって縮地で駆けてきたのだった。
玄関でヒロが待っていた。
「いらっしゃい」と微笑むヒロはすでに浴衣姿だ。
「ホラホラ。三人共、まずは風呂に入って!」
ウキウキと楽しそうなヒロに風呂に追いやられる。
トモとナツは自分で浴衣が着れたが晃は浴衣が着れない。着たことがない。近所の祭りに行くときはいつも甚平だった。
手早くヒロが浴衣を着せてくれる。
「ヒロは何でもできるんだなぁ」
「やってみたら簡単だよ? 今度練習しようね」
ヒロはいつもそう笑って色々なことに挑戦させてくれる。
できることが増えていってうれしい。
転移陣を通って御池のマンションに移動すると、テーブルの上にはこれでもかと皿が並んでいた。
「いらっしゃい霊玉守護者くん達!
お腹空いたでしょう? さ、食べて食べて!」
ハルの母のアキさんに笑顔で迎えられる。
春の地獄の修行の間ずっと食べさせてもらったごはんに晃達は完全に餌付けされている。
「アキさんのごはん!」
「いただきます!」
すぐに席について箸を受け取った。
晃が祖母からの柿の葉寿司を渡すとアキさんが喜んだ。
「晃くんのお祖母さんのお寿司、美味しいからうれしいわ! お店のと比べても美味しいもの!」
祖母の味を褒められて晃もうれしくなる。
アキさんと話をしている間にヒロが柿の葉寿司を三つ四つと食べていた。
トモもナツも競うように口に入れている。
「こんなにたくさんどうするんだよ」なんて祖母に文句を言ったが、全く問題なさそうだ。
むしろあとから来る佑輝の分が残ってるか心配しないといけないかもしれない。
そんな晃達をやさしい眼差しで見守る白露にはヒロが軽食を出していた。
みんなで話しながら食事をいただいていると六時すぎにハルと晴臣も帰ってきた。
隆弘は八時頃になるという。
佑輝が来るのは九時頃だろうと聞いている。
隆弘にも佑輝にも「先に回っといて」と言われていた。
でもどうせなら皆で一緒に回りたい。
ヒロに浴衣の着方を教えてもらったり、今後の予定を話したりしているうちにあっという間に時間が過ぎた。
佑輝が御池のマンションに来たのは九時前だった。
連れて来た佑輝の父親が「お世話になります」と挨拶するのを横に、大荷物をかついだ佑輝をヒロがリビングに連れて行く。
「疲れたー。腹へったー」
「シャワー浴びる? 浴びてきた? じゃあ着替えるよ!」
佑輝の口にポイと柿の葉寿司をひとつ突っ込んだヒロが手早く浴衣を着せる。
佑輝の父親がまだ玄関にいる間に支度ができた。
移動の車の中で軽く食べてきた佑輝だったが、練習で身体を動かしたあとでは足りなかったようだ。
アキさんの作ってくれたちいさなおかず入りおにぎりをパパッと食べる。
「あんまり食べると屋台のものが食べられないよ?」
「でもアキさんのごはん美味いんだよ!」
指についた米粒も丁寧にとりむしゃむしゃと咀嚼しながら反論する佑輝に、アキさんも「あらあら」とうれしそうだ。
佑輝の食事が終わったのを確認した晴臣が声をかけた。
「じゃあそろそろ行こうか」
いつもどおり晴臣と隆弘の引率で六人は夜の街を歩き出した。
全員浴衣に下駄。
「こういうのは形から入らなきゃ!」と張り切ったアキさんの仕業だ。
隆弘と一緒に戻ってきたヒロの母の千明さんと二人して「キャー! みんな、カッコいいわよ!」と褒めてくれて写真を撮ってくれた。ちょっと照れくさいけどうれしい。
白露も一緒についてきた。
大きな白虎が街を散策する様子は現実感がないが、晃達以外には視えないように隠形の術をかけているという。
御池のマンションを出て西へ進み、室町通を南へ下る。
南へ南へと歩くにつれて人も増え屋台も増えていった。
「すごいな! さすが京都だな!」
「なんだよこれ! 屋台だらけじゃないか!」
「え!? どうする!? 先に食べる?」
「いや待て。ここで腹いっぱいになってあとでもっとうまそうなものがでてきたらマズイぞ」
素直に驚く晃。
立ち並ぶ屋台に気圧される佑輝。
真剣に相談を始めたナツとトモ。
完全におのぼりさんだ。
「ここはまだ北の端だよ?」と苦笑する晴臣の言葉に四人が衝撃を受ける。
「え? どうする? どうする!?」
「ハル、ヒロ。どうしたらいい!?」
オロオロするナツと晃に意見を求められても、ハルもヒロも答えられない。
「実はぼくらも宵山初めてなんだ。
ていうか、お祭り自体初めて」
「え!? こんな近所なのに!?」
「近いから逆に行かないのもあるし、それどころじゃなかったのもあるし」
「あー」
納得の声をあげる四人。
「おれ、お祭りって地元の盆踊りくらいしか行ったことない」と晃。
「俺も地蔵盆くらいで屋台は初めてだ」とトモ。
「オレは近所の小さい神社のお祭りしか行ったことない」と佑輝。
「おれ、おかあちゃんとあちこち行った!」
うれしそうに言うナツに全員がほっこりする。
父ズは少し離れてニコニコと見守ってくれている。
いつもそうだ。晃達を子供扱いせず、余計な口出しをせずただ見守ってくれる。
晃達がどんな結論を出すか楽しんでいるようでもある。
意見や助けをを求めればすぐに手を差し伸べてくれるところで待っていてくれている二人がいてくれることにいつも心強く感じている。
今回の祇園祭宵山攻略も父ズに意見を求めるかとあきらめかけたとき。
「私、ここ数年は毎年来てるから詳しいわよ」
「え?」
まさかの白露から声がかかった。
白露は晃の手が離れてからはあちこちに顔を出している。
中でも祭見物は楽しみだと話してくれる。
「私だけじゃないわよ。結構いろんなモノが出入りするわよ」
言われてきょろきょろと見回すと、ヒトならざるモノがいるのが解る。
人間に気付かれないように隠形をとっているモノ。面をかぶっているモノ。人間の姿をとっているモノもいる。
知らなかった祭りの側面に晃達は驚きを隠せない。
「まあ、マツリだからな」
「よくあることよねー」
平然としているハルの言葉に白露も笑って答える。
「ま、関わらなければ大丈夫だ。気にせず祭りを楽しめ」
ハルの言葉にうなずいた。
白露のオススメは、まだ比較的人の少ないこのエリアで屋台を攻めることだった。
「人の少ない」と白露は言うが、晃からしたらたくさんの人が周囲にいる。
「これで『人が少ない』の?」と思わず確認すると、白露は重々しくうなずいた。
「四条に近くなればなるほど身動きとれなくなるわよ」と言われゾッとする。
「え? お祭りだよね?」
「晃の知ってるお祭りとは規模が全然違うわ」
首を振る白露。
さらに「蒸し風呂よ。おしくらまんじゅうよ」と言葉を重ねられる。
トモから白露の言葉を聞いた父ズも「うまいことおっしゃるね」なんて肯定してくる。
「え? 宵山って、そんななの?」
地元のはずのヒロが真顔で問いかける。
「昔から人の多く集まる祭礼だが……おしくらまんじゅう?」
ハルまでもが驚いている。
「むしろ満員電車?」
「流れに乗るしかできないっていうか…」
「なんだソレ!!」
父ズの言葉に恐怖をつのらせる子供達。
「まあまあ。何事も経験だから」
「そうそう。百聞は一見にしかずだ」
楽しそうな父ズに白露も楽しそうに笑う。
「屋台はそこまで変わらないわ。時々変わり種が混じるけど基本的な店がバランスよく散ってるかんじ。先にここらで食べておいたほうがいわよ」
六人は顔を見合わせる。
それなら。と、方針を決めた。
晴臣から遊びの計画がもたらされてすぐにヒロからバイトの提案をされた。
「安倍家が抱えている不良案件の処理」と言われたそれは、いわゆる退魔仕事だった。
滅することもできずとりあえず封じているモノを滅する。
勝負して負かし、言うことを聞かせる。
色々な仕事を受け、報酬をもらった。
それをこの夏遊ぶ軍資金にあてている。
つまり、六人共軍資金は豊富に持っている。
手当り次第に買い求めた。
焼きそば。串焼き肉。イカ焼き。たこ焼き。ベビーカステラ。
わーっと散ってわあわあ騒ぎながら買い求めるのも楽しい。
道路の端でお行儀悪く立ったまま食べるのも楽しい。
夕食を食べてきているはずなのに不思議なくらい腹に入る。
あれも美味いこれも美味いと分けっこしながら食べ漁る。
ヒロはもちろんのこと、千年生きたハルも初めて食べるものが多かった。
「お店で食べるのと全然違うんだね!」
「りんご飴、どうやって食べたらいいんだ…?」
「ハルでも知らないことがあるんだな」
「僕をなんだと思ってるんだ」
トモにからかわれムッとするハルにみんなで笑った。
父ズにも白露にもおすそわけした。
白露は「アラ思っていたより美味しいわ」なんて喜んでいた。
父ズはいつの間にかビールを飲んでいた。
自動販売機やコンビニで売っている缶ビールではない。プラスチック製のコップに入った、泡立ちのきめ細やかなビールだ。
「どこで買ったの?」
「あそこ」
指し示されたのは普通の飲食店だった。
なんと屋台だけでなく普通の飲食店も店頭でお祭り用メニューを出していたのだ。
「そんな!」
「ベタな屋台だけでもすごい数なのに!!」
「あ! あそこ、この前テレビで紹介されてた店じゃないか!?
なにぃ!? 『宵山限定メニュー』だと!?」
「ぎゃー! ニオイが! ニオイがもう美味い!!」
「ヤバい!」「美味い!」と騒ぎながら食べながら南へ南へと下る。
白露の先導で時々西へ東へと曲がりオススメの店に寄る。
普段は冷静沈着で大人っぽく見えるハルとトモまで子供みたいな顔で大はしゃぎしていた。
他の四人は言うまでもない。
あれがうまそう、今度はこっちとあちこち食べ歩いた。
ただでさえ昼間の熱気が夜になっても残る市街地の道いっぱいに人間がひしめき合っている。
暑い。蒸し蒸しする。汗でベタベタする。
不快指数は高いはずなのに、それ以上に楽しい。
夜に街中に出かけるものこんな大きなお祭りに来るのも全員初めてだった。
入れ代わり立ち代わり隣の相手を替え、話しながら歩いていく。
あれなんだこれすげーとはしゃぐ。
目にするものすべてがめずらしい。
楽しくて楽しくてずっと笑顔があふれていた。
道路をふさぐように建つ建造物をみつけた。
ホンモノの山鉾の大きさに驚き、釘を一本も使っていないと聞いてまた驚く。
ちまきなどを売る浴衣の子供達の歌に思わず拍手した。
会所から山鉾に上がらせてもらい、その高さにまた驚いた。
白露と父ズの言ったとおり、四条通に近くなればなるほど人であふれた。
はぐれないように気をつけながら進み、いくつもの山鉾を見学し、何とか四条通に立った。
何基もの山鉾が灯りを灯した提灯を下げて並び立っていた。
「これ! よくテレビで見るヤツ!」
「すげー! ホンモノだ!」
「人がエゲツないんだが」
すごいすごいとまたもはしゃぐ。
隆弘が立ち並ぶ山鉾と一緒に写真を撮ってくれた。
四条通はエラいことになっていた。
車道も今日このときばかりは人でひしめき合っている。
人間も多いがヒトならざるモノも多い。
そんなモノ達が時々白露やハルに挨拶をする。
逆に白露やハルが相手に挨拶をすることもある。
不思議な熱気に街中が包まれている。
霊気もものすごく濃くなっている。
天を見上げると街灯や山鉾の灯りに加え空をヒラヒラと舞うナニカ視える。
人間もヒトならざるモノも非日常を楽しんでいた。
なんだかふわふわする。楽しい。
いろんなモノがごちゃごちゃに混じり押し合いへし合いしている空間に、知らず笑顔が浮かぶ晃だった。
ナツが『神楽人』としてお仕えしている神々にも挨拶した。
「ここでナツに会えるとは思わなかった!」と神々はお喜びになり、ナツに「ひとさし舞え!」とお望みになった。
ナツは神域以外では舞わないことを誓約している。
そのことをしどろもどろに伝えたが「今日はマツリだぞ!?」「我らがいるのだからここは神域だろう!」と引いてくれない。
仕方なくハルが結界を張った。
「マツリだから特別だ! お前達も列席して良いぞ」と許可され、霊玉守護者の仲間とハル、白露は、初めて『神楽人』として舞うナツを見た。
ハルの結界で『神域』に区切られた空間には他に人間はいない。父ズももちろんいない。
一瞬前まで人でぎゅうぎゅうだった通りから人間が消え、山鉾が美しく立ち並ぶのがよく見えた。
神々の眷属や許可されたモノ達が取り囲む中をナツが舞う。
広い道路の中央ですらりと腕を伸ばす。
たったそれだけで場が清められる。
タン、と足拍子を踏む。
たったそれだけで霊気の波紋が広がる。
ナツが楽しそうに舞う。それにあわせてあたりを囲むモノの中から演奏を始めるモノや謡を吟じるモノも出てきた。
さらに場が盛り上がる。
ナツの舞でさらに清められる。霊気が高められる。
「……とんでもないな……」
ボソリとつぶやいたハルの声にトモが反応した。
「ハルとヒロは見たことあるんじゃないのか?」
「神域に送っていただけで立入禁止だったんだ。俗世の舞台は見たことあるけど『神楽人』として舞うのは見たことない」
以前ナツの異界で記憶を見た晃とヒロも話をしていた。
「ナツの舞、すごくなってないか?」
「だよね!? なんか、綺麗で目を奪われるのは前からだけど、それだけじゃないっていうか…」
「ナツが楽しそうなのが見てるほうにも伝染るような…」
「そう! それ!」
「ナツはすごいヤツだったんだな」
佑輝のつぶやきに全員がうなずいた。
ぺこりと頭を下げるナツにやんやの歓声がおこる。
「もう一度!」「もう一度!」と、結局三曲舞った。
神々は眷属方と盛り上がってしまったので、辞去の挨拶をして神域を出る。
ハルが上手く細工していたようで、長時間神域にいたのに現世では数秒しか経っておらず、晴臣も隆弘も子供達がいなくなったことに気付いていなかった。
舞ったナツも、舞を見た面々も、神域の清らかな霊力が身体の中に満ちているようだった。
なんだか清々しい。そのくせふわふわする。
まるで夢の中のようだ。非日常が身体の周りを取り巻いている。
人混みに戻る気になれなくて、遠回りして御池のマンションに戻った。
もう日付は翌日になっていた。
起きて待ってくれていた母ズに興奮のまま口々に話をする。
楽しそうな子供達に引率の父ズも留守番の母ズもうれしそうに話を聞いてくれた。
転移陣を使って北山の離れに移動する。
風呂に入るとさっぱりした。
着ていた浴衣は汗でベタベタだった。
「そう思って洗える浴衣だから大丈夫よ」とアキさんが笑ってくれる。
Tシャツに春の地獄の修行のときの寝間着のズボンが用意されていた。
はいてみて驚いた。
「あれ!? ズボン短くなってる!!」
「ホントだ! おれも!!」
春のときはちょうどよかったズボンの丈が短くなっていることに晃とナツが声をあげる。
「背が伸びたんだね」
ヒロの言葉に「やったー!」と飛び上がる。
「この調子だとすぐにヒロに追いつくかな!?」
「そうなるだろうね。もしかしたら晃には抜かれちゃうかも」
クスクス笑いながらヒロが答えてくれる。
「おれも伸びてたよヒロ!」
「よかったねナツ!」
子供みたいに二人が手を取り合ってぴょんぴょんとはねる。
「だいぶメシ食えるようになったからな」とトモ。
「精神的に落ち着いたのもあるだろうな」とハル。
「オレもちょっと伸びてるんだけど…」
「黙っとこうな佑輝」
「トモもちょっと伸びてるよな?」
「ウン。黙っとこうな。佑輝」
背の高い二人がボソボソ話している言葉は幸いにも晃達の耳には入らなかった。
春のように晃、ナツ、トモ、佑輝で四人部屋の二段ベッドにもぐりこんだ。
楽しくて楽しくてもう少し話をしようと思っていたのに、横になったらもうダメだった。
笑顔のまま眠りについた。
祇園祭は疫病除けのおまつり。
私達の世界の疫病も早く退散してくれますように!