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霊玉守護者顛末奇譚 番外編  作者: ももんがー
中学二年生 夏
6/16

霊玉守護者のレジャー計画

一度完結していた番外編。

今日からしばらく連載します。

夏休みにあちこち遊びに行くお話です。


今日のこのお話は六月末頃のお話です。


「何だこれは」

「計画書です」

「阿呆」


 提出された書類をパシリと叩き、ハルが父親であり側近のひとりでもある晴臣をにらむ。


「毎週予定を入れてるじゃないか」

「よく見てください。一週空いてます」


 ホラここ。とハルの手元の書類をめくって指し示す晴臣。

 言いたいことがわかっているのにとぼける父親を再度にらみつけるハル。


 それは霊玉守護者(たまもり)達との遊びの計画書だった。



 自宅のあるマンションの下の階は晴臣の勤める弁護士事務所になっている。

 その一角にハルの仕事場のひとつも設けてある。

 そこで大真面目に提出された書類。

 真剣な晴臣の様子にどんな重大事が発生したのかと覚悟して書類をめくれば、出てきたのは『祇園祭』『湖水浴』『海水浴』の三案だった。

 怒鳴り散らさない自分を褒めてもらいたいと思う。



「山鉾巡行なんて見てどうするんだ」


 あんな人の多いもの、と投げやりに問えば、パッと喜色を浮かべる晴臣。

 どうやらあきれているのは伝わらなかったようだ。

 喜々として説明してくる。


「晃くん、祇園祭見たことないっていうから。

 今年はたまたま土曜日(やすみ)に巡行があるだろ?

 金曜日の夜に宵山見て、そのまま泊まって巡行みたらいいんじゃないかなーって」


 確かに今年の宵山は金曜日、山鉾巡行は土曜日。

 暦的になかなかないことではある。

 反論できずハルが黙っているのをいいことに晴臣がさらに続ける。


「京都生まれ京都育ちのトモくんたちもテレビでしか見たことないっていうし。

 やっぱり実際見て体感するのも大切だと思うんだよ」


 これにもハルは反論できなかった。

 確かに自分も今生に転生してからは祇園祭はテレビでしか見ていない。

 呪術的なあれこれも担当者から報告があがってくるのを確認するだけだ。


 テレビで見る限り、そして普段生活する限り、祇園祭は「人が多い」「あちこち交通規制のかかる」祭だ。

 自宅が鉾町なわけでもなし、わざわざ行こうなどと考えたこともなかった。



 今までの自分達は、他に目をむける余裕がなかった。


 二歳のときに受けた『先見(さきみ)』によるヒロの余命宣告。

 十四歳まで生きられない。

 何とかそれを回避すべく修行に明け暮れた。


 五歳のときに起こったナツの問題。

 無理矢理遺伝子上の父親に連れ去られ虐待といえる扱いをされていたナツを助けるために東奔西走していた。


 のん気に祭を楽しむ余裕は、とてもなかった。



「ヒロだってハルだって連れて行ったことないしね」


 自嘲するような晴臣にハルもぐっとつまった。


 父親達も一緒になって四苦八苦してくれた。

 だから父親達も子供達を遊びに連れて行く余裕はなかった。

 もし誘われたとしてもハルもヒロも断っていただろう。

 それでも父親としては情けなく思うのかもしれない。



 そう思えるのは、万事が解決したからだ。



 霊玉守護者(たまもり)達に降りかかっていたあれこれの問題は、この春にすべて解決した。


 ヒロは十四歳になっても元気で生きている。

 ナツはあの家から開放されて元気になった。


 解決してからも仲良くなった面々は週に一度は集まり、遊びと称して修行に励んでいる。

 霊力は落ち着いた。

 実力もついた。

 そうして最近になってやっと、色々なことに目をむけることができるようになってきた。



 父親達が引率してくれてあちこちに遊びに行った。

 晃を吉野の自宅に送ったついでに遊んだ。

 高級な鉄板焼店で美味い肉を食べた。

 キャンプに行ってバーベキューをした。


 どれも千年生きたハルが今までに経験したことのないことばかりだった。



 ハルは転生者だ。

 約千年前に安倍晴明(あべのせいめい)として生まれ、大往生を遂げた。

 その後も何度も子孫に生まれ変わり、現在は十回目の人生だ。


 今生(こんじょう)は今までの九回の人生とは生活様式が全く変わっていた。

 約千年、照明も煮炊きも(まき)蝋燭(ろうそく)だったのに、今生ではすべて電気でまかなっている。

 移動は車や電車。テレビやスマホで情報は見放題。

 とんでもない世界だと、最初は異世界に落ちたのかと驚いた。


 それでも十四年もこの世界で生きてきたので慣れた。

 とはいえ、修行や安倍家の仕事ばかりしてきたので『遊び』となるとてんでわからないのも事実だ。

「実際見て体感」することの大切さを知っているハルには、晴臣の弁に反論出来なかった。


 

「よく考えてみてよハル」


 黙っているハルに晴臣はさらに話しかける。


「気兼ねなく遊べるのは今年が最後のチャンスかもしれない」


 神妙な顔で言う晴臣をにらみつけると、晴臣はひとつうなずいた。


「来年の今頃はどうなってる?」


 ちょっと考える様子を見せたハルの返答を待たず晴臣が続ける。


「来年みんなは中学三年生。受験生だ。

 受験生の夏は勉強しなきゃだろ?」


「ああ」と思わず声が洩れた。

 自分とヒロは付属高校への進級だから受験なんて頭になかったが、なるほど、世間一般では三年生には受験がある。

 テレビでも『勝負の夏!』なんてフレーズを見た覚えがあった。


「それに」と晴臣はさらに言う。


「千明さんのお腹の子が産まれるのは予定では十二月。

 僕らも赤ちゃんの世話でてんやわんやになってるだろうから、みんなを引率して遊びに行くなんて多分できない」


 そうだ。それもあった。


 ヒロの母親の千明は六月の現在妊娠四ヶ月。

 まだまだ腹もふくれていないし本人も至って普段どおりなので忘れがちだが、あの腹には子供が二人入っている。

 出てくるととんでもない事態におちいるのは間違いない。


 ハルが状況を理解したタイミングで晴臣が話しかけてきた。


「ね? 今年が最初で最後のチャンスなんだよ!」

「………まあ、そうかもな」

「そうなんだよ!」


 しぶしぶ認めると、我が意を得たりとばかりに晴臣が身を乗り出してきた。


「今まではヒロのことがあったからヒロもハルも修行修行で全然遊べなかっただろう?

 僕らも親としてもっと色々連れて行ってやらないといけなかったんだ。反省してる」


 しゅんとして言う晴臣に「気にするな。誘われても行けなかった」となぐさめる。

 顔を上げた晴臣はやさしい顔で続けた。


「だからせめて今からでも親らしく子供達を遊びに連れて行ってやりたいんだよ。

 これは僕らの親としてのわがままだ。

 子供が楽しそうにしている姿を見るのが楽しいんだ」


『親としてのわがまま』とはっきりと言われては子供としては突っぱねにくい。

「ハルだって昔子供がいたならわかるだろう?」なんて続けられればなおさらだ。


 今までの九回の人生では子宝に恵まれた。

 だから親の気持ちも解る。

 余計に反論できなくなり黙ってしまったハルに、晴臣は前のめりだった身体を起こしてゆっくりと話しかけた。



「僕、最近思うんだ」


 おだやかでやさしい表情。

 視線で先をうながすとにこりと笑った。


「みんなを連れていろんなところに行って。いろんなことして。みんなの楽しそうな顔見てたらさ。

 まるで子供の頃の僕にしてやってるような気になってくるんだ」


 その顔があまりにもうれしそうで、ハルは知らず口をへの字にしていた。


「ハルは知ってるかもしれないけど」


 そんなハルに構わず晴臣は淡々と説明した。


「僕は物心つくころにはもう『霊力なし』ってバカにされててさ」


 その話は聞いていた。

 晴臣のココロを救った隆弘や母から。

 自分がいない間も活動させていた式神達から。

 二歳で当主に返り咲いたとき最初に行ったのが父親を(しいた)げていた連中への仕返しだった。

 当人(ちち)には知らせていないが。


 その父親はその頃を思い出しているのか、少し痛そうな顔で、それでも淡々と説明した。


「『当主の一人息子なんだから』って、自分で勝手に自分を追い込んでた。

 ヒロと一緒だよ。

 僕も子供の頃は遊ぶことなんて考えられなかった。

 だからさ」


 話しながらうつむいていた顔を上げ、にこりと微笑んだ。


「みんなが楽しそうに遊んでるのを見るのがうれしいんだ。

 まるで僕も子供に戻って、あの頃手に入れられなかったいろんな楽しい気持ちを手に入れるみたいで、うれしいんだ。楽しいんだ」


 そう言われては何も言い返すことができない。

「だからハル。計画書、承認して?」なんて子供みたいに言われてはなおさらだ。

 この父親は普段は自分に「まだ子供なんだから甘えろ」なんて言うくせに時々こうして子供っぽいところを見せる。

 図体はでかくても四十歳(しじゅう)のオッサンでも自分の息子の曾孫。

 息子や孫に対するように甘い対応になるのをハルは自覚していた。



 辛かったであろう晴臣の子供時代に思いを馳せる。


「……そういう想いをさせないために『印』を刻んだときにちゃんと説明したのに…」


 目を伏せブツブツと言うハル。

 言いたいことを言った晴臣はニコニコとハルの出す答えを待っている。


 やがてハルはひとつ息を落とし、椅子の背もたれにギシリと身体をあずけた。

 えらそうに腕を組み、ジロリと晴臣をにらみつける。


「…お前達、仕事は?」

「もちろん手を抜きません! 調整もちゃんとします!」

「佑輝は部活があるだろう」

「そこは調整済」


 ほらココ。と資料をめくる。

 なるほど。部活が終わって駆けつけるようにしたり、直接試合会場に行くようにしたりとやりくりしてある。


 机の上に投げ出した書類を再度手に取る。

 ぺらり、ぺらりとめくり熟読していく。


 ハルの表情にへにょりと眉を下げてこちらをうかがう晴臣。

 断られないか心配なのだろう。

「親ならもっと堂々としていろ」と説教したくなる。


 基本的にハルはこの親達に弱い。

 自分がどれだけ異質な存在か理解しているハルにとって、どこまでもただの子供として接してくる親達の存在がどれだけ得難いものであるか知っている。


 熟読し、考える。

 日程のこと。仕事のこと。利点。不利点。

 霊玉守護者(たまもり)達のこと。晴臣達のこと。


 考えて、結論を出した。


 ……仕方ない。これも親孝行だ。

 ハァ、とため息を落とし、晴臣を見上げる。


「……わかった。いいだろう」

「! ありがとうございます!!」


 途端に喜色満面になる晴臣。小躍りしそうなほど喜んでいる。


「詳細はヒロと詰めるよ! ありがとうハル!」

「ハイハイ」

「じゃあこっちが行動予定表!」

「もう用意してたのか」

「当然! 穴のある計画じゃあ主座様を説き伏せられないじゃないか」

「…よそに迷惑かけるなよ?」

「もちろん! まかせといて!!」



 すでに暴走しはじめている父に不安しかないハルだった。

私達の世界ではコロナでおでかけもままならない状況ですが、晃達の世界ではコロナはありません。

物語の世界でだけでも遊びに行った気になっていただけるとうれしいです。

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