佑輝の悩み
『禍』を浄化して新学期が始まって、最初の日曜日のお話です
新学期が始まって最初の日曜日。
霊玉守護者の五人は京都市北西部の安倍家の離れに集まっていた。
たった一週間で霊力を倍以上に上げた。
『禍』との戦いで長時間・至近距離で瘴気にさらされた。
戦いの直後は異変はなかったが、後々不具合がでてくることもある。
ハルによる健康診断をするために呼び出されたのだ。
吉野の晃は白露がその背に乗せてきてくれた。
白露もすっかり元気になり、京都までひとっ走りだったという。
その白露はゆったりと横たわり、子供達の元気な様子に目を細めている。
佑輝とナツとトモは縮地で来た。
「ちょうどいいトレーニングになった」とトモが笑っていた。
久しぶりにナツに会ったヒロとハルは、ナツの元気そうな顔に喜んだ。
元の学校でどんなふうに噂されているか、新しい学校の様子など、思いつくままに話している。
ハルが様子を聞いたり霊力を流したりとチェックしてくれる。
全員身体も霊力も問題なしとなり、ホッとした。
「とりあえず全員問題ないな。
お前達はどうだ?
日常生活で、何か困ったことや問題がおきたりしてないか?」
ハルの問いかけに、佑輝は思わず顔をしかめた。
「何かあったの? 佑輝」
ヒロに水を向けられ「実は…」と話し始めた。
佑輝が所属する剣道部は強豪で知られている。
練習もそれなりに激しい。
いや、激しかった。
「ここで地獄の修行をしたあとでは、どうにもぬるく感じて」
部の練習に満足できず、二倍、三倍と一人練習量を増やし、仲間にドン引きされている。
指導者達も「やりすぎだ」と止めてくる。
それがわずらわしくてならない。
おまけに打ち合いでは、相手の動きが遅く見える。
隙だらけに感じて、逆に打ち込むに打ち込めない。
それなのに、時折つい反射的に剣道では禁止されている、際どい打撃を打ちそうになる。
抑えて抑えて打ち合うようになり、ストレスばかりがたまっていく。
結果、剣が乱れまくっている。
がっくりと落ち込みながらボソボソと話す佑輝に、全員が同情の目を向ける。
「家ではどうなの?
お父さん達と修行してるんでしょ?」
「学校での練習のストレスで、一昨日ついうっかり本気で父にかかっていって、のしてしまった。
それから相手をしてくれない」
レベルアップした佑輝と唯一互角に戦えた父が、ストレスを抱える息子に「思い切りこい!」と言ってくれた。
うれしくて思い切りいった。
結果、一撃で倒してしまい、それから相手をしてくれない。
佑輝の頭がずううぅん、と下がる。
「佑輝に手加減とか切り替えとか器用なことは無理だもんねぇ」
「そうなんだ」
ヒロの言葉に、さらにがっくりとうなだれる佑輝。
「みんなはどうしてるんだ?」
参考になればと、自分と同じように急激にレベルアップした四人の仲間の意見を聞いてみる。
「ぼくはハルと修行してるから、今までどおりだね」
あの地獄の修行を変わらず毎日やっているとヒロが話す。
「いいなぁ」うらやましくて思わず声がこぼれる。
「俺とナツは毎朝じーさんにしごかれてる」
「いいなぁ!」
心底うらやましい。
憧れの伝説の退魔師に指導してもらえるのも、同じレベルの相手と遠慮なく修行できるのも、どちらもうらやましい。
「晃は?」
「おれは今までどおり。
ひとりで山で走ったりしてる。
あ、剣の修行はしてるよ」
今まで剣の修行をしていなかった晃には、練習相手がいないことは苦ではないという。
結局、参考になる意見はなかった。
頭を抱えてしまった。
相当困っているらしいと、見かねたトモが声をかけた。
「佑輝、朝何時に学校行くんだ?
ウチ来て一緒にじーさんの修行受けるか?」
ガバッと顔をあげる。
『受けたい!!』と顔に書いてある。
「朝七時には練習始まるから、六時半には学校に行く」
「早っ!」
「さすが強豪校…」
驚く仲間達に、佑輝が説明する。
「学校着いて道着に着替えて道場の掃除。
そのあとストレッチして防具つける。
七時には防具つけて座ってないといけないんだ」
「大変だな…」
晃が思わずといったようにつぶやく。
「でもそれじゃあじーさんの修行してたら時間間に合わないな」
無理をすれば参加できるが、少しの参加時間のために睡眠時間を削ることになる。
睡眠不足で怪我をしては元も子もないというトモの指摘に、佑輝ががっくりと落ち込む。
「うう…。伝説の退魔師の修行…」
「休みに来いよ。じーさんに話しとくから」
よしよしとトモが佑輝の背をなでる。
が、佑輝はさらに落ち込んだ。
「土日は基本試合なんだ…」
「あぁ…」
ちなみに今日も試合帰りだ。
さすがのトモもそれ以上言葉がでなかった。
他の四人も苦笑している。
ふと気になって佑輝がたずねる。
「みんなは部活に入ってないのか?」
「ぼくとハルは帰宅部」
「ナツのことがあったし、安倍家の仕事もあるしな」
ヒロとハルが答える。
「俺も部活は入ってない。
家で勉強したいことがたくさんあるんだ」
トモは独学でパソコン関連の勉強をしていると話す。
「家事もしないといけないしな」
「な」
ナツと顔を見合わせ、笑い合う。
「トモとナツが家事をするのか?!」
「ばーさんが俺とナツに家事を仕込んでるんだよ」
驚く佑輝に、トモが笑いながら説明する。
「ウチのばーさん『先見』の能力があるから、俺が死ぬかもってずっと心配してくれたてたみたいで。
これまでは学校以外はずっとじーさんと修行してたんだ」
だから部活に入る時間はなかった。
「で、このたび『禍』を浄化しただろ?
『もう大丈夫!』てお墨付きをくれたのはいいんだけど、『今度は家事修行だ!』て言い出して。
ナツと二人で掃除に洗濯に料理に、って、色々やらされてる」
「おれ達が一人暮らしをするようになったときに困らないようにって、色々教えてくれてるんだ」
ナツもうれしそうに話す。
「だからじーさんとの修行は、今は朝だけなんだ」
「そうなのか」
納得した佑輝は続いて晃にたずねる。
「晃は?」
「おれも帰宅部。
学校遠いから、バスで帰ってたらすぐ夕方になる。
それに、学校の部活やるよりも山で遊んでるほうが楽しいし」
晃らしいなとみんなが笑う。
「それこそみんな剣道部入ったらいいのに」
そしたら試合で会える。
そんな思いもあってつい愚痴っぽい言葉が出た佑輝に、仲間達は「やだよ」「メンドくさい」とひどい。
「逆に、佑輝は剣道部続けたいたのか?
物足りないなら辞めたらいいんじゃないのか?」
トモの指摘に、佑輝がびっくりする。
「考えたこともなかった」
「だろうね」
そんな佑輝の様子にヒロが笑う。
佑輝はしばらく考え、結論を出した。
「オレ、剣道好きなんだ。
将来は警察の特練員になりたい。
だから部活に所属して試合に出て、実績を残したいんだ」
「特練員かー」
「それなら部活入ってないとダメだねー」
トモとヒロも納得した。
「特練員て何?」
「警察官しながら剣道する人」
晃の質問にヒロがざっくりと説明する。
佑輝が説明を追加する。
「一般警察官に剣道の指導したりするんだ。
警官として出動もするけど、基本的にはずっと剣道できる」
「佑輝にピッタリだな!」
ナツの言葉に思わず佑輝が笑みを浮かべる。
「佑輝はすごいなぁ。
具体的な将来の夢がもうあるなんて。
おれ、どうしよう…」
先日『禍』を浄化したときに「善人のしいたげられることのない世の中を作る!」と啖呵を切ったはいいが、その方法を模索中の晃が遠い目をする。
「佑輝が剣道部続けたいなら、とりあえずの方法はあるぞ」
ハルの言葉に佑輝が食いつく。
そんな佑輝に、ハルはにっこりと笑って言った。
「僕が術をかける」
意味がわからずキョトンとする佑輝に、さらにハルが説明する。
「剣道部では、竹刀しか使わないだろう?
竹刀を持っているときは、実力の半分しか出ないように術をかける」
「そんなことができるのか?」
「できるよ。封印術の応用だな」
簡単そうにハルが言う。
「退魔のときや僕らと修行するときは真剣か木刀だろう?
竹刀限定で術をかければ、剣道部では抑えた力で、それ以外では本来の力で戦える」
それはいい考えではないだろうか。
思わず佑輝の目が輝く。
「是非お願いしたい!」
「いいぞー」
気楽に請け負ってくれるハル。
他の四人も「よかったな」と喜んでくれる。
「まあそれでも、定期的にガス抜きしないと術が壊れる可能性があるからなぁ」
どうしようかなぁ。とつぶやくハル。
すると、それまで黙っていた白露が口を開いた。
「みんなで集まればいいじゃない」
どういうことだ? と全員が白露に注目する。
白露は大きな身体をゆったりと横たえたまま、美しく微笑んだ。
「今日も集まれているでしょう?
放課後とか、夕方とか、何なら夜とか。
みんなが時間を作って合わせて、集まればいいじゃない。
それで、好きなだけ打ち合うの。
それなら佑輝もガス抜き? になるでしょうし、何より晃の修行になるわ」
「なんでおれ?」
いきなり出てきた自分の名前に晃が戸惑っている間に、白露が話を続ける。
「晃はずっと私が育ててきたから、他の子と遊ぶことがなかったのよね。
そのせいか、中学生になった今でも友達と遊ぶことなんてなくて、心配してるのよ」
母親の顔で白露がため息をつく。
「友達と遊ばないわけじゃないよ?
休憩時間とかは話したりサッカーしたりしてるよ?」
友達の前で母親に愚痴を言われた気恥ずかしさを感じながら晃が反論するが、白露は優しい目で晃に言った。
「でも、けがさせちゃいけないって遠慮してるでしょ?」
「それは」
それは仕方ない。
霊玉守護者として莫大な霊力を生まれながら持っている自分達は、全力でぶつかることなどしてはいけないことだ。
「でもここにいるみんななら遠慮せずにぶつかっても大丈夫だって、晃もわかってるから。
みんなといるときは晃も中学生らしくのびのびしている。
だから、みんなが大丈夫だったら、一緒に遊んでやってほしいの。
もちろん修行もね」
言われた少年達はお互いに目を見交わす。
どうする? どう思う? と、その目が言っている。
晃は吉野に住んでいる。
わざわざこの京都までくるのは大変だと、全員知っている。
知っているからこそ、魅力的な提案に飛びつけないでいる。
そんな少年達の考えなど、白露はお見通しだった。
あっさりと提案する。
「吉野からは私が連れてくるわ。
そうねぇ…。三十分くらいかしら?」
「それくらいだったね」
今日の出発時間と到着時間を思い出し、晃も答える。
「早っ!」
「オレが縮地でここまでくるのと変わらない…」
それならいいか? と全員が思っている間に、白露がハルに言う。
「どうかしら晴明。
場所を提供してくれない?
佑輝が剣の修行したいなら、晃も一緒にさせてほしいの。
晃は打ち合う相手がいないから、今のままだと勘が鈍るわ」
「僕は構いませんよ」
あっさりとハルが許可する。
「いいの?」
「いいのか!?」
晃と佑輝が声を上げる。
「この離れは僕個人の所有物だから、安倍家の用事で使うことはない。
いつでも自由に使えるから、大丈夫。
朝でも夜でも、時間合わせて集まればいい。
何なら泊まって行ってもいいぞ」
「やったー!!」
「ありがとうハル!!」
「おれも! おれも泊まりたい!」
「いいね! みんなでまた枕投げしよう!」
「メシは俺とナツで作るか?」
「ぼくも料理できるよ! うわぁ、楽しそうだねぇ!」
早くも興奮する五人を、ハルと白露が微笑ましく見守っていた。
そうして、週に一度は六人で集まっている。
山を駆けたり、木刀で打ち合いをしたり。
時にはハルからそれぞれの属性に合わせた術を教わったり、晃の引率の白露に修行をつけてもらうこともある。
緋炎が遊びに来ることもある。
当然ボロボロになるまで修行をつけてくれる。
ハルのかけてくれた術はきちんと機能し、部活や試合ではがんばっても半分の力しか出ない。
瞬発力も判断力も落ちているので、一般人相手にするには丁度良くなった。
おかげで『半分の力の全力』で取り組め、ストレスが無くなった。
全力の全力は北山の安倍家の離れで出している。
骨が折れても当たり前の修行を、クタクタになってもやる。
山科の自宅と北山の離れを往復するのは自分の足だ。
しっかり走ってしっかり打ち合っているので、平日の部活の練習量の物足りなさも気にならなくなった。
時にはトモの家に泊めてもらう。
伝説の退魔師の修行を受けることができてうれしくてたまらない。
目標に向かって学力を上げたい晃のために勉強会も開かれる。
晃と佑輝は教わるばかりだ。
数学の勉強のはずなのに、小学一年生の計算ドリルを徹底的にやらされた。
英語が堪能なトモ、ハルとヒロの父親達の三人による『一日英語しか喋ってはいけない』修行もあった。
おかげで学校の成績があがった。
剣道推薦しかないと諦められていたが、他の学校も視野に入るようになってきた。
『禍』を倒した報酬として、安倍家からけっこうな金額が支給された。
最初に金額の書かれた書類を見たときは、マルの数を間違えてると思った。
そのくらい、中学生には馴染みのない金額だった。
それを使って、みんなでスマホを持った。
毎月の料金も報酬金から出せるので安心だ。
予定を打ち合わせたりくだらない話をしたりする。
時々トモとナツが作った料理の写真を上げる。
晃は吉野の風景を上げる。
それがみんなで会ったときにまた話題になる。
この間のキャンプも楽しかった。
ヒロの父親から夏休みの予定を確認された。
きっとまた何か考えているのだろう。
楽しみなことが次々とおこる。
佑輝の毎日は充実していた。
「佑輝、最近いい顔してるな」
ある日部活の指導員のひとりに言われた。
そうだろうか? 自分ではわからない。
「それに、よく笑うようになったし、よく喋るようになった」
指摘され、思わず笑顔になる。
それは、仲間達のおかげだ。
家にかしましい姉妹が三人もいる佑輝は、あまり喋らない。
話そうとする端から姉妹に潰されるのだ。
自然と喋らなくなった。
身体つきがしっかりしている佑輝は、同級生や年下の子によくこわがられる。顔もこわいと言われる。
普通にしているのに「怒っている」と言われることもしょっちゅうで、話しかけようとして逃げられることも多々あった。
それもあって、余計に喋らなくなった。
実際、多すぎる霊力に振り回されて不機嫌なときも多かった。
他の子に近づいて怪我をさせてはいけないと近寄らないようにしていた時期もあった。
いつもむっつりと怒っている、無口なこわいヤツ。
それが佑輝の中学校での共通認識だった。
だが、仲間達と出会った。
死にそうな地獄の修行をともに乗り越えた。
死んでもおかしくない戦いに共に挑んだ。
一人の男から分かたれた霊玉を持った仲間というだけでも強い絆を感じていたのに、試練を共に乗り越えて絆はさらに強くなった。
しかも、五人共とてもいい奴だ。
佑輝が無愛想でも気にしない。
好き放題言ってくる。
こちらが言いたくても言えないで困っていると、言葉が出てくるまで待ってくれる。
ちゃんと話を聞いてくれる。
こちらが全力でぶつかっても壊れる心配がない。
気のいい奴らと毎週会うことで、自分は変わったようだ。
新学期に感じていたストレスは無くなった。
楽しい中学校生活になりそうだった。