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霊玉守護者顛末奇譚 番外編  作者: ももんがー
中学二年生 春
1/16

ナツの新学期

霊玉守護者顛末奇譚のその後のお話・第一弾です。

時系列順に投稿していく予定です。

よろしくおねがいします。

 ナツは緊張していた。

 知らない学校。知らない先生達。

 知り合いはトモだけ。

 この状況で緊張しないほうがおかしい。


 早目に登校して、校長室で挨拶をした。

 トモのお祖父さんお祖母さんも一緒に来て挨拶してくれた。

 もちろんトモも一緒だ。


 ナツの未成年後見人である晴臣(はるおみ)も一緒に来たがったが、既に前日挨拶に来ていることもあり、トモの祖母から「来なくていい」と言われ、しぶしぶあきらめていた。


 そのあと職員室でも挨拶し、色々と説明をしてもらう。


 校長には、ナツが春休みに世間を賑わせた『能楽師家庭内暴力事件』の被害者だと知らせている。

 他の先生方には知らせていない。

 情報は知っている人間が多ければ多いほど漏れるものだ。

 マスコミがまだ落ち着かない現状では、広めることは得策ではないと、未成年後見人である晴臣(はるおみ)と児童相談所と教育委員会と校長が決めた。


 ただ、何かしら事情がある生徒だとは先生方にも匂わせている。

 そのためにトモの祖父母が同行し、挨拶をしたのだ。


 ナツは知らなかったが、トモの祖父母はトモが産まれるまでは、問題があり家庭にいられなくなった子供を預かっては育てていた。

 その高い霊力のために一般家庭に収まらない能力者を、一定期間預かっていたのだ。

 その預かっていた子供が通っていたのが、この学校だ。

 だから、今回もそういう家庭に問題のある子だろうとは認識されていた。




 制服が届いたのは昨日の夜。

 鞄も靴も、昨日揃えた。

 長めのショートボブだった髪はもう少し短くして、マッシュボブにした。


 ナツの髪はいつもヒロがハルの異界で切ってくれていた。

 ちいさい頃は母の友達の美容師さんがナツの家に来てくれて切ってくれていた。

 それが、昨日生まれて初めて散髪屋に行った。

 トモ行きつけの店だった。

 顔剃りやシャンプーもしてもらって驚いた。

「さっぱりしただろ?」とトモに言われ、笑顔が出た。




 髪型もちがう。

 制服もちがう。

 隣にいるのはハルでもヒロでもない。


「おれ、なんだか生まれ変わったみたいだ」


 教室に向かう途中の廊下。

 ナツのつぶやきに、トモがプッと笑った。


「実際そうかもな」


 あの家から逃れた。

 新しい家。新しい家族。新しい学校。


「トモ。どうしよう」


 ナツの声が震えていることに気付いたトモが、隣を歩くナツの顔をみる。

 その顔には、まぶしいくらいの笑顔がうかんでいた。


「おれ、ワクワクしてる」

「そりゃよかったな」


 トモも笑顔で答えた。



 ここがトイレ、こっちが体育館、とトモの説明を受けながら進み、新しい教室に入る。

 トモが扉を開けると、すぐに室内の生徒からの注目が集まった。


 生徒達はトモを確認し、その奥のナツにすぐに気付いた。

「え? 誰?」「転校生?」と、ところどころでヒソヒソ声がする。

 トモはそんな声を完全に無視して、黒板に書いてある座席表を確認する。


「ナツ。ここ」

 トモにうながされ、席につく。


「中村」と「西村」で、席はトモと前後だった。

 席についた途端に男子生徒がやってくる。


「おはよー西村」

「また一年よろしくな」

「おー」

「何? 転校生?」

「うん! おれ、中村 奈津(なつ)。よろしく!」


 堂々と名乗れるのがうれしい。

 以前の学校ではニセモノの名前だった。

 無理矢理押し付けられた名字を名乗りたくなくて、そんな名字にに母からもらった名前を合わせたくなくて、ただの『ナツ』としか名乗れなかった。


 晴臣が『自分の名前』を取り返してくれた。

 自分の名前を名乗れることが、こんなにうれしくて、自信が持てることだとは思っていなかった。


 にこっ! と元気よく挨拶するナツに、男子生徒達も好感を持ってくれたようだ。

「オレ島田!」「俺浜口!」など、次々に自己紹介してくれる。


「西村の知り合い?」

「うん! 下宿させてもらってる」

「へー!」


 ナツは自分から積極的に話に答えていた。

 そんな自分が自分で不思議だった。




 少し前の自分は、暴風雨吹き荒れる真っ暗闇の中にいるようだった。



 おかあちゃんがいない。

 それだけで、世界が闇に包まれた。



 時間が経てば、心が、気持ちが整理できれば、その闇を受け入れることも、闇を祓うこともできただろう。

 だが、まだ五歳の、まだ母を亡くしたばかりのナツには何もできなかった。

 何もできずただ闇の中にいたときに、今度は世界を奪われた。


 母の通夜の最中に、知らない老人に捕まって家族から引き離された。

 手を伸ばして助けを求めた。

 誰もが自分を助けようと手を伸ばしてくれた。

 でも、その手は届かなかった。



 自分の中で暴風雨が荒れ狂った。

 大地が崩れた。何もかもが真っ黒に塗りつぶされた。



 多分あの時、自分のココロは壊れたのだと、ナツは自分で思う。

「おかあちゃんに会いたい」という気持ちだけが残っていた。

 あとは何もかもどうでもよかった。

 自分を取り巻く環境も。

 自分に向けられる感情も。

 自分の生命でさえも。



 時折暴風雨が止むことがある。

 そこには必ずヒロとハルがいた。


 ずっと仲良しだったヒロとハル。

 同じ霊玉守護者(そんざい)のヒロ。


 ヒロのごはんは味がする。

 他のごはんは紙でも噛んでいるようで食べられなかった。


 ハルの世界は息ができる。

 他の場所はまるでちいさな金魚鉢の中に押し込められたようで、息ができなかった。


 ヒロとハルの声はちゃんと聞こえる。

 他の声はノイズがかかっているのか、ただの雑音にしか感じられなかった。


 神楽人(かぐらびと)として神域で舞うときも。

 気を失うまで延々と舞うときも。

 舞っているときは、暗闇のどこかからおかあちゃんが稽古を見てくれているように感じた。

 姿は見えない。

 きっと、昔の稽古を思い出して、おかあちゃんがいると思い込もうとしていたのだろう。


 それ以外の場面では、思い出すのは倒れたおかあちゃんだけ。

 じわりと血の赤がひろがるおかあちゃん。

 目を開けないおかあちゃん。

 箱の中で動かないおかあちゃん。


 それを思い出すと、暴風雨が激しくなる。

 息ができなくなり、倒れる。


 苦しくて苦しくて苦しくて。


 自分は壊れていた。

 暗闇の中で暴風雨にさらされ続けていた。

 感情を失くし、あとは朽ちるだけだった。



 それを救ってくれたのは、初めて会った仲間――(こう)だった。




 突然現れた謎のお面に喰われそうになったとき、それもいいやと思った。

 が、本能的に感じた。


 これに喰われたら、おれが消えてしまう。

 消えたら、おかあちゃんに会えない――。


 考える前に身体が動いた。

 自分でも何がなんだかわからないうちに、するりとどこかに入った。



 そこは、繭の中だった。

 周りは変わらず真っ暗闇だが、暴風雨は収まっているようだった。

 その繭の中で膝を抱え丸くなっていると、まるで母親のお腹の中の胎児になったようだった。

 穏やかで、あたたかくて、このまま眠ってしまいたいと思った。


 うつらうつらとしていたら、何かに呼ばれた。

 何かが共鳴している。

 誰かが呼んでいる。

 誰だろう。あたたかい気配。

 なんだろう――。


 その時。すごい衝撃がきた。

 

 その衝撃で繭が壊れ、自分を包んでいた闇が薙ぎ払われた。

 代わりのように昔のことが一気に流れ込んできた。

 いいことも、いやなことも。

 うれしいことも、苦しいことも。

 

 いつも自分の中で荒れ狂っていた暴風雨とは違う。

 記憶の奔流(ほんりゅう)とでもいうべきその嵐は、やはり自分をもてあそび、激しく乱した。


 嵐にさらされて苦しんでいる間、ずっと、あたたかい誰かが背中をなでてくれていた。

 そのあたたかさに励まされた。

「大丈夫だよ」と支えられているようだった。

「会いたい」という声が聞こえた。

 やさしい、あたたかい気持ちが流れ込んできた。


 衝撃に薙ぎ払われた闇が再び迫って来ようとしたその時。

 炎が自分を取り囲んだ。

 あっと思う間に炎は闇を取り込んでいった。

 炎に喰われ、闇は一気に無くなった。


 全ての闇を喰いつくした炎は、ナツの周囲でボオッと激しく燃え上がり、ひとつのちいさな塊にまとまっていった。


 ナツの前――胸の高さでまとまった炎は、まるで心臓のようだった。

 大きさも、形も、ゆらぐ様子も。

 まるで心臓がドクンドクンと鼓動しているようで、思わず手を伸ばした。


 両手で捧げ持つように包んだ炎の熱量に、光の強さに、ナツは目を奪われた。

 炎は、不思議なことに、やさしく微笑むようにゆらりとゆらぎ。


 すうっと、ナツの両手に溶けた。


 両手をとおって身体全体に炎が溶けていく。

 炎の熱が身体全体に染み渡っていく。

 ああ、おれは今まで凍りついていたんだ。

 何故かそうわかった。


 凍りついていた身体を、気持ちを、炎が溶かしていく。

 ポカポカと、身体が、ココロがあたたまっていく。

 ふわふわとした世界にただよっていると、また昔のことが流れ込んできた。

 今度は穏やかで、しあわせで、なつかしい記憶ばかりが浮かんできた。


 あんなことあったなぁ。

 こんなこともあったなぁ。

 なんで忘れてたんだろー。


 だいじなひと。

 だいじなことば。 

 だいじなおもいで。


 広い広い花畑で花を一本一本詰んでいくように、記憶をひろっていった。

 腕の中に大きな花束ができた頃。


 声が届いた。 

 

「あなたのおかあちゃんは、あなたの中にずっといる。

 あなたの血の、記憶の、気持ちの中に、ずっといるよ」


 鏡を渡された。

 一瞬。たった一瞬だが、おかあちゃんに会えた。


 泣いた。

 わんわん泣いた。

 子供みたいに泣いた。


 やっと泣けた。

 やっと吐き出せた。

 ずっと抱えていた闇も、吹き荒れていた暴風雨も、涙と声と一緒に出ていった。


 身体の中が空っぽになって、ぼーっとしていたら、大きな手で頭をなでられた。


 自分と同じ痛みを抱えた人が、寄り添ってくれた。

 あの闇を認めてくれた。

 あの暴風雨を許してくれた。


 苦しいのも、かなしいのも、何もかもわかってくれて、「いいよ」と言ってくれた。


 未来があっても「いいよ」と言ってくれた。

 

 未来があることを「ちょっとだけの寄り道」だと許してくれた。


 


 そうやって、自分は生まれ変わった。

 晃に、トモのお祖母さんに、隆弘によって。

 あの炎に包まれたとき、昔の自分は燃え尽きて、新しい自分に生まれ変わった。

 

 生まれ変わった自分には、仲間がいた。

 ずっと支えてくれていたヒロとハル。

 炎をくれた晃。

 初めて会ったのに仲良くしてくれる佑輝とトモ。


 弱くて何も知らない、何もできない自分を、仲間達は責めなかった。

 ひとつづつ教えてくれた。

 一緒にがんばってくれた。


 特にトモはいつも自分を気づかってくれた。

 全体を見なければならないヒロに代わって、弱い自分を、落ちこぼれそうな自分を支えてくれた。


 一見飄々としていて他人に関心を持っていないように見えるトモだが、視野が広く、細かいことにもよく気がつくヤツだった。

 頼りになる、気持ちのいいヤツだった。


 だから、新しい暮らしを提案されたとき、それがトモの家だと聞いてうれしかった。


 ずっと一緒だったヒロとハルがいなくても、トモが一緒なら大丈夫だと信じられた。




 新しい家。新しい家族。新しい学校。

 新しい自分。




 今までの自分からは考えられない。

 出会ったばかりのクラスメイトと笑顔で会話をしているなんて。

 ヒロが見たら驚くぞ。と、心の中でひとり笑う。



「中村は西村のこと『トモ』って呼べるんだな」

「え?」

「西村、『トモ』って呼ぶと怒るんだよ」


 その言葉に驚いた。

 自分はまずいことをしただろうか。

 トモを不快にさせただろうか。


「トモ、トモ」

 心配になって、すぐに本人に聞くことにした。


「おれも学校では『西村』って呼んだほうがいい?」


「で、俺がナツのことを『中村』って呼ぶのか? ヤだよ」


 顔をしかめてトモが即答する。


「そうか?」

「そうだよ」

「じゃあ、学校でも『トモ』でいい?」

「いいよ。俺もナツを『ナツ』以外で呼ぶつもりないし」

「そっか」

「ヒロもハルもそうしてたろ?」

「うん」

「じゃあそれで」

「うん」


 うれしくなって笑顔でうなずくナツに、トモも笑ってくれた。


「…なんか二人、仲良しな?」


「そうか?」

「そう見える!?」


 同級生のつぶやきに、トモは平然と答え、ナツは喜び飛び上がった。


「仲良しに見えるってトモ!」

「あーハイハイ。よかったな」

「うん!」


 そしてナツはこそりと耳打ちした。

「おれ、仲良しってヒロとハルしかいなかったから。うれしい」


「…よかったな」

「うん!」


 小柄で猫目でまだ顔立ちの幼いナツが、背の高いトモになついている様子は、まるで遊び盛りの仔猫がちょっと構ってもらって喜んでいるようだった。


 親しげな二人の様子に、またもクラスメイトが問いかけた。


「…え? 前からの知り合い?」

「ううん! この春休みに初めて会った」

「そうなの!?」


 それにしては仲が良すぎないかと疑問を浮かべる。


 そんな彼らにナツはニコニコと説明する。


「おれ達はこの春休みに初めて会ったけど、共通の友達がいて。

 ハルとヒロっていうんだけど。

 そのハルの家でやった合宿で仲良くなったんだ」


「合宿? スポーツでもしてるの?」

「武術?」

 で、合ってる? とナツは目線でトモに問いかけた。


「剣術中心の武術全般だな。

 ウチのじーさん関係」


「あー」と納得の声をあげる二人。

 それだけで納得されるんだとナツは感心した。

 トモの祖父がやたら強いことは知られているらしい。


「今朝も修行してきたしな」

「な」

 トモの言葉にナツが笑顔で同意する。


「あ。その関係で下宿してんのか?」

「まあ、そんなモン」


 ナツが返答する前にトモが答える。

 あながち間違いでもない。

 そう思ってくれるならばわざわざ訂正する必要もないだろう。


「ナツ、最初は全然だったけど、今じゃ俺と互角だもんな。

 じーさんが張り切ってて困るよ」


「え。何。実は中村、すごいヤツ?」

 クラスメイトの言葉に、トモは当たり前のことを話すように言った。

 

「すごいヤツだよ」


 トモのその言葉が届いた。その途端。

 ナツの胸をあたたかいナニカがぶわーっと広がっていった。


 トモに認められた。

 あの強いトモに。

 うれしい。誇らしい。うれしい!


 無性にヒロとハルに会いたくなった。

「トモが褒めてくれたよ!」と報告したかった。

 きっとヒロは「よかったね!」と一緒に喜んでくれるだろう。

 ハルも笑って見守ってくれるに違いない。


 頬を紅潮させて震えているナツに、トモは優しく笑ってくれる。



 おかあちゃん。おれ、しあわせだよ。

 自慢の友達がいるよ。

 友達が、褒めてくれたよ。



 やがてチャイムが鳴り、散り散りだった生徒はそれぞれの席についた。


 トモの友人を交えて色々と話をしているうちに、緊張がほぐれた。

 後ろを振り返れば、頬杖をついたトモが優しい笑顔で見守ってくれている。


 すごく安心する。心強い。


 ああ、おれは生まれ変わったんだ。


 ナツは改めて思った。


 もう昔のおれじゃない。

 新しいおれで、ここで生きる。

 トモが一緒にいれくれるから大丈夫。


 順に自己紹介をしていく。

 自分の番になり、ナツは元気よく立ち上がった。


「転校してきました、中村 奈津です!

 よろしくおねがいします!」

明るくて元気いっぱいのナツは、すぐに学校の人気者になりました。

誰一人『能楽師家庭内暴力事件』の被害者だとは思っていません。

トモのおじいさんに才能を見出されて修行するために下宿して転校してきたと思われています。


ナツに関するあれこれは、昨日完結した作品『とある弁護士のつぶやき』をお読みくださいませ。

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