名古屋飛ばしって言葉があるんですけど
いきなりですけど……
ヤスとは今でも付き合いがあり、帰省した際には飲みに行ったりもする仲なのですが、こんなご時世ですから電話のやり取りばかりになって……と、数日前に近状報告をしあっていると、私が【QUEEN】来日公演に関して大きく思い違いをしていたことを知ったのです。
「そう言えばさ、ヤス。確か中三のときだったよな、【QUEEN】が来日したのに名古屋公演がなかったのって。悔しかったの覚えとる?」
「悔しかったて。なんで名古屋公演せえへんのだって思ったて。ってもよヨッシー。あれは違うぞ。中二の時だぞ。名古屋飛ばしは中二の冬だて」
「うそ、違うて、だって寒かっただろうて、あれ秋ごろちゃうんかて」
「違う遭う、中三になる前の一月か二月の冬だて」
ヤスにそういわれて調べてみたら、確かにその通りでした。
私は81年の寒い時期に【QUEEN】が来日したという思いから、なぜか秋から冬にかけてだとばかり思いこんでいました。
けど実は、【ザ・ゲーム】や【フラッシュ・ゴードン】に伴う来日公演があったのは81年の2月だったのです。
なのでこの話を進める上での時系列では、今回は81年の秋から冬にかけての話を進める予定だったですけど、 ちょっと戻って81年2月の来日についての話となります。
ごめんなさいね。
確かに81年の秋というと【デピット・ボウイ】と【QUEEN】の【アンダー・プレッシャー】が流行っていた頃でした。ラジオでは良く【アンダー・プレッシャー】が流れていたし、初めての共作ということで話題にもなっていました。
で、考えてみると、確かに来日公演時に【アンダー・プレッシャー】の話は聞いたことがありませんでした。となると、はやり2月だったことに納得がいくのです。
なんといっても【アンダー・プレッシャー】のベースのイントロは衝撃的で、あのフレーズだけを弾きたいがためにヤスからペースを借り、「ボン・ボン・ボーン・ボボ・ボン・ボン」なんて永遠に弾いてみたりもしたので、その思い出と来日時が重ならないのは、私の思い違いしかないわけで……
話を戻します。
「ヤス、ヨッシー。【QUEEN】が来日するんだって、あんたらぁ、知っとった?」
昼休みだったかそれとも授業が終わった後だったか、ヤスやエニ君、カンちゃんらと教室で話していると、サト子が入って来ていつもの上から目線でそう言ってきました。
「マ、マジかて。やっと来日するんかて。【ザ・ゲーム】が売れとったで絶対に日本にも来ると思っとったんだわ。やっとかて」
「良かったな、ヨツシー」
「おう、で、いつだて、いつ来るんだて」
「よう知らんで自分で調べてみやぁて」
「おう、そうするわ」
サト子から教えて貰った人生最大のビックニュースでしたが、サト子の情報はなんだか途中半端だったので、自分で来日の詳しい情報を調べることになったのです。
ちなみにですが、サト子の情報源はサト子の親父殿で、その親父殿の情報源は美容院に来るお客さんで、そのお客さんは深夜ラジオで聞いたとかで……だから噂に毛が生えた程度の情報だったのです。
今のようにインターネットが盛んで何でもスマホで調べられる時代ではありません。雑誌なんて月に一回の発売だし、ラジオはいつ欲しい情報を言ってくれるかも分かりません。
では当時の私たちがどうやってそういった噂程度の情報の詳細を入手していたかというと……プレイガイドという存在です。
栄や名駅等の繁華街にある、プレイガイドと言われる実店舗に行くのです。
プレイガイドには映画の前売り券やコンサートのチケットが売っていました。コンサートのチケットなどは、対面販売で会場の席図を見ながら買う方法がとられていました。早い者勝ちで席が売れてしまうので、発売が決まって直ぐにプレイガイドに行かないと良い席が取れないというわけです。
何月何日にコンサートがあるのか、それも席の値段はいくらなのか、そんなことはどうでも良く、とにかく学校が終わり次第ヤスと共に名駅のプレイガイドへ行こうと盛り上がったのですが……
「でもさ、ヨツシー。ちゃんと教えといたるけど、名古屋公演はないでね」
「は?」
「は?じゃないに。名古屋には来ないっての。東京だけみたいだに、コンサートがあるのは」
「って、どういうことだて」
「どういうことか私は知らんがね。そう聞いたでそうなんだて」
「マジかて」
名古屋飛ばしという言葉があります。
当時からそんな言葉あったかどうかは知りませんが、海外の有名なグループなどが来日公演をする際、当時は三大都市とまで言われた名古屋でしたけど、何度も飛ばされることがあるため名古屋飛ばしなんて言葉が生まれたようです。
【QUEEN】の81年の来日公演はまさに名古屋飛ばしだったわけです。いや、厳密には名古屋も大阪も公演はなく、東京公演だけだったのですけど。
その当日、私とヤスはサト子の情報は噂程度でしかない筈だと自分に言い聞かせ、自転車で名訳へ行き地下街にあるプレイガイドへ行きました。
そこで受付のお姉さんに【QUEEN】の来日公演に名古屋が入っているのか、いやいや、来日公演さえもあるものなのかを聞いたのですが、
「はい【QUEEN】の公演は東京だけで数日間予定されていますけど、名古屋公演はありません」
との冷たい言葉で打ちのめされたのです。
【QUEEN】のファンになってからは、通学で口ずさむのは常に【QUEEN】で、お風呂で口笛を吹くのもいつでも【QUEEN】で、毎朝学校へ行く前に必ず【ドント・ストップ・ミー・ナウ】を聞いていて、新聞のFM欄では【QUEEN】の特集探しが日課になって……
だから来日した際には必ず行こうと決めていたのに、なのに、名古屋公演がないと知ったのです。
なんだか【QUEEN】に裏切られた気がしました。
東京公演をなんとか観に行けないかとヤスと話ましたが、東京は夢の大都会で中学生が二人して行ける場所では無かったし、ヤスの親も私の親も一緒に行ってくれる筈もなく……
「アルバムだって全部揃えだのに、こんなにファンなのに......くっそう!東京ぽっかり卑怯だて!」
「そうだて、なんだて、なんで名古屋に来んのだて」
「名古屋がいかんのかて」
「おう、名古屋が田舎だで来んのかて」
と、ヤスと二人で愚痴りあうしかありませんでした。
その来日の後、音楽情報誌などで【QUEEN】の来日の様子が語られたり、写真やセットリストが載ったりするのを羨ましくて羨ましくて、ヤスと二人して心の底から悔しがったりもしました。
原宿を歩くフレディ。浅草観光をするブライアン。ホテルでくつろぐメンバーたち……くっそう、観たかった!
いわくライブセットが大掛かりだったから東京公演しかできなかった……知らんがや、そんなこと。
公演中、アメリカ兵のヤジにフレディが怒った……それでも観たいんだて。
「ヤス、セットリスト見たかて!【セイブ・ミー】も演ったようだがや」
「おう、見たて。くっそう、今度来日したら絶対に行ってやるて」
とにかく観たかったので、次こそは観に行くぞと誓った私とヤスだったのです。
でも、思い返してみると、やっぱり相当悔しがっていいたの確かだったのですし、ヤスとの電話でもその話で盛り上がったのですけど、そんな印象的な出来事だったのに時期を間違って覚えていたんですよね。
いやぁ、人間の記憶って曖昧ですね。