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五大国戦記  作者: 我滝 基博
第1章 忠義の騎士と怠惰な皇弟
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1-4 皇帝と皇弟

 成歴(せいれき)八九三年二月十八日


 大陸西方に位置する大国エスパニア帝国。今、この国の皇宮にて、間抜けにも、一人の男が弟に後ろ襟を掴まれて引きずられていた。



「行きたくなぁあああああああああいっ‼︎」



 駄々をこねて暴れる男。無精髭を生やしている姿は中年に見えるが、一応はまだ青年と呼べる年齢ではあるらしい。


 しかし、外見が若々しく覇気もある弟と見比べると、明らかに立派であるべき大人ではあり、見ている者からすれば見っともない。


 実際、弟は兄へ呆れ返っていた。



「兄上! シャキッとして下さい! 皇帝陛下勅命の呼び出しなんですよ? 行かなければ駄目でしょう!」


「だって……行きたくないものは行きたくない‼︎」


「子供ですか! 三十過ぎた大の大人が何やってんですか‼︎ 第一‼︎」


「まだ三十成り立てだもん! それに、嫌なもんはい〜や〜だ〜っ‼︎ 寝室で本読んで寝〜て〜た〜い〜っ‼︎」


「気持ち悪い文句の言い方止めろ‼︎」



 兄に対して無礼な言い方になってしまったが、それだけこの兄の現状は面倒臭かった。



「いい加減、立って下さいよ兄上! こんな姿を見られるのは嫌なんですけど⁈ ほら、周りの白い目が痛い……」


「ふんっ! 俺は大丈夫だ。痛くも痒くも無い!」


「こっちが痛いわ‼︎」



 もう頭が痛くなって来たのか、弟は頭を抱えていた。このだらしが無い兄に手を焼かされ続ければ、精神も参ってくるのだろう。


 その様子に、流石に何かは思ったのか、兄から諦めの溜め息が(こぼ)される。



「やれやれ、仕方ない……しょうがないから歩いてやるよ。このままじゃ、どの道連れて行かれるしな」


「まるで自分が譲歩するみたいに言ってますが……それが当たり前です。苦労を返せ兄上」



 冷たい目を向けてくる弟を他所(よそ)に、兄は渋々立ち上がる。



「ふぅ……皇帝陛下にも困ったものだ。なんで、こんな"怠惰"と名高い俺を呼び出すんだか……まさか、今更政治に参加をしろ、とか、軍を率いろ、とか言うのではあるまいな……? 嫌だぞ? 俺は……」


「普通、それが当たり前ですよ、兄上……」



 弟は嘆息を我慢する様に、息を吸い、吐き出し、深呼吸する。



「何せ……我々は皇族、()()()()()()なのですから……」



 聞きたくも無い事実を突き付けられ、兄フィリペからは盛大な嘆息が(こぼ)される。


 フィリペ・アブスブルゴ・マドリード。現エスパニア皇帝の弟。つまりは皇弟である。


 皇族である証拠として、素材良く、名職人が作り上げ、精巧に仕上げられた外装を纏っていた。


 しかし、彼自身の外見は、赤褐色の髪に、深紅の寝そうな瞳。髪は根暗の様なボサボサで、軽い無精髭が小汚さを醸し出している。


 要は、身に付けている物に対して彼自身の外見価値が余りに低く、服の無駄遣いと思われてしまうのだ。


 一方、弟カルロス・ハプスブルク・マドリードは、兄と同じ髪と瞳の色でありながら清潔に整えられており、外見も貴公子風の美丈夫であった。兄とは正反対に、豪奢な外装などが逆に霞む様である。



「兄上……頼みますから、皇族らしく身嗜みぐらいは整えてくれませんか……? 臣下に示しがつきません!」


「お前と違って俺は将軍職には就いておらんし、政治にも関わっておらん。だから、部屋でゴロゴロと過ごすしかなく、外にも出る機会は少ない。整える意味が無い!」


「今日は陛下との謁見がありますが?」


「行く気などなかった。整える意味もなかった」


「不敬で首を飛ばされても知りませんよ?」


「そんなんで飛ばされる程、期待などされてねぇよ」



 何の職にも就かず、惰眠と怠惰を貪る《駄目皇弟》。それが、フィリペの自他共に認識された評価であり、半ば黙認されている評価だ。


 皇族なので手荒な真似もできず、別に害になる訳でもないので排除も出来ず、政治中枢からは放置を決め込まれていた。



「なのに、なぁ〜んで、今日に限って呼び出したんだ? 陛下は……」


「さて……それは陛下から直接お聞きになって下さい。ほら、着きましたよ?」



 話している内に玉座の間を眼前に捉えた二人は、衛兵が内部へと皇族の到着を知らせた事で、巨大な扉が開けられ、中に居る者達と空間が共有された。


 部屋の内部は広大で、天井も三階分の高さがあり、高名な職人によるステンドグラスが壁を覆い、床にも奥まで伸びる鮮やかな深紅の絨毯か敷かれていた。


 その細長い絨毯を歩きつつ、両脇に並ぶ帝国の御歴々の視線を浴びながら、正面奥、一段高く位置する玉座の前に立った二人は、そこに鎮座し奉る男へと跪き、深々と頭を下げ、カルロスが声を発する。



「皇弟フィリペ・アブスブルゴ・マドリード。同じくカルロス・ハプスブルク・マドリード。陛下の勅命により参上致しました!」


「うむ、良く参った」



 尊大に振る舞う玉座の男。彼こそ、エスパニア帝国第五代皇帝フアン・トレド・マドリードである。


 外見はやはり二人の兄らしく、赤褐色の髪と深紅の瞳だが、その双眸には濁りが見受けられた。


 フアン帝は二人に立つ許可を出すと、尚も眼下に位置する弟達を見下ろし、一瞥し、フィリペの方を見て嘲笑の笑みを浮かべる。



「相変わらず愚鈍極まるなぁ、愚弟。皇族ながら、見た目が見すぼらしくて仕方ない」



 両側に立ち並ぶ御歴々から、皇帝の(げん)に釣られ、笑いが飛ぶ。



「皇宮内には、貴様の皇族位を剥奪すべしと考えている者も多い。まぁ……仕方ないか! 貴様は何もせず、何も為さず、何も期待させない。存在価値自体が皆無な愚か者なのだから……」



 また御歴々から笑いが飛ぶが、フィリペやカルロスからは何の反応も無い。(たま)にフアン帝から呼び出される度に、毎回こんな目に遭わされている為、良い加減慣れたのだ。本人、自覚もしていたのだから。



「本当に余の慈悲深さには感嘆するべきだろう。なにせ……こんな何の価値もない男を、未だ皇族として、弟として扱っておるのだからな!」



 また御歴々から笑いが飛ぶ。ここまで来ると流石に何か不敬なアクションを起こしそうだと、カルロスが再び口を開いた。



「陛下、我々を呼んだのは、政務を疎かになさってまで、自分達が笑う時間を御作りになる為でしょうか? どうやら皆様は余程御疲れでいらっしゃる様だ。我々に使う時間を節約なさり、身体を休まれる時間に回されては如何(いかが)でしょう?」



 カルロスの皮肉を含めた反撃に周りの御歴々は動揺し、怒るでもなく、悲しむでもない、面白味のない弟達に、フアン帝からは舌打ちが(こぼ)された。



「まぁ良い……確かに、こんな愚弟に割く時間も惜しい」



 フアン帝が右側の列、最前に居る宰相へ手で合図すると、宰相が一歩前へ出てスクロールが広げられた。



「皇弟フィリペ・アブスブルゴ・マドリード殿下! 貴公を()()()()()()()()()()()()!」

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