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五大国戦記  作者: 我滝 基博
第1章 忠義の騎士と怠惰な皇弟
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1-2 戦いの兆し

 別室で王女と話をしていたランスロットだったが、呼び出しが掛かった事で、一旦彼女と離れる事になる。


 潔く主君と離れたは良いものの、気掛りな事は沢山あり、未だ頭の中は結局、幼き姫君の事で一杯であった。



「よおっ! サルフォードの坊主じゃねぇか!」



 背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、我に帰ったランスロットは、後ろを振り向き、目を少し見開いた。



「ベリー将軍」



 シド・ベリー将軍。年齢は三十ぐらいだろう。佇まいは騎士というより軍人という感じで、実際、数千の兵を預かる将であった。


 ベリー将軍はランスロットにとって大臣等権力者達より信頼に足る人物で、良き相談相手でもあったが、どうやら今回は、心配事が口に出さずとも顔に出ていたらしく、大体の事情を察っされた様だ。



「やはり、殿下の事が心配か?」


「はい……」


「未だ殿下は年端もいかぬ少女だ。だが、陛下が崩御なされた以上、アン王女には王位に就いて貰わねばならない。それが気掛かりなのだろう?」


「御明察の通りです。もし、殿下が王位に就いたとしても、他の者がそれを支えれば良いのです。しかし……」


「現在の権力者共に、そんな事ができる筈も、やる筈もない」



 現連合王国の王宮内は濁りきっていた。


 貴族や権力者達は欲に溺れ、民を蔑ろにし、己が権威のみにしか関心が無い愚か者と化していたのだ。


 そんな欲深き者が王宮に跋扈(ばっこ)し、王家を心から慕い、付いて行こうと考える者など皆無に等しい。次期女王が幼い事を良いことに、彼女を傀儡にして己が権力を増す算段のみを立てている者達ばかりだろう。


 このままでは、欲望の猛毒に、己が主君は身を焼かれる事になってしまうかもしれない。



「このまま殿下が王位に就けば、味方の少ない薄汚れた場所での生活を余儀なくされます。しかも、最愛の父である陛下を失って直ぐにです。それを思うと……」



 苦々しくランスロットの拳が握り締められる。



「理不尽過ぎるでしょう! あの心優しく、光の様な殿下が、何故こんな苦痛を味合わねばならないのか‼︎ かの御方こそ、『精霊』に守られるべき存在ではないのか‼︎」


「『精霊』も気紛れという事だ、仕方あるまい。代わりに、殿下を想うお前が、あの御方を御守りすれば良いのだ」


「しかし、私だけでは……」


「何なら俺が手を貸すぞ? 頼るべき時は頼ると良い」



 ニッと笑みを向けてくる心強い理解者。少なくとも、他にも味方は居る事を実感したランスロットは、安堵するように微笑する。



「将軍、感謝します……」


「良いって事よ! 王家に尽くすは我等の義務だからな! 当然だ!」



 ガハハと笑う頼れる仲間に、ランスロットの肩の荷は少し降りたが、完全にとは流石に行かなかった。王宮が掃除された訳でもなく、政敵はまだ存在していたし、脅威は何も()()()()に限った事ではないからだ。



「ベリー将軍、貴公もやはり、宰相閣下に呼ばれたのですか?」


「ああ……王が死に、新王は幼い少女となれば、隣国が付け入ってくるのは明白だからな。その対策の為だろう」


「やはり、戦になりますか?」


「間違いなくな」


「攻めてくるとすれば何処(どこ)でしょうか?」


「フランセーズは無理だろう。()の国は四方全てを隣国が覆っている。侵略に割ける兵力は無い筈だ」


「アレマンは今、インペリウムと一触即発だとか。此方(こちら)も無いかと……」


「だとすれば、あそこしかあるまい」


「"エスパニア"、ですね」



 エスパニア帝国、大陸西方に位置し、連合王国南西に隣接する大国である。


 何より、この国と連合王国との仲は他の三国よりも険悪であった。


 海に接する両国の地理的性質上、複数の島々も国土として存在しており、その島々が運悪く同じ地域に位置していた。


 つまり、島同士の距離が近く、海上の境界線も曖昧となってしまっており、両国共に保有を主張する島が多数存在していたのだ。


 この島々を巡って、両国間の争いが絶えず、領土の奪い合いが延々と続いていたのである。



「この期に乗じ、帝国は島々を奪取するつもりだろうな」


「となると、島での陸戦と周辺海域確保の為の海戦となりますね」


「海軍と陸軍が上手く連携出来ねばならないが……多分、この国ならば問題はあるまい」



 まだ頭の中にしか見えない敵の姿だったが、戦いが着実に迫っているのだという事は、肌に感じざるを得ない。


 こうして、緊張感を抱きつつ、とある部屋の前まで来たランスロットとベリー将軍は、前に立つ二人の衛兵の敬礼を受けながらドアをノックした。



「入りたまえ」



 入室を許可され、静かに部屋へと入った二人は、デスクに座る老人へ、今度は礼節を過重に含めた敬礼を向ける。



「ランスロット・サルフォード及びシド・ベリー、宰相閣下の命により馳せ参じました!」



 ベリー将軍の(げん)を聞き、老人は朗らかな微笑みを向けると、ただ「うむ」と頷いた。


 エドワード・アンリ・コヴェントリー。侯爵位を持つ貴族であり、連合王国の宰相でもある老人で、年齢は七十代前。白い髭と白い髪を持ちながらも、肌は僅かながらだが若さがあり、風格は老紳士そのものであった。


 しかし、穏やかな雰囲気とは裏腹に、アン王女を含め先々王の時代から宰相を務める傑物で、ヘドロ塗れの王宮を生き延びた老獪であり、権力者達との謀略戦を生き抜く程の(したた)かさを持ち合わせる曲者でもある。



「サルフォード卿にベリー将軍、良く来てくれた」


「はっ! 宰相閣下の命とあらば当然です!」



 と、ランスロットは口にしたが、内心では早く主君である姫君の下へと戻りたかった。


 そんな事など知る由もなく、コヴェントリー宰相は、和やかな顔から真剣な表情へと変える。



「さて、本題へと入るが……二人には、呼ばれた理由に察しはついとるだろう?」


「帝国が動いたのですか⁈」


「サルフォード卿、その通りだ。帝国では現在、二万の兵が準備され始めとるらしい」


「おそらく、何処(どこ)かの島に攻め入る気なのでしょうね……」



 帝国と連合王国との間で起きた争いは全て島の取り合いであった。


 というのも、両国の大陸での国境線は『エヴァラック』と命名された巨大な山脈によって阻まれており、進軍路はあるが狭く、陸続きでの侵攻など自殺行為であったのだ。


 しかし、コヴェントリー宰相の首は、否定する様に横に振られた。



「いや、今回はどうやら島々では無さそうだ」



 衛兵が呼ばれ、デスク上に地図が広げられた。



「帝国はどうやら、山脈の手前に軍を集結させているらしい」



 それに二人は驚き、ベリー将軍が思わず言葉を漏らす。



「まさか、山脈を越える気か‼︎」


「いや、どうやらそうでもないらしい……」


「山脈手前の港から、船を使って連合王国海岸まで軍を運び、上陸する気、ですね?」


「流石サルフォード卿だ。敵はその様な策を練ったらしい。兵が集結しているのは山脈手前の港であり、その港には数隻の大型船が停泊しているとの事だ。間違いなかろう」



 ベリー将軍は隣の騎士の読みの鋭さに感服した。前々から策略家としても優れた能力を持っているとは思っていたが、つくづく一階の護衛でしかないのが惜しいと改めて感じていたのだ。


 しかし、予想出来るものはこれだけではない。帝国が連合王国本土への上陸を計画するとすれば、考えられる敵の手は明らかである。



「敵は一気に此処(ここ)()()()とす気なのでしょうね」



 連合王国王都セントクロス。その位置は、海に接する国西方に位置していた。


 つまり、帝国が連合王国側の山脈麓に上陸した場合、王都までの距離はそれ程遠くはないのである。



「だが、敵も無茶をする……例え上陸出来ても、兵站線は伸びる上に、此方(こちら)は土地勘に優れている。簡単に撃退できるが……」



 ベリー将軍の発言を聞いた瞬間、ランスロットの表情に険しさが増した。



「宰相閣下、これは危ないかもしれません……」


「どういう事だ?」


「先程ベリー将軍が言った様に、帝国のこの行動は愚策です。兵站線が伸びる上、王都陥落など到底不可能。上陸自体が無謀です。にもかかわらず……行動に出た」



 それを横で聞いたベリー将軍は、眉をひそめると、ふと気付いた。



()()か⁈ これは!」


「おそらく……」


「つまり、この軍とは別に、大軍が動いているというのだな⁈」


「そう考えられます。そして、それこそが、島々に向けられているものと予想されます」



 コヴェントリー宰相の推測を淡々と肯定したランスロット。それに、他の二人は険しい表情で驚愕せざるを得ない。



「島々への大侵攻と王都への侵攻、 二正面での戦いとなるか……。陛下が崩御し、まだ幼い殿下が王位に就くという事で、国内が安定しとらんこの時期に……‼︎」



 コヴェントリー宰相は苦い表情を浮かべ、ベリー将軍は険しく眉をしかめる。



「島々への大侵攻を考えると、そっちに兵を回した方が良いでしょう。ただし、今、動かせる直轄軍のほとんどが割かれます。王都侵攻への対処には、各領主達に応援を仰ぐ必要があるでしょうが……」


「難しいだろうな」



 コヴェントリー宰相は間も置かず否定する。



「現在、貴族の中に王家へ忠誠を誓ってる者は少ない。自らの手駒を預けはせんだろう」


「貴族共は、この国が滅びても良いと言うのか‼︎」


「将軍、落ち着いて下さい。何も全員が兵を貸さないという訳ではありません」


「その通りだ。心配させる事を言ってしまったが、少なくとも二人の領主は兵を出してくれるだろう。ベリー将軍麾下(きか)の兵も合わせ、一万少しは動かせる。敵の二分の一ではあるが、此方(こちら)には地の利がある。二倍の兵力差なら何とかなるだろう」



 冷静になったベリー将軍は、短慮に過ぎたと軽く頭を下げた。



「冷静を欠いた発言をしました、申し訳ありません」


「いや、良い。それだけ貴公が国家へ忠誠を持っているという事だ。逆に喜ばしい」



 朗らかに微笑むコヴェントリー宰相に、ベリー将軍は再度感謝の会釈をし、会議は再開される。



「宰相閣下。つまり、その二人の領主の軍とベリー将軍の軍を統合し、囮に当てる気なのですか?」


「サルフォート卿の言う通りだ。この戦力で囮に当たり、敵本隊は直轄軍を大動員して当たらせる。これが今回の軍の運用計画となるだろう」



 コヴェントリー宰相から軍の動きについて聞き終えたランスロットだったが、此処(ここ)で彼はある疑問を持つ。



「宰相閣下……なら何故、今回、自分が呼ばれたのでしょうか? 意見を聞く為、だけではありませんよね?」


「その通りだ」



 コヴェントリー宰相は一回咳払いすると、ランスロットへと告げる。



「今回、貴公には、()()()()()()()()()()()()()()



 一瞬、言葉を失うランスロット。頭が追い付かず、棒立ちし、思考が真っ白になる。それは現状、決して許容など出来ようもない、無情なる命令であった。


 当然だ、彼は第一王女の騎士。しかも今、その主君は父の死を嘆いたまま王位に就くという大任を果たさねばならない。そんな時に、自分が離れるなどあって良い筈がない。


 (ようや)く整理が付き、気持ちを言葉にしようとランスロットが口を開くが、先にベリー将軍が声を張り上げる。



「閣下、それはなりません‼︎ サルフォード卿は王女殿下に御仕えする騎士。彼の人事の決定権は殿下にあり、更に今、殿下は王位を継承する大事な時です‼︎ それから殿下の腹心たる騎士を離すのは……」


「だが、今この国は窮地にある! 確かに勝算は高いが、敵が倍である事に変わりはない! 少しでも有能な人材を送るべきだろう」


「しかし……!」


「将軍も御存知の筈だ、彼の有能さは。"〔チップ島防衛戦〕"に於ける彼の功績は」


「知っておりますとも……一護衛にしておくには惜しい事ぐらいは……ですが!」


「もう良いです将軍……」



 ランスロットはベリー将軍の肩を静かに叩くと、誤魔化す様な微笑を浮かべた。



「出陣の任、謹んで御受けします……」


「おいっ、サルフォード!」


「良いんです。実際、私が出向き勝率を上げた方が良いのは(わか)ります。負ければ、王都に住まう殿下の御身も傷付きかねませんし」


「だがっ‼︎ …………いや……(わか)った。お前が言うなら俺は何も言えん……」



 少し苦々しくも引き下がったベリー将軍。やはり、地の利はあれど二倍の兵に立ち向かって勝つ姿が掠れており、王女の臣を随伴させるのは抵抗があるらしい。


 それはコヴェントリー宰相も同様であるらしく、ランスロットへと頭が下げられた。



「すまんな……儂とて、貴公が殿下に付くべきとは(わか)っている。だが……」


「頭をお上げ下さい。国を想っての事であると理解しておりますので……それよりも、私が留守の間、殿下の事を宜しくお願いします」


「無論だ。殿下の御身には傷一つ付けさせはせん! 王宮の魑魅魍魎共になど絶対に!」



 コヴェントリー宰相から下知を取ったランスロットは、ひとまず殿下は大丈夫だろうと肩を撫で下ろしたが、やはり問題はある。



「サルフォード……殿下はどうする?」



 ベリー将軍の追求。ランスロットは王女直属の騎士であり、彼女の許可なく勝手な行動は出来ない。直に王女から下知を取る必要がある。



「殿下は……私が説得します」


「本当に良いのか? 何なら俺が……」


「いいえ、これは私の問題です。私自身で解決せねばなりません」


「そうか…………無理そうなら出撃する必要は無い。最悪、俺が説得してお前を残らせるからな」


「御気遣い感謝します」



 ベリー将軍へ安心させる様な笑みを向けたランスロットだったが、心中は穏やかなどではいられなかった。


 戦場へ行く以上、王女とは離れなければならず、(しばら)くの間、失意で苦しむ彼女の側に居られなくなる。


 その様子を脳裏に浮かべる度、身が焼き切れる思いを味合わされるのだ。

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