1-25 真の正体
今夜も、帝国軍本陣に於いて将軍達が集められていた。ただ慢性的に続けられる戦いに辟易していた彼等だったが、今日は明らかに違う顔付きをしていた。
「ニューポート辺境伯はおそらく処刑されたでしょう。しかし……これは想定内、予定調和です」
カルロスの言葉に、ウエルバ将軍が頷き、ブルゴス将軍は感心する様に腕を組む。
「これで漸く動けますね」
「しっかし、まさか内通者が……確かに、王都は奪れちまうな」
準備は整った。やる事は終わった。後は動き出すだけだ。
高揚感を滲ませながら、サラゴサ将軍は顎鬚を撫でる。
「カルロス殿下……では」
「ええ……明日、作戦の最終段階に入ります」
全員に緊張感が走り、フィリペですら表情が強張る。
「ただの一戦いが、飛んだ事になっちまったな」
「兄上、元々命を懸けた戦いでしたよ。ただの、ではありません」
「解ってるが……少々、壮大だろう」
「確かに、帝位簒奪など大それてはいますね」
「ああ……だが、もう後戻りも出来ない。全てはこの戦いで決まる」
「はい、連合王国の王都を陥とし、叛逆の狼煙とします」
失敗すれば死が待っているだろう。途中で断念しても死が終着点だ。なら、進み切るしかない。どれ程困難だろうと、これが唯一の生き残れる道なのだから。
今夜も、連合王国軍本陣にて、ニューポート辺境伯欠いた状態で、会議が開かれる。
「先ず、指揮官を喪ったニューポート軍だが……サルフォードの坊主に指揮権を預ける。あんな惨状を見せ付けられたら、流石に従順になるだろう」
「同意です。サルフォード卿にお任せすべきです」
「解りました、ニューポート軍一〇〇〇、私がお預かりします」
「後は本隊から二〇〇〇の兵を加えれば良いだろう。これで取り敢えずは良しとしよう。これでも敵との兵力差はどうしようもないが」
苦笑し肩をすくめるベリー将軍に、ランスロットとクライヴの緊張も解れ、笑いが零される。
「いい加減、本当に敵も痺れを切らす頃合いだろう。ニューポート軍の裏切りが失敗したとはいえ、兵力は此方の二倍。数で押し切られれば、サルフォードの坊主の【精霊術】があっても勝つのは難しい。警戒は怠るな!」
明日が決戦。まだ可能性の話ではあるが、三人共に何故かそう思えて仕方がなかった。
こうして、更なる緊張感を孕ませ、散った三人だったが、一人だけ、また人気の無い所で、鳥籠を片手に、鳩の足に付いた小さな入れ物に手紙を入れた。
「やはり、貴方でしたか……」
背後から聞こえた声に、鳩を手にしたまま振り向いた男は、眉をしかめる羽目となった。眼前に、クライヴが居たのだから。
「まさか……貴方までも帝国と内通しているとは思いませんでした」
信じられない。そう、クライヴの顔に書いてあった。
「何故、何故貴方までも裏切ったのですか⁈ ベリー将軍‼︎」
もう一人の内通者――ベリー将軍は鳩を放つと、クライヴへと向き直り、不敵に口元を歪める。
「まさか、こんな早く貴殿にバレるとは思わなかった……見事だ!」
軽薄に、賞賛として手を叩くベリー将軍に、クライヴの顔は歪む。
「まだ、私の質問にお答え頂いておりませんが?」
「そうだな、悪い」
睨んでくるクライヴに、ベリー将軍は笑いを零す。
「ある御方の為だ……やはり、このまま、あの幼き少女の玉座では、心許なさしかないのでな」
「ある御方……まさかっ⁈」
「想像に任せる」
全て合点がいった。ベリー将軍はあの方に付いていたのだ。元からこの男は、ランスロットの味方ではなかったのだ。
「ずっとサルフォード卿を欺いていたのですか……? 信頼を、信用を、貴方は踏み躙って来たのか⁈」
悍ましい。寒気がする。とんだ悲劇だ。
「お答え頂きたい、ベリー将軍っ‼︎」
一層、鋭く睨んでくるクライヴに、ベリー将軍は両手を挙げ、不敵に笑う。
「無駄な話は此処までにしよう。明日、俺は帝国軍に惨敗し、潰走せねばならんのだ。そして、王都に敗残兵として落ち延び、アン王女を帝国軍へと引き渡す。これで俺の仕事はお終い。晴れて、目的は達成する」
「そんな事は決してさせない! 今からサルフォード卿に、‼︎」
「俺が目撃者を易々見逃すと思うのか?」
周辺のテントの影から、複数の兵士がクライヴを囲む様に現れる。
「さて、クライヴ殿……御同行願おうか。話したい事もあるのでな」
「従わなければ、どうなると言うのです……?」
「御想像に任せる」
優越感に嘲笑するベリー将軍に、クライヴは苦々しく奥歯を噛み締め、拳を強く握り締め、爪が食い込んだ掌から血を滴らせる。
「丁重に御連れしろ」
指示を受けた兵士達はクライヴを暗闇へと連行し、ベリー将軍は去って行った鳩を見上げ、再び笑みを浮かべる。
「さて、明日で全て決まる。だが……問題はサルフォードの坊主だな。どう上手く帝国軍に捕らえさせるか……これは大分面倒だ」
高揚感に身を委ね、笑い声を浮かべるベリー将軍は、月光が届かぬ影へと、歩みを進めていった。




