1-24 裏切り者の末路
ニューポート軍へと迫っていたカルロス達だったが、聞こえてきた悲鳴により、足を止める事となった。
「如何なされた? 何故、部隊の足をお止めになるのですか?」
「いや……どうやら終わった様です、ウエルバ将軍」
予想より早かった。まさか、こんなにも早くニューポート辺境伯に対し行動を起こすとは。
ニューポート軍と接敵すると見せかけて合流し、連合王国軍本隊を叩くという作戦は、ものの見事に泡となって消えてしまった訳である。
しかし、裏切りを看破してのけた連合王国の者達には感嘆が零れる。見事な手際だ。
「戦いが始まって以来、上手くいかない事ばかりですね……」
「しかし、まさか本当に連合王国内に内通者が居たとは……聞かされた時は驚きました」
「兄上にバレた以上、ブルゴス、ウエルバ両将軍にも計画を話したは良いのですが……なかなか計画通りにとは行きませんね」
苦笑を浮かべた後、サラゴサ、ブルゴス将軍率いる部隊に伝令を出し、カルロスは総員撤退の命令を下した。
ニューポート軍。そこで、一人の青年が男を引きずり、死体の海を歩いていた。
ニューポート兵、約七〇〇名。ランスロット一人で屍へと豹変した彼等に、最早他の兵士達は戦意喪失し、ニューポート辺境伯は簡単に捕らえられた。
「化け物だ……あり得ない、あって良い筈が無い……」
『錬成武器』の保有者ですら、こんな芸当は不可能だ。『大精霊』の加護を持つ者が一体どれ程、恐ろしい存在なのか、ニューポート辺境伯は最初で最期にして思い知らされた。
こうして、ベリー将軍等と合流したランスロットは、彼等の前に辺境伯を放り投げ、他の兵士達に抑えさせる。
「サルフォードの坊主、御苦労だったな」
「いえ、当然ですよ。殿下に仇なす可能性のある者は何人も許しはしませんので」
ベリー将軍とランスロットがニューポート辺境伯を睨み、見下ろす中、やはり彼の知己であるクライヴは何処か悲し気だった。
「何故ですか、ニューポート辺境伯……何故、祖国を裏切る様な真似を……⁈」
「決まっているだろう。祖国に愛想を尽かしたからだ」
ニューポート辺境伯はクライヴに冷たく言い放つ。
「中央政府は腐りきり、働いた者へ正当な褒賞すら与えない。こんなふざけた国に居るなど虫酸が走るし、存在自体が憎らしい。なら、裏切るしかないではないか!」
鋭い眼光が三人に向けられる。
「貴様等もよく考える事だ! この国に尽くすべき価値があるのかを。見捨てるという選択肢もあるのだという事を!」
三人は沈黙した。ニューポート辺境伯の思いが、彼等は理解出来てしまうからだ。
貴族達による専横が続き、働きに報いない国。こんな国に尽くして、自分達に利があるかと言えば、不利益の方が大きい。
献身と努力を食い潰され、使い潰され、塵の様に捨てられて終わってしまうのが目に見えている。
国は所詮箱だ。利より不利益を被るのなら、他の利ある国に行くのが得策だ。
ニューポート辺境伯は、利ある国に行く事を選んだのだ。連合王国という国の滅亡を手見上げに。
ベリー将軍もクライヴも、一瞬、迷いが生まれ、裏切りという単語を脳裏で反芻させてしまう。やはり、前線で戦って来た者として、思う所がやはりあるのだ。
しかし、ランスロットは違う。国を裏切れない確固たる理由がある。
「ニューポート辺境伯……私はアン王女殿下に忠誠を誓った臣です。故国を裏切る気はありません」
「そこまでの価値があの王女にあるとは思えんが……」
「いえ、あります! 彼の方は、国を導くに足る力がある。まだ未熟な部分はあるでしょう。ですが、国を変革し、将来は良き国の母となると、私は確信しております!」
憂い無く、迷い無く、濁り無く、晴れた瞳で、自信ある口調で告げて来るランスロットに、ニューポート辺境伯は一瞬、眩しい物を見た様に目を細めた後、苦笑する。
「あんなか弱い少女が穢れきった国を変えられとは思えないが……まぁ、どうせ死ぬのだ。せっかくだ、あの世で期待はさせて貰おう」
「辺境伯……」
「クライヴ殿、叛逆者にそう悲しい顔をするな。ニューポート兵達を己が目的の為に使い潰したのだ。信頼してきた者達を裏切ったのだ。こんな奴に同情する様では、貴殿の品位が疑われよう」
ニューポート辺境伯は黙って俯き、ランスロットへ目で促す。
「殺れ」
ニューポート辺境伯に促されるまま、ランスロットは剣を抜き、一思いに彼の首へと振り下ろす。
こうして、ユースタス・デューク・ニューポート辺境伯は、罪人として一生を終えた。
誰からも責められる事無く、沈黙の中、静かな空間にて。
裏切り者として処刑されたニューポート辺境伯だったが、遺体は丁重に扱われ、簡易的ながら棺に入れられた。
その光景を眺めながら、クライヴは静かにランスロットへ思いを零す。
「ニューポート辺境伯は尊敬に値する御仁でした。昔は決して国を裏切る様な人物ではなかったのです。そんな人を変えてしまう様なこの国に、希望を抱いても良いのでしょうか……?」
「確かに、この国の未来は決して明るいものではなく、こんな暗闇へと続く道に乗っている必要もありません。別の道に移動するのも良いでしょう」
「しかし、辺境伯は……」
「ええ、辺境伯は間違った道の変え方をしました。到底許されるものではないでしょう。しかし……選択は間違っていなかった。あの方はやり方を間違えただけなのです。別の道に移るのは咎められるべき事ではなく、選択肢としてその様なものがあるのは事実です」
ニューポート辺境伯はやり方を間違えただけだ。おそらく、ランスロットもアン王女という存在が居なければ、連合王国から別の国に移っていた事だろう。ただ、ランスロットは運が良かったのだ。良き出会いに巡り会えたのだから。
クライヴはそんなランスロットの生き方が羨ましかった。
しかし、その在り方は余りに眩しい。
「サルフォード卿はやはり、この道を進まれるのですか? この先が暗く見えない、連合王国という道を」
「アン王女が次期女王、国に縛られる存在となる以上、私はこの道を進み続けるしかありません。私は殿下の騎士、忠実なる臣、そうなると決めたのですから」
「逃げたくはならないのですか?」
「なりはします。ですが……暗いからといって、道が途切れているという訳ではありません。なら、明るく照らすよう尽力すれば良い。幸い、殿下は若く、故に余計な柵が無い。白いキャンパスを黒く染めさせず、多彩な色で豪奢な絵を描かせる。それこそ、私の仕事だと思っております」
「薔薇の道ですね……」
「ええ……ですが、それが私の決めた道ですから」
この人は、本当に強い人だとクライヴは思う。どれ程、忠誠を誓おうと、此処まで付き合う者など極稀だ。
ランスロットは真に騎士なのだろう。主君に支え、護り、共に歩む。何があろうと裏切らず、側にあり続け、それ等に命を懸ける。簡単に真似など出来ない生き方だった。
まだ迷いはある、逃げたい気持ちはある。だが、このまま祖国を見捨てる気にも、クライヴはなれなかった。
結局、この国は自分の祖国であり、愛すべき故国なのだから。
「サルフォード卿……不肖な身ながら、貴方の道行きに、私も同行させて頂きたい! 共に殿下を御支えする事を誓っても良いでしょうか⁈」
「宜しいのですか?」
「構いません。それに……父も同じ選択をするでしょう。準じねば、親不孝者と嘲笑われる事になります」
「……解りました。宜しくお願いします、グライヴ殿」
「こちらこそ」
改めて、新たな気持ちを持って、強く握手を交わした二人は、互いの意思を確かめ会い、同志を得た。
「差し詰め、今は帝国軍をどうにかしなければなりませんね、サルフォード卿」
「そうですね。先ずは、目の前の脅威を取り除かねば」
そう言ってベリー将軍の下へと向かうランスロットの背中を眺めながら、グライヴはニューポート辺境伯が入れられた棺へと目を向ける。
「やり方を間違えた、か……本当に、裏切るという選択肢は取って欲しくありませんでしたよ、辺境伯……」
ニューポート辺境伯ですら裏切った。なら、おそらく更なる裏切り者が国から現れる可能性は高い。自分ですら、一生裏切らないという確証をもつ事は、クライヴも出来そうになかった。
此処で、彼はふと気付く。
(本当にニューポート辺境伯が裏切り者だったのだろうか……? いや、裏切りはしたのだろう。しかし……よくよく考えれば、この戦い、少し妙な所が沢山ある。辺境伯だけではどうしようもない事が)
一件落着の様に見えるが、微かに見えた蠢いている何かに、クライヴは僅かな薄ら寒さを覚えた。




