1-22 見えぬ脅威
夜、次戦の勝利を喜ぶ暇もなく、再び軍議が開かれた連合王国軍だったが、どうやら気にせずに済みそうもない。
口火を切ったのは、危うく窮地に晒されそうになったニューポート辺境伯であった。
「今回の敵の動きはおかしい。何故、サルフォード卿の【精霊術】を警戒すらしていなかったのだ?」
昨日、あれだけの痛手を被ったにもかかわらず、帝国軍は足の遅い、しかも貴重な最大戦力たる重装歩兵を全て送って来た。考えられる理由は、恐るるに足らずと考えたのか、サルフォード卿の【精霊術】の弱点に関する情報を入手していたかである。
だが、ランスロットが『大精霊』の力を借りたのは〔チップ島の戦い〕のみであり、簡単に弱点を漏らしたり、話したりする様なヘマを彼がする筈も無い。
つまり、弱点を知り得るのは此処に居るサルフォード卿自身を含めた四人。考えられる可能性は限られる。
「この中に、帝国と通じている者が居るかも知れません」
ランスロットの意見に、他の三人は沈黙し、唸る。
「サルフォードの坊主の意見が的確だろうな。内通者でも居なければ説明が付かん。第一、戦い前に知っていたのなら、そもそも初戦であんな無様は晒すまいよ」
「つまり……この戦いの最中に情報を仕入れた者が内通者という訳ですか……」
「なら、容疑者は俺とクライヴだな。ベリー将軍は事前に知っておったのだろう?」
「いえ、私がこの弱点についてベリー将軍に話したのは今回が初めてです」
「つまり、俺とニューポート辺境伯とクライヴ殿の三人が疑わしい訳だ。術者当人なら、戦い前にバラしとるだろうから、サルフォードの坊主のみが無実という訳だ」
状況はかなり悪い。互いに疑心暗鬼と険悪な空気が流れ始める。しかし、このまま内通者を野放しにしておく訳にもいかず、何かしらの反応を探る為にも起爆剤は投下すべきだった。
とはいえ、三人共に目立った反応は無い。無駄骨であったかもしれないが、互いを警戒し合わさるという意味では効果はあったろう。
こうして、再び解散した四人だったが、心中に抑えられぬ騒がしさがあるのはどうしようもなさそうであり、互いに一言も会話をする事はなく、各々のテントへと戻っていった。
内通者の一人を除いて。
帝国軍本陣においても、再び開かれた軍議だったが、此方も当然、話題となるのは何故、敵の『大精霊』の術者の弱点を知り得たか、という事であるが、〔チップ島の戦い〕の帰還兵から聞いた、とカルロスが告げた事で、皆一様に納得した。
「『大精霊』の術者が居ると分かった時はヒヤリッとさせられましたが……やはり、強力な力にはそれなりの代償が付き物、という事でしょうなぁ……」
「サラゴサ将軍の言う通りですが……残念ながら、私が得た情報では、明日には復活してしまうとの事です」
「カルロス殿下の情報が正しいとすれば、確かに今日敵に大打撃を与えられなかったのは痛いですね」
「ま、戦いはまだ始まったばっかだ! そう心配しても仕方ねぇでしょう!」
ガハハと豪快に笑うブルゴス将軍をウエルバ将軍が睨んで、当分は小競り合い程度に済ませて様子を見るという結論で締めくくり、この会議は御開きとなった。
そして、昨夜の様に、カルロスは鳥籠を持って人気の無い場所に出ると、丁度内通者からの伝書鳩が到着した所であった。
「やっぱりなぁ……通りで、色々とおかしいと思っちまう訳だ」
「兄上……⁈」
背後から現れたフィリペに、カルロスは面食らう。
「何故、此処に居られるのですか⁈」
「何故って……お前が何かしら企んでいる様だから、何なのか確認しに来ただけだ」
これには、カルロスは暫く唖然と固まると、大きく溜め息を零し、諦め、フィリペへと向き直す。
「いつから、お気付きに……?」
「此処での初戦だな。敵の動きに、色々とおかしい所があり過ぎた。で、今日だ……お前が『大精霊』の術者の情報を忘れていた、というのが解せなかった。真面目なお前が、だぞ?」
「私だって完璧ではありません。ふと大事な事を忘れる時だってありますよ」
「そうだな。だが……サラゴサの爺さんの動きはどう説明するんだ? 流石に退き際が良すぎるぜ、ありゃあ……敵ニューポート軍攻撃中に片翼が援軍に来たからって直ぐに退くか? 爺さんもグルだろ」
「やはり、兄上には敵いませんね……」
苦笑を零した後、カルロスは瞳を鋭く輝かせる。
「そうです、敵に私の内通者が居ます。手筈はこう、内通者が連合王国軍を意図的に負けさせ、我々は王都まで進軍し、ある護身を捕らえる。それこそが内通者からの要求でもあります」
「誰……とは、聞かなくても大体察しは付くな」
「ええ、ご明察通り、連合王国次期女王アン・イングレス・ユニオン……我々の最終目的は王女の捕縛という訳です」
次期女王を捕まえたとなれば、フィリペ達の武勲は比類無きものとなる。王都も陥落させたのだから、皇帝が彼等を糾弾する理由すらない所か、名声によって皇帝を窮地に貶める事も、上手くすれば可能となる。
王都を陥落させたからとはいって、連合王国が滅亡する訳でもない以上、唯一の王女も消え、おそらく内通者の思惑通りにも事が運ぶのだろう。
「まったく……大それた事を考えるもんだな。いつから内通者を作ってやがった……?」
「出兵が決まる前から連絡は取り合っておりました。兄上が動こうとしないのなら、不肖の身なれど、自分が動くしかないと思いましてね」
「皇帝位の簒奪か……確かにお前なら申し分ないだろう。俺なんかよりな」
カルロスなら名声もあり、指導力もある。人望もあり、顔も良く、礼儀正しく、品行方正。民に好かれる君主となるだろう。
「本当、亡命なんかより、かなり無茶な目標だが……結果だけ見れば有益だな。俺も粛清されずに済み、引き篭もり生活を続けられる」
「もし、私が皇帝になれば、兄上を馬車馬の様にこき使いますよ。何なら、宰相位を与えても良いですね」
「止めろ! 絶対に止めろっ! そうなったらマジでお前とは口聞かねぇぞ‼︎」
「解りましたよ……それに、全ては計画が完遂したらの話ですしね」
権力という名の菓子すら手に入れて居らぬのに、分け方を考えるなど愚かな話だ。
フィリペは目に鋭さを光らせると、カルロスを見やった。
「で、具体的にはどんな計画を練ってんだ……? 協力はするから全容を教えてくれ」
こうしてカルロスから語られた内容に、フィリペは先ず呆れ、次に頭を抱え、最後に嘆息を零し、面倒臭さという悪臭に悩まされる羽目になりそうだと、少し聞いた事への後悔が生まれたのだった。
次話投稿まで暫く御待ち下さい。




