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五大国戦記  作者: 我滝 基博
第1章 忠義の騎士と怠惰な皇弟
23/33

1-20 皮肉な戦い

 夜、初戦で手痛い痛手を負った帝国軍では、重々しい空気が流れていた。


 騎馬隊が二割にまで減った事が、やはり無視出来なかったのだ。


 主力の重装歩兵がほぼ無傷なのが救いであったが、足が遅く、侵略には不向きである。まして、敵に水の『大精霊』から力を借りられる者が居るとなれば、先の騎馬隊の二の前になるのは確実だろう。


 兵站線が心許無く、時間経過に比例し、物資の量も減少してしまうのだから時間もない。


 数々の制約の中、打開策を考えねばならないという焦燥感に、フィリペ達は悩まされる羽目となった。



「はぁ……やってられん。『大精霊』の使い手とか反則だろう!」



 最早、ブルゴス、ウエルバ両将軍の前でも素を出し始めたフィリペに、カルロスはやれやれと頭を抱えたが、先の罠を看破した実績により、二人の将軍からの印象は好意的割合が増えていた。



「この身で『大精霊』の術を受けてみましたが……あれは凄まじかった。かなり強力ですぜ」


「しかし、絶大な威力を誇る分、おそらく連発は出来ないでしょう。その隙を突ければ問題はないかと」


「ブルゴス、ウエルバ両将軍の意見は(わか)りました。問題なのは、その隙のタイミングを如何(いか)にして計るか、という訳ですか」


「カルロス殿下、それはなかなか難題ですなぁ……」


「ええ……ですがサラゴサ将軍、攻略せぬば、勝利自体はあり得ません」



 『大精霊』の術者を相手にどうするべきか白熱した議論を交わす四人の将軍の横で、フィリペは気怠そうに椅子に座り、頬杖をついた。



「『大精霊』の弱点。それが(わか)らん事には、やっぱ、どうしようもねぇなぁ……」



 先にも述べた通り、重装歩兵は基本、防衛戦向きの兵科である。侵略戦ではどうしても侵攻速度がモノを言うため、足が遅い兵士では時間と物資を無駄に浪費してしまう危険がある。兵站線が長くなるのだから尚更問題だろう。


 だからこそ、こんな所で足止めを食っている訳にはいかないのが、『大精霊』の攻略無しに、この戦場で勝利するのは困難であると言える。


 結局、何ら有益な打開策も決められず御開きとなった会議の後、三人の将軍達を見送り、フィリペは更に気怠そうに机に突っ伏し、カルロスはそれに苦笑を浮かべる。



「最早、だらし無さを隠す意味も無くなりましたね。まぁ、両将軍の態度は良好となったので、結果良ければ全て良し、でしょうけど」


「性格を隠す気持ち的余裕も無い……厄介な侵略戦で、厄介な敵が居るんだぞ? もう、働くのも億劫(おっくう)だ……よしっ! 諦めて降伏しよう! 白旗揚げて亡命しよう! それが最適解だっ!」


「まだ、本戦の初戦が終わっただけじゃないですか。幸い、兵の死者も少ないですし、諦めるにはまだ早いですよ」



 嘆息を(こぼ)すカルロスに、フィリペは顔を上げて非難がましく細めた目を向けた。



「弟よ……君はいつから薄情な人間になってしまったのかね? 死者が少ないからって、より死者を増やす行いを許容するのは、人道に(もと)る行為ではないかね?」


「そうですね……負けも確定していないのに降伏する様な大将を、他の将軍達が認めてくれるなら、その選択も良いでしょう。ただ……」



 カルロスは、白旗を握り掛けている総大将に、有無を言わせぬ不敵な笑みを向ける。



「それでも、戦意豊かな兵士に刺されない、という保障も無いですが……」



 脅迫紛いだが、将来起こる可能性としては十分にあり得る。真面(まとも)に戦わずに退()く、など騎士階級や武人の誇りが許さぬだろう。軟弱な大将を殺して、勇気と自尊心に溢れる将を後釜に添えようとするに違いない。


 この未来図に、フィリペも瞬時に気付いたのだろう、先程より更に気怠気怠しい空気を垂れ流し、再び机に突っ伏した。



「こんなんだったら、最初っから亡命しときゃ良かった……弟の口車に乗ってしまった俺が馬鹿だった、チクショウ……」



 ドンヨリッとした空気がテント内に充満し始めた事で、居心地が悪くなったカルロスは、やれやれと肩をすくめながらこの場を後にした。


 こうして、星空の下、人気の無い場所まで歩いた彼だったが、その手には一つの鳥籠が握られていた。


 カルロスは鳥籠から鳩を取り出すと、足に付けられた小さな筒へ、胸ポケットから丸まった小さなメモの切れ端を入れる。



「さて……そろそろ、良い返事はくれるだろう……」



 そして、カルロスのメモを携えた鳩は、上空へと投げ出され、飛び立った。()()()()()()()()()()()と。



「こんな事を知ったら、兄上は失笑するのだろうな。実は、()()()()()()()()()()()であるだろうとは、夢にも思いはしないだろう」



 鳩が飛び去った先、連合王国の陣を眺めながら、カルロスはふと、皮肉気な苦笑を浮かべるのだった。




 夜、初戦を勝利で飾った連合王国軍では、大きい緊張感は残りながらも、僅かな余裕を感じる事が出来た。


 帝国騎馬隊をほぼ壊滅させる事に成功し、脅威たるは足の遅い重装歩兵のみ。上々の滑り出しだと言えたのだ。



「シーブリーズでは手痛い敗北を受けた。これで精算された訳でもなく、俺自身の手でやれた訳ではないが……死んでいった同胞の手向けにはなるだろう」



 こう感慨深く浸ったニューポート辺境伯は、初戦の功労者たるランスロットへと視線を向けた。そこにはもう警戒や軽蔑は無く、あるのは純粋な感謝と敬意のみであった



「サルフォード卿、先の出会い頭に冷たく扱った事を謝罪する。申し訳ない……」



 頭を下げようとするニューポート辺境伯を、ランスロットは片手で制する。



「いえ、素性も詳しく知らぬ中央の者を信じれぬのは至極当然。逆に疑わせる程の蛮行を繰り返す政治中枢に、末席ながら居座る者として、申し訳なさが積もるばかりです」


「卿の責任は微塵もあるまい。貴殿は王女殿下の騎士、あの方を守護する事こそが本分。政治に口出しなど出来る筈が無いのだからな」


「しかし……」


「二人共にそこで止めてくれんか? 謝罪のし合いなど見ておれんし、これで会議が長引いては目も当てられん」



 呆れて溜め息を(こぼ)すベリー将軍に、ニューポート辺境伯とランスロットは、少し気恥ずかしくなったのか黙り込み、クライヴの進行と共に話が始められる。



「初戦は勝利出来ました。カーム川の仕掛けが看板されたのは痛いですが、サルフォード卿のお陰で騎馬隊を叩けたのは大きいでしょう」


「いえ、『大精霊』という手の内を明かしてしまいましたし、何より主力の重装歩兵を無傷で残してしまったのが残念です」


「しかも、『錬成武器』の使い手が敵に居る事が判明しちまったからな。これは厄介だ」



 頭を掻くベリー将軍に、ランスロットとニューポート辺境伯は首肯し、クライヴも悩ましい気に少し唸った。



「『錬成武器』の使い手が敵に居るとしても、サルフォード卿が居れば互角には相手出来る筈ですが……」


「残念ながら先程の大規模なものとなると二日に一回。更に、その間、私は【精霊術】自体が使えなくなります。それが無ければ互角以上に戦えるとは思うのですが……」


「つまり、貴殿に大規模なものを使わせなければ良い、という事だな?」


「いえ、更なる問題として、普通の【精霊術】を使った後にも、大規模な【精霊術】も使えなくなります。【精霊術】を少し使用するだけでも、戦術的打撃は与えられなくなるのです」



 『大精霊』の【精霊術】といえど、万能では決してない。大規模なものを使えば当然に反動があり代償もある。無闇矢鱈(むやみやたら)に大技を使う事など出来ない。



「サルフォードの坊主がわざわざそんなものを使わずに済めば良いだけの話ではあるのだが……」


「それでは、敵重装歩兵が叩けません。普通の【精霊術】での対抗策が無い以上、サルフォード卿の力は必須です」


「何もサルフォード卿にわざわざ使わせずとも、『大精霊』の術者が此方(こちら)に居るというだけでも敵の選択肢は狭められる。下手に使わせず、切り札として取っておけば良いだろう」


「ニューポート辺境伯の言にも一理ある。個の実力に頼っている様では、我々にも情け無さが湧くからな。サルフォードの坊主自身としてはどうだ?」


「それが落とし所かと思われます。私の【精霊術】は切り札として温存しておき、いざという時に使いましょう」


「よしっ、決まりだな。当分は従来の【精霊術】を主軸とし、地形の優位を利用した戦法で行くとしよう」



 一通りの結論を出し、テントを出て行く諸侯。ランスロットはこの場にやる事があると残ったが、ベリー将軍達は指揮を部下達に任せ、僅かな休息へと就寝場所へと向かった。


 ()()()()()()()()


 ランスロット達と別れた後、男は人気の無い場所に居た。


 帝国軍の陣からやってきた鳩を捕まえると、その足に付いていた入れ物からカルロスのメモーー手紙を取り出し、内容を読み、ニヤリッと笑みを浮かべる。


 そして、返事として、既に書いていた小さなメモを鳩の足の入れ物に入れ、そのままカルロスへと帰して行った。


 内通、裏切りという名の毒が、勝利を敗北へと変異させるよう、ジワジワと連合王国軍を蝕み始めていたのである。

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