1-19 一騎討ち
先ず最初に動いたのはベリー将軍であった。
ブルゴス将軍へと迫った彼は、横薙ぎの戦斧の振りを下へと躱すと、追随して発生する雷撃を避け、懐へと潜り込み、相手の右脇から左肩にかけて剣を振り上げる。
それをブルゴス将軍は背後に退く事で躱し、振った戦斧を、回転を利用して、また横薙ぎにベリー将軍へ襲わせた。
今度は腰部分を狙われた為に下に躱す余裕が無く、ベリー将軍は背後に飛び跳ねて回避する。
だが、逃げ込んだ先に運悪く『戦斧チャク』の雷撃が飛来し、ベリー将軍はナイフを投げて避雷針にし、何とか身体への直撃を回避した。
その後も、十数分に及ぶ息の吐く暇も無い攻防が続き、これにはブルゴス将軍も感嘆を漏らし、敵への賛辞を送っていた。
「ベリー将軍、貴様もなかなかやるではないかっ! 気に入ったぞ‼︎」
ベリー将軍を余裕ある仕草で賞賛したブルゴス将軍だったが、内心では冷や水が溜め込まれ始めていた。場に孤立して以来、連戦続く中、重い、巨大な戦斧を振り回すごとに、大量の体力を消費し、流石の鍛え抜かれた身体を保有していようと、疲労はどうしても色濃く現れてしまうのだ。
対するベリー将軍も、決して穏やかとは言えない心境であったろう。僅かな戦闘の中で、既に、過剰な集中力と過度な運動によって、急激な体力低下を引き起こしていたのだ。戦斧を躱し切れたのも運が良かったとしか言えなかった
しかし、両者共に退く訳にはいかない。背を見せれば自分は間違いなく死ぬ事になるだろう。易々と退かせてくれる程に甘い相手ではなさそうだ。
同時に冷や汗を流し、暫く睨み合った両者だったが、直ぐにまた斬り合いが再開された。
ブルゴス将軍が戦斧を横に振り回しながら、雷撃を振り撒き、回転の威力を使って上段に上げ、ベリー将軍へと振り下ろす。
紙一重で其れを避けながら、雷撃も華麗に躱して、大技の隙を見て、ベリー将軍はブルゴス将軍へと接近する。
ブルゴス将軍はこれに対し既に読んでおり、尋常ならざる筋力で戦斧を地面衝突前に止めており、横に大きく振ってベリー将軍へと突撃させた。
避けきれないと悟ったベリー将軍は、剣を横に構えて両手で支え、強烈な一撃を受け止め、幸いにして無理して発せられた攻撃であった事から威力は然程もなく、少し押し進められる程度で済んだ。
互いに息の荒さが目立ち始めながらも、一歩も讓る気配の無い攻防。
疲労困憊、腕が痛む、足が軋む、汗が止まらない。
吐きそう、倒れそう、様々な悪因を振り払って、意地と根性のみで身体を支える二人だったが、いい加減に決着は着けねばならない。
「ベリー将軍……見事な戦いぶりだった。俺の猛攻をこうも凌げた奴は始めてだ! 冥府への見上げ話になるだろう」
「お褒め頂き恐縮だが……ブルゴス将軍、冥府の土産を手にするのは貴殿だろう」
「言うてくれる。だが……そろそろ終わらせはするとしよう」
ブルゴス将軍が大きく戦斧を振りかぶる。
「そうだな、終わらせよう……」
ベリー将軍が剣の切っ先を敵へと向ける。
こうして三度目の沈黙が空気を冷やし、緊張感と張り詰めた空気が充満する中、遂に両者共に駆け出し、互いの胴目掛けて武器が振られた。
その時、両武器が敵の身体を斬り刻まんとした直前、帝国軍本陣から撤退の笛の音が鳴り響く。
「どうやら、決着は後日となりそうだ……」
「残念だ。此処で『錬成武器』の使い手を減らせたんだがな」
互いに相手の命を、腕の一振りで刈り取れるという状況でありながら、同時に武器を退き、ブルゴス将軍は戦斧を肩に掛け、ベリー将軍は剣を鞘に収めた。
「ベリー将軍、再戦の日まで死なんでくれよ」
「そっくりそのまま返させて頂こう」
互いに笑みを零し、何事も無いかの様に去るブルゴス将軍と、それを全て終わったかの様に見送るベリー将軍。
これには、周りに居た連合王国兵達は納得いかず、一人の兵士がベリー将軍へと駆け寄った。
「閣下、悠々と帰して宜しいのですか⁈」
「この場に居る俺以外の全員が死んでも良いって言うんなら追撃しても構わん」
ベリー将軍は今まで溜まっていた疲労を吐き出す様に、地面に座り込んだ。
「手負いの獅子ほど怖いものは無い。自滅覚悟の大暴れで此方の戦力の二割は潰せるだろうよ。だから、総大将たる俺が一騎打ちを買って出たんだろうが」
大きく溜め息を吐いた後、ベリー将軍は頭を掻く。
「奴が連戦後でなかったなら、俺の胴はとうに切り離されていただろうよ。危うく、戦いに集中し過ぎて思考まで停止させ、向こう見ずに突っ走る所だった。恐ろしい男だ」
運が良かった。そう思わずに居られなかったベリー将軍。彼にそう言わしめたブルゴス将軍は、味方陣地に戻った瞬間、ベリー将軍と同じく地べたに座り込んだ。
「ヤバかったな、ありぁ……紙一重で首の皮一枚。飛んだ武人が連合王国にも居るもんだ」
流され損なった帝国兵で唯一の生き残りとなってしまった。敗北を喫してオメオメと帰還させられる羽目になった事に屈辱感も湧くが、自慢の一騎打ちで、敵総大将を討てる機会を逸したのが一番悔やまれる。
「シド・ベリー……次こそは負けんぞ!」
〔カーム川の戦い〕初戦、帝国軍死者二三〇名、連合王国軍死者一〇六名、総兵力からの損耗比率はほぼ同等であったが、数の上でも、戦術的意味においても、連合王国軍の勝利に終わった。
これで、帝国軍は騎馬隊の大半が機能不能に陥り、苦しい戦いを強いられる事となる。




