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五大国戦記  作者: 我滝 基博
第1章 忠義の騎士と怠惰な皇弟
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1-18 猛虎の起床

 敵の逆撃を警戒しつつ、カーム川に流された味方を救出させながら、フィリペは敵本陣を見上げ、眉をしかめる。



「まったく……まさか《チップ島の守護者》が敵に居るとはな……これは益々面倒な事になったぞ」



 頭を掻き毟り悩みに悩むフィリペに、サラゴサ将軍がコロコロと笑いを浮かべて現れる。



「いやはや、総司令官というのも大変ですなぁ〜」


「他人事だと思って笑わんで下さいよ、サラゴサ将軍。というか、不謹慎じゃないですかね?」


「確かにそうですな。これは失敬……」



 そうは言いながら何処(どこ)か楽しそうなサラゴサ将軍。フィリペが真剣に戦術、戦略を練るのが余程に嬉しいらしい。



「で、サラゴサ将軍……何か用があって来たのでしょう?」


「そうじゃった、そうじゃった。被害状況が(わか)りましたのでな、伝えに来たのです。取り敢えず、ウエルバ将軍は無事。負傷はしとりますが、大した事はないそうです。あと、見た目程に死者は出ておりませんぬ。流れた者達より、流れ損ねた者達の方が死者が多いでしょう。ただ……馬の損失は無視出来ませぬ。三割が死に、五割近くが負傷、骨折が主です。騎馬隊はほぼ戦力にはなりますまい」



 現在、帝国軍の兵站線は長い。そのため、医療物資も少なく、当然巨体の馬を治す薬などは手元に無く、確保も容易ではない。怪我をして動けなくなった馬は、荷物にもなってしまう事から、殺して食料にするのが戦場の基本である。


 つまり、サラゴサ将軍の言う通り、騎馬隊は最早真面(まとも)な機能を果たしはしないだろう。



「騎馬が駄目になったか……チクショウ、更に面倒事が増えちまった‼︎」



 難題が次々と突き付けられる現状に、フィリペは頭を掻き毟って気を紛らわせようとするが、落ち着く前に、髪の毛が粗方落ちそうである。



「重装歩兵だけで対処となると、逆撃が難しい。重装歩兵は敵を迎え撃つのには向いているが、攻撃には向かないからな。本当なら侵略自体にも向かないんだがなぁ〜……此処(ここ)で騎馬が使えなくなるのは痛い! 補給の都合上、此方(こちら)は時間が掛けなれないってのに!」



 また悩まし気に頭を掻き毟ったフィリペだったが、再びサラゴサ将軍がコロコロと笑い始めたので眉をひそめる。



「さっきから何なんですか、将軍……?」


「これは重ね重ね失敬を……いえ、全てカルロス殿下に任せると仰られていたのに、結局はフィリペ殿下が主導なさっておるな、と思いましてな」


「……ゲッ! 本当じゃねぇか‼︎」



 今更自分の失態に気付いたフィリペだったが、おそらく首を深くまで突っ込み過ぎた。今更引っこ抜けなさそうだ。隣に居続けていたカルロスはおそらく気付いていただろう。途中からニヤニヤしていた記憶が、フィリペにはあった。



「カルロスの野郎……結局、俺に全部仕事を任せる気か……」


「気付かなかった殿下の自業自得で御座いますよ」



 面倒事量産装置たる弟に、フィリペはギリギリと歯軋りを起こしつつ、サラゴサ将軍からはまた愉快そうにコロコロと笑いが(こぼ)された。



「カルロスめ……帰ったら覚えとけ⁈」


「ならば差し詰めは勝たねばなりませぬな」


「こうなったら仕方ない……粛正されたくもねぇし、勝つため努力してやるか! で、帰ったらまた部屋に引き篭もって、過剰な疲労を味合わされた分、惰眠を貪ってやる‼︎」



 本当にだらしの無い決意を吐いたフィリペだったが、この時、まだ名前が挙がっていない人物がいる事を思い出す。



「そういえば、ブルゴス将軍は? カルロスは敵警戒に当たらせているが、ブルゴス将軍はウエルバ将軍と共に攻め込んだ筈ですが……」


「そういえば()りませぬな……まさか、流され損ねたのでは?」


「流され損ねたって……不味く無いですか?」


「うむ……不味いかもしれませぬ」



 腕を組み、軽く唸った二人だったが、踵を返し、即座に本隊へと戻って行った。




 流れ損ねた帝国軍の掃討を開始した連合王国軍だったが、予期せぬ事態に悩まされる羽目に遭っていた。帝国軍将軍ブルゴスまでもが残っていたのである。


 普通であれば敵の将を捕虜に出来ると喜ぶべき所なのだが、連続して轟く雷鳴が、連合王国軍に苦痛と悲鳴の種を量産されていた。



「どうした連合王国の兵士供‼︎ 貴様等の力はそんなものかぁあっ‼︎」



 背負っていた巨大な戦斧を振り回し、連合王国兵を数人纏めて両断したと思ったら、同時に周辺へと落雷が飛来する。


 帝国が有する【錬金術】という奇蹟において、特殊な武器を作り出すという性質も存在する。その武器は扱いが難しく、使える者が極僅かである事から、九割もの奇蹟の産物が蔵に眠っているが、残り一割のうち一つを有する者がこの戦場に一人居た。


 『戦斧チャク』、雷撃精製の能力を持った【錬金術】の賜物を、ブルゴス将軍は連合王国兵達へと死を持って叩き付けていたのである。



「チッ、『錬成武器』の保有者が残ったのは予想外だ」



 ベリー将軍がブルゴス将軍を見下ろし、不快に舌打ちしたが、このまま味方を削らせ続ける訳にもいかない。彼は剣を抜き、一人で駆け着けると、兵を退()かせ、暴れ回る猛虎の前に佇んだ。



「帝国軍の将軍とお見受けする!」



 礼節を持って相対したベリー将軍に対し、ブルゴス将軍は戦斧を肩にのせ、姿は尊大ながら、逸脱した無礼は示さなかった。



「エスパニア帝国将軍ウーゴ・ベルナス・ブルゴス! 総大将のシド・ベリー将軍だな、何用か?」


「これ以上、部下が無為に殺されるのは見ておれん。一騎打ちを所望する!」



 切っ先を向け、戦線布告するベリー将軍に周りは騒めいたが、ブルゴス将軍は愉快そうな高笑いを始める。



「一騎打ちとは勇猛だな。勝てるとでも?」


「やってみねば(わか)るまい」



 不敵に笑みを向け合う両者。体格的にはブルゴス将軍に軍配が上がり、彼の一方的な勝利が予見されるだろう。


 しかし、ベリー将軍は本来、後方で戦術、戦略を練る策士ではなく、最前線で兵士達と共に剣を取って、周りを鼓舞して活路を見出す勇士であった。『錬成武器』を持つブルゴス将軍であっても、ベリー将軍を簡単に倒す事は出来ないであろう。


 だからこそ、ベリー将軍も一騎打ちにして兵の損耗を減らしたかったのだ。


 こうして、数分の睨み合いが続いた後、二人の将による壮絶な殺し合いが始まった。

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