1-17 大精霊
【精霊術】。炎、土、風、水の四元素を操る奇蹟だが、術者は少なく、一人一属性しか操る事が出来ない。というのも、【精霊術】は『精霊』と呼ばれる希少な上位存在から力を借りる事によって行使可能であり、術者と親和性の高い『精霊』の属性によって使える術の種類も確定する為である。
そんな『精霊』の中で、特に力の強い『精霊』を『大精霊』と呼び、四属性の『最高位精霊』がそれに該当する。
炎の最高位『サラマンダー』、土の最高位『ノーム』、風の最高位『シルフィード』、そして、水の最高位『ウンディーネ』である。
そして、水の最高位『ウンディーネ』の力を唯一借りられる人物こそ、ランスロット・サルフォードという青年騎士であった。
剣を空に翳し、切っ先には、みるみるのうちに巨大な水の球が出来上がる。直径が八十メートルはあるだろう。
これには、連合王国軍へ向け進軍していたウエルバ、ブルゴス両将軍達も唖然と口を開き、直ぐに足を止めて、馬を翻す。
「総員、退けぇええええっ‼︎」
彼等は即座に察したのだ。カーム川上流の水溜めは前座に過ぎない。これによって罠の可能性を捨て後腐れ無く攻めてきた帝国軍を、勾配上からの『大精霊』の術によって殲滅するのが敵の真の狙いであったのだという事を。
「もう、気付かれたか。流石に上手く事は運べんな。カーム川の水攻めも看破され、結局第二案目を使う事となった。何より、重装歩兵も温存されたのが大きい。やはり、先の丘にて、多少の犠牲覚悟で一戦すべきだったか?」
「ベリー将軍、問題はありません。これで敵の力量も判り、騎馬隊はどの道叩けます。何より……今逃げた所でもう遅い」
詠唱も無く形成された巨大な水球。それを、ランスロットは逃げ行く帝国兵達へ向け振り下ろす。
帝国軍の直ぐ背後に激突した水球は、津波となって、勾配を駆け下り、ウエルバ、ブルゴス両部隊を飲み込み、カーム川へと押し流した。
〈大海〉、最高位の【精霊術】が、敵総数の半数近くを襲ったのである。
帝国兵達を飲み込んだ波は、カーム川へと突入し、対岸に激突した後、流した兵士と馬達を輩出しながら、下流へと流れていった。
こうして、勾配には流され損ねた僅かな帝国兵だけが残り、この機を逃す事なく、ベリー将軍は手を挙げ、振り下ろす。
「全軍、突撃ぃいっ‼︎」
両脇を通り、残った敵の掃討に動いた連合王国軍を眺めながら、ベリー将軍は隣で座り込むランスロットへと視線を向ける。
「御苦労だったな、サルフォードの坊主。お陰で帝国の騎馬隊は粗方潰せただろう」
「大技を使ったので、私はもう疲れて動けませんが……」
「【精霊術】は体力を消費する。『大精霊』の物ともなれば尚更な」
「代償無しに奇蹟は起こせない、という事でしょう」
「たが、それを無視出来る程、『大精霊』の力は強大で、それを扱うお前の手腕も見事だ。通常より長い詠唱時間を有する『大精霊』の術を、詠唱無しで行使出来るのだからな」
「私の力など、この術無しでは常人よりマシ程度ですよ」
「そんなマシ程度の奴が、《チップ島の守護者》などと呼ばれはせんよ」
チップ島、ランスロットを評する際に必ず出される話題、〔チップ島の戦い〕が行われた島である。
帝国で言う⦅無数の島々⦆に位置するこの島は、連合王国領であり、帝国との国境線からは大分離れ、外敵からの侵攻を一度も受けた事が無い平和な島であった。
しかし、そこを帝国軍により奇襲された。
チップ島は、島々の西隅に位置するため、国境線を大きく迂回した帝国軍によって、上陸作戦が展開されたのだ。
そこに運悪く視察途中だったのがアン王女であった。或いは、国内貴族による謀略による必然であったかもしれないが、事実として彼女がこの時この島に居た、というのが不幸な事態であり、危機的状況であったのは間違いない。
"ランスロットが居なければ"。
先ず、島に侵攻した敵を王女の影武者を使って誘き出し、海岸へ誘導。そこをランスロットの【精霊術】を使って海から津波を起こし、壊滅させた。
フィリペ程に緻密で計算された作戦では無いが、一撃で戦況をひっくり返せるという意味において、彼は恐ろしい存在なのだ。
「これで帝国軍への宣伝にもなっただろう。これで武器を下げてくれると良いが……難しいか」
「ええ……ですが、初手は成功と言って良いでしょう」
取り敢えずは安堵する二人。初期の作戦は失敗したが、第二の作戦が成功し、帝国騎馬隊に大打撃を与えられた。
流された者達も少なからぬ死者を出し、死んでおらずとも疲労と傷は無視出来ない。更に、流されずに済んだ者は直接掃討し、全滅。
重装歩兵が来ていれば、流されはしなかっただろうが、テストゥドは完膚なきまでに崩され、この隙に【精霊術】を降らせて壊滅させられた。
第二の作戦も思惑通りとは行かなかったが、だからこそ得られたものもある。
「ベリー将軍……我々は侮っていましたね」
「ああ、皇族と思い、温室育ちのボンボンと侮った。とんだ曲者だったな、フィリペという男は」
「これは、一筋縄では行かないかもしれませんね……」
対岸の敵本陣を見下ろしながら、眉をしかめた二人。確かに騎馬隊は潰せたが、まだ彼方には主戦力たる重装歩兵が残されている。戦いはまだ、始まったばかりなのだ。




