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五大国戦記  作者: 我滝 基博
第1章 忠義の騎士と怠惰な皇弟
19/33

1-16 カーム川の戦い

 成歴(せいれき)八九三年六月十九日


 遂に帝国軍がヴルゴス将軍の右翼、ウエルバ将軍の左翼を中心に動き出す。


 両翼は三割を騎馬によって構成されている事から優れた機動力を有しているが、当然に軽装歩兵を多数抱えている為に騎馬本来の機動力は活かせない。


 よって、中央の重装歩兵が敵を足止めしているうちに、その両脇を両翼が強襲するという戦法が帝国軍の主流であった。だから足の遅い筈の重装歩兵を先行させ続けて来たのだ。


 だからこそ()せない。何故、今回に限って両翼が先行しているのか。騎馬で陣形を崩しに掛かるにしても、勾配を駆け上がるうちに【精霊術】の猛攻を受けるのは目に見えている筈なのだ。


 ベリー将軍はそんな帝国軍の行動に妙な寒々しさを感じつつも、味方全軍に臨戦態勢を取らせた。


 着々と近付いて来る帝国軍に、連合王国兵達は緊張感で冷やりと汗を流す。


 帝国軍の両翼が次々と川を渡り、対岸へと足を踏み入れる中、ベリー将軍は部下に狼煙を上げさせた。


 "ランスロットが考案した罠を発動させる様、遠くの味方へ合図を送ったのだ"



「……何故だ、何故何も起きん⁈」



 帝国軍がもう直ぐ川を渡り切りそう、という状況になっても何も起きない。轟音もしない、景色も変わらない、"川の水も増えない"。



「"敵が半分近く川を渡り切った後、合図を出し、上流で溜めていた水を放流して敵の一部を流し、前後分断、各個撃破するという算段"だった筈だ‼︎」



 ギリっと奥歯を鳴らしたベリー将軍。彼の語ったものこそ彼等がカーム川を決戦の地に選んだ所以であり、潜ませていた罠であった。


 もし、これが成功していたなら敵の大部分を削れていたことだろう。


 しかし、何故、何も起こらなかったのか。答えは直ぐに(わか)る。


 ベリー将軍達の罠は()()()()()()()()()()()()()()()



「まさか、本当に上流に水を溜めていたとは……緻密に練られた水攻めでしたね。もし成功させていたらと思うとゾッとします」


「敵が退()いて此処(ここ)に来た時点で何かあるとは思っていたが……なかなかに上手い事を考える。有能な敵なんだろうが……これは面倒臭そうだ」



 だらし無く嘆息を(こぼ)す兄へ、カルロスは再び羨望の眼差しを向ける。


(そんな有能な敵の思惑を看破する兄上も凄いのですがね。〔トゥエルノの戦い〕を思い出しますよ……)


 フィリペに於ける美点、彼自身に於ける汚点、〔トゥエルノの戦い〕。神聖インペリウム帝国との間に起きた戦いで、神聖帝国が帝国の街トゥエルノに両国を遮る海峡を渡って攻めてきた事に端を発する。


 当時、この地を守っていたサラゴサ将軍は、奇襲によって先手を取られたまま潰走。戦線を退()げ、陣形を再編したものの、戦力差は敵の二分の一、現在に於ける戦いの連合王国の立場に立たされる羽目となった。


 その時、当時の皇帝ーー先帝たるフィリペの父親は、形だけでも皇族が対応したという体裁を整えるべく、丁度トゥエルノ近くに居たフィリペとカルロスに戦線に加わる様に指示。


 不本意ながらに参加させられた戦いではあったが、彼等、正確にはフィリぺの参加で戦況は逆転する事となった。


 フィリペが立てた作戦により、敵を敗北させ続けたのだ。


 細道に敵を誘導して戦列が伸びった所を、崖の上からの奇襲。


 森に入った瞬間を狙ったゲリラ戦術。


 寝静まった頃を見計らった夜襲。


 嫌がらせ類の作戦の蓄積で敵に疲労と心労を誘いつつ、それが限界に達した瞬間の総攻撃。


 これで戦闘継続能力を砕け散らせ、神聖帝国軍を本国へと撤退させる事に成功。


 終わってみれば、帝国軍死者約五〇〇〇に対し、神聖帝国軍死者約二万という完勝となっていたのだ。


 フィリぺの希望によって、この戦いの功績は全てサラゴサ将軍の物となり、結局は《怠惰な皇弟》という蔑称から逃れる事はなかった。功績を譲った理由が、「名声が上がって面倒事を押し付けられそうで嫌だ!」、であるから、(あなが)ち《怠惰な皇弟》で間違いではないのだが。


 今回は、そんなフィリぺの戦術、戦略家としての有能さが発揮され、連合王国軍の思惑が看破された訳である。



「先ず、敵が一戦もせず退()いた、というのに違和感があった。此処(ここ)から考えられるのが、より勝利を得やすい地形で待ち構える、という敵の思惑だったが、このカーム川の地形を知らされた時に直ぐにある策が浮かんだ。水攻めだ」


「我々が川を渡り切る間に川に大量の水を放流し、部隊を分断する。上流で水を堰き止めておけば、確かに自由に放流は可能となります。しかし、兄上……此処(ここ)等一帯は干ばつで川の水量も減っている筈。如何(いか)にして水を溜めたのでしょうか……?」


「簡単だ、【精霊術】だ。差し詰め、水の【精霊術】で上流に水を溜めておいたのだろう」


「なるほど……干ばつ故に川の水位が低い、という固定概念を敵は見事に突いて来た訳ですか」



 運良くフィリペが看破したから良いものの、もし気付いていなければ戦力が半減しかねない敗北を喫する所であっただろう。やはり、今回の敵は厄介だと、フィリペからは嘆息が再び(こぼ)されたのだが、違和感は残っていた。


(カルロスに言った事は間違いない。実際、上流に水が溜められていたのだからな。だが……これで全てだろうか? 何かを見落としている気がする。だから逃げるのが遅い重装歩兵は残したが……)


 眉をしかめ、対岸の敵を見上げたフィリペは、敵の総司令官ベリー将軍を睨んだが、隣に立つ騎士ランスロットへ自然と目が向いた。



「あの騎士、戦線布告の時もベリー将軍の隣に居たな……今は遠目で見えんが、金髪碧眼だった。正に美青年の鏡、」



 金髪碧眼、この特徴を復唱した瞬間、フィリペの記憶からある単語が引き出された。



「金髪碧眼……〔チップ島の戦い〕……まさか‼︎」



 フィリペの危惧は、浮かんで数秒足らずで的中した。


 ランスロットが剣を掲げたと同時に、()()()()()()が空に形成されたのだ。

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