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五大国戦記  作者: 我滝 基博
第1章 忠義の騎士と怠惰な皇弟
17/33

1-14 最終勧告

 互いに顔を合わせた両国の司令官。(しばら)く、非好意的に睨み合うベリー将軍とカルロスだったが、先ず口を開いたのはベリー将軍であった。



「現在、貴国は我等が領土を侵犯している。この地は連合王国の正統なる統括地であり、これは明らかな侵略行為である。即刻立ち去られよ!」


「それは出来ん! 貴国は我等が領土、⦅無数(インヌメラブレス)()島々(イスラス)⦆を無断で占拠している。それが返却されるまではこの地から立ち去る事はない!」


「島々は我等が固有の領土。侵略による脅しによって奪い取ろうとするなど蛮族の所業! 栄えある帝国がやるべき事とは思えませぬな!」



 この舌戦の勝敗はやる前から決している。帝国のしている事はどう言い繕っても侵略であり、戦いの正当性は防衛側たる連合王国にあるのだ。


 それは当然、カルロスも(わか)っているが、此処(ここ)で「はいそうだ」と認めてしまえば味方の士気に関わる。引き下がる訳にはいかなかった。



「⦅無数(インヌメラブレス)()島々(イスラス)⦆は全て我が帝国が領土! 貴国がどんな戯言(ざれごと)を吐こうとその事実に変わりは無い‼︎」


「貴国がそこまでして退()かぬと言うならば仕方ありませぬ。我々は全力を賭して守り切るまで!」


「宜しいでしょう! 次は戦場で(まみ)えましょうぞ‼︎」



 最後に互いを一層睨み付けたカルロスとベリー将軍は、他の者達と共に馬を翻し、自陣へと向かう。


 最早語るべき言葉は無い。戦いで決着を着けるべき、そう判断した為であった。




 予想よりかなり短く済んだ勧告だったが、ベリー将軍とランスロットの顔は強張り始める。



「まさか……()()()()()、皇族が総司令官とはな……もしかしたら、本気で王都を()とす気なのか?」


「可能性はあります。ただ単に、囮を引き立たせる豪勢な飾りとも考えられますが……狙っていると考えていた方が良いでしょう。警戒するに越した事はありません」



 敵は無謀にも本土侵攻を果たしている。そして、それは島々を奪う為の囮というのが連合王国軍の共通認識であり事実である。


 しかし、もし本当に王都陥落を狙っているとすれば問題だった。


 それは間違いなく無謀だ。だからこそ、その奥底に何かしらの切り札があると考える事も出来る。此方(こちら)が気付いていない、もしくは知らない強力な攻略法を持っていても何らおかしくはないのだ。



「厄介だな。もしそうなら深刻だが……」


「知り用が無いものを考えても仕方ありません。警戒しつつも警戒し過ぎず戦うしかありません」


「それが何気に難しいんだかな……」



 大きな溜め息を吐くベリー将軍。それにランスロットは、あまり気負わせない様、笑みを伴い口を開く。



「考え過ぎである可能性も高いです。明らかに総司令官……フィリペ殿下、でしたか……彼は傀儡です。代弁していた人物が実質的司令官でしょうから」


「なるほど、奴はお飾りか……ん? でも代弁していた奴、フィリペ殿下に似てたよな?」


「そういえば……まさか、彼も皇族でしょうか?」


「だったら尚更問題は無いな。皇宮暮らしのボンボンが真面(まとも)な指揮が出来るとは思えん。有能なら此方(こちら)にも名が知れている筈だ」


「案外、この戦いに勝つこと自体は難しくないかもしれません」



 勝つ事自体は難しくはない。しかし、二人の表情は険しくなる。


 前方の敵は大丈夫だとしても、気にせずにとは思いながらも、やはり注意を払ってしまうのだ。


 背後の、自国の脅威が放つ、謀殺という名の見えない牙に。




 予想よりかなり短く済んだ勧告だったが、カルロスとフィリペに達成感などは無かった。



「やはり……この戦いは此方(こちら)の落ち度。舌戦では負けますね……」


「当たり前だ。どう考えてもコレは皇帝陛下殿達の私欲に駆られた私戦だからな。それに付き合わされる俺達や兵士達は堪ったもんじゃない……」



 フィリペから大きな溜め息が(こぼ)される。



「まったく……勝たせるのに苦労するコッチの身にもなって欲しい」


「お? それは兄上も勝利の為に働くという事ですか?」


「違うわ! 俺は働かん! ぜぇ〜たいに働かんっ‼︎」


「じゃあ、自分が頑張るぞ発言は止めて下さい。期待して損しましたよ……」



 大きな溜め息を吐くカルロス。本当にこの人は勝つ気があるのか? 半ば自暴自棄になっているのではないか? と、かなり心配になるのだ。



「一応、この戦い……我々の命が掛かっている筈なんですが……」


「だからって俺の稚拙な頭脳で解決出来るとでも思ってんのか?」


「思ってます! 最後は兄上が解決してくれると確信しております!」


「自信満々と……」



 本当に買い被り過ぎだと嘆息しながら、フィリペは未来の押し付けられるだろう苦労を、視界に捉えもしないうちに嘆くのだった。




 両軍共に総司令官が戻り、全兵士達の表情は強張り、空気に緊張と殺伐さが浸透し始める。


 両軍の指揮官が揃い、互いに睨み合い、武器を構える。両軍衝突の姿が、皆等しく脳裏にクッキリと映し出されていく。


 こうして、熱情が抑えられ、冷ややかな熱が戦場を覆った時、カルロスの号令が全兵士の鼓膜を刺激する。



「全軍、進軍開始っ‼︎」



 陣形を組み、動き出す帝国軍。


 右翼をブルゴス将軍麾下(きか)約六〇〇〇、左翼をウエルバ将軍麾下(きか)約四〇〇〇、中央前衛をサラゴサ将軍麾下(きか)約四〇〇〇、そして中央本隊をフィリペ及びカルロス麾下(きか)約六〇〇〇が固める。


 対して丘の上で迎え撃つ連合王国軍。


 右翼をクライヴ麾下(きか)約四〇〇〇、左翼をニューポート軍約二〇〇〇、中央本隊をベリー将軍及びランスロット麾下(きか)五〇〇〇が固める。


 地の利は連合王国が優位。


 兵力は帝国軍が優位。


 帝国軍の盾は驚異だが、数の差から見て、先のニューポート軍に対して程の損害は与えられない。しかし、それでも甚大なものになり得る事は目に見えている。


 カルロスは先程と同じ様に重装歩兵を前進させ、軽装歩兵を入れたテストゥド陣形を組ませ、【精霊術】に対抗させた。


 重装歩兵が配備されているのは中央軍、特に前衛部隊であり、指揮を()るのはサラゴサ将軍という事になる。名声が高い故、妬まれてこの戦いに参加させられた老将だが、フィリペ達との親交は厚く、この戦いに賭ける思いは強い。


 この進軍に遅れる事、両翼の騎馬を主軸とするブルゴス隊及びウエルバ隊が左右から追随し、丘の下でフィリペ等本隊が戦力を温存する。


 本隊を除く一万四〇〇〇近くの帝国軍が連合王国へと迫るが、ベリー将軍達に動く気配がない。それどころか、『精霊術師』を迎撃の為に前に出す気配もない。


 それに、カルロスは不可解気に眉をしかめる。



「反撃する気がない? どういうつもりだ……?」



 此方(こちら)の重装歩兵に【精霊術】の効果が薄いのは事実だが、両側背には『ミスリル』製盾を有さない騎馬隊も居る。当然、攻撃を防ぐ為の対策も用意しているが、ただ傍観して敵を無傷で近付けさせるなど怠慢にも程があるだろう。


 なら、何かを狙っていると警戒するのだが、連合王国軍の思惑は一枚の旗がはためいた事で明らかとなる。


 それは国旗でも、部隊旗、将軍旗でも無い。何かしらの合図を示すものだったが、それが(なび)いた瞬間、連合王国軍は帝国軍に背を向け、なんと()退()を開始した。



「な⁈」



 驚愕する帝国軍。完全なる虚を突かれ、カルロス等指揮官達は唖然と立ち尽くす。



「一戦もせず逃げただと⁈ いったい、どういうつもりだ‼︎」



 困惑しながらも、直ぐに平静を取り戻したカルロスは、またとない追撃の好機を見逃さなかった。



「全軍、逃げた敵をっ‼︎」


「待て、追撃は不味い!」



 フィリペに制止させられたカルロスは、怪訝に片眉を上げる。



「何故ですか? 此方(こちら)に堂々と背後を見せた以上、追い掛け、殲滅する好機ではありませんか⁈」


「普通はな。だが、こっちの編成を忘れたのか?」



 フィリペの指摘にハッと気付かされたカルロスは、前方に広がる味方兵を眺めた。



()()()()……つまり、此方(こちら)彼方(あちら)より機動力が無い」


「重装歩兵抜きなら追い付けるだろうが、兵力を無為に分散する上、【精霊術】に対抗する手段無しでの戦闘となる。此処(ここ)は部隊を再集結させ、陣形を再編させるべきだ」


「……御指摘通りです。全軍、陣形を再編成! 準備出来た後、敵を追う!」



 出鼻を挫かれた帝国軍だったが、フィリペは挫いた連合王国軍への感嘆を禁じ得なかった。


 此方(こちら)の重装歩兵の不利を悟り、見事に逃げてみせたのだ。残念ながら、弱いと敵を(のの)しる余裕は無いだろう。


 しかし、丘という有利を捨てて退()いたという事は、より有利な地形で戦う気なのだろう。一戦もせずに逃げ、領土を荒らされる様な間抜けは、今回の敵ではあり得ない。


 となれば、より困難な戦いを、此方(こちら)は強いられるかもしれない。


 直ぐに陣形を整え、連合王国軍を追い始めた帝国軍は、丸一日の行程を持って、敵を発見するに至る。


 ランスロット達が決戦の地と定めた、"カーム川"にて。

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