1-13 邂逅
ニューポート軍と合流を果たしたベリー将軍達に、司令官たるニューポート辺境伯が騎乗し、駆け付けた。
「ベリー将軍。援軍、感謝します!」
「感謝される程でもありません。奴等は我等が祖国の地を荒らす敵、迎え撃つは当然の事。逆に申し訳ありません……到着が遅れました」
「確かに我々の損害は大きいですが、まだ無事な者が多いだけ、戦えるだけ良い状況でしょう。お気になさる必要はありません」
確かにもう少し早く来て欲しかったという恨み言はニューポート辺境伯にもあるが、それ以上に、今は、目前の敵を倒さなければならない。形式的な会話に留め、無視できる文句は無視すべきだ。
「ニューポート辺境伯!」
クライヴがランスロットを伴い駆け付ける。
「御久し振りです、辺境伯」
「おっ? クライヴじゃないか! 少し会わないうちに大きくなったな!」
クライヴの実家カークウォール家とニューポート家の領地は隣接している。片やその跡継ぎ、片やその当主である。面識があるのだろう。
「辺境伯も御無事でなによりです」
「兵を大分死なせてしまったがな。後で、親族達には詫びねばならん……」
「しかし、それよりも先に」
「ああ、エスパニアの侵略者共を追い返さねばな! 負ければ、それこそ死んでいった者達に申し訳が立たん!」
決意を新たに、丘の下に居座る帝国兵を睨み付けたニューポート辺境伯とクライヴだったが、此処で漸く、辺境伯がクライヴ隣の青年に気付いた。
「ところで……其方は?」
「此方は、アン王女直属近衛騎士、ランスロット・サルフォード卿です」
クライヴに促され、軽く会釈をしたランスロットだったが、彼を見る辺境伯の目は不快気に細められていた。
「まさかとは思うが……戦場も知らぬ様な騎士に指揮を執らせるつもりか?」
「サルフォード卿は実戦経験のある立派な騎士、必ず我々の助けとなる筈です!」
「どうだか……」
睨みはしないが、やはりランスロットに非好意的なニューポート辺境伯。おそらく、殿下の騎士、中央に居た者という点に引っ掛かっているのだろう。
中央政治が薄汚れ、魑魅魍魎共の権化と化している事を彼は知っており、ランスロットがそんな奴等の回し者、足を引っ張る要因になると危惧しているのだ。
「まぁ……当分は様子を見よう。邪魔になるなら拘禁すれば良いのだからな」
クライヴの弁護虚しく、ニューポート辺境伯のランスロットへの評価が改善される事はなかった。
「辺境伯、クライヴ殿もそれまで! そろそろ、敵との話し合いが行われる。小官が代表として行きますが……サルフォード、一緒に来てくれ」
「はっ!」
ベリー将軍はランスロットと数人の兵士を連れ、馬蹄を鳴らし、丘を下っていく。帝国軍へ最終勧告を告げる為である。
「サルフォードの坊主、済まんな……。辺境伯は地理的に帝国との戦いに駆り出される事が多く、しかも押し付けられる形がほとんどだからな。戦いを命じる中央には良い印象を持っとらんのだ」
部隊に亀裂が生じるのを危惧もしていたが、ベリー将軍自身、立場上ニューポート辺境伯と肩を並べて戦った事が一度や二度ではない。その為に、多少、辺境伯を弁護したのだが、ランスロットにしてもそれは理解していた。
「大丈夫です。解っております。前線での戦いが多いベリー将軍と違い、確かに私は中央の安全地帯でノオノオと生きては来ましたから」
「アン殿下を護りながらな」
欲深き魑魅魍魎が跋扈する王宮で、次期女王を護り続けるなど並大抵の事ではない。もしかしたら前線で戦うより困難かもしれぬのだ。ベリー将軍としては、ランスロットを賞賛せずに無下にする気になどなれない。
「サルフォード……戻って、殿下の御尊顔を拝さねばな」
「ええ……あの方の笑顔をもう一度見るまで死ぬつもりはありません」
仕えるべき主君、一人の少女の顔を思い浮かべながら、二人は闘志と決意を新たに、戦いの除幕の壇上へと向かっていく。
一方で、帝国軍本隊でも、戦いの習わしに則り、総司令官が最終勧告に向かう所なのだが、彼の人物による必死な抵抗に遭っていた。
「い〜や〜だ〜っ‼︎ 俺は行かんぞぉおっ‼︎」
帝国軍総司令官であるフィリペが、杭に繋がれた馬にガッチリ張り付きながら、断固とした拒否を繰り返していたのだ。
「兄上……総司令官なのですから、行って頂かないと……我が軍の威信に関わりますよ?」
何とも情けない兄に、カルロスは溜め息を零すが、尚も潔さはフィリペには湧かない。
「俺は名ばかりの総司令官だ! だから行く意味は無い‼︎ こんな情け無い総司令官を晒す方が問題だろうっ‼︎」
「凛々しさを装って黙って居れば良いですから……後は私が代弁しますので」
「それこそ俺が行く意味ねぇじゃん‼︎ 嫌だよ? ジリジリ正面から敵意受けんの! 無駄に疲れんだよ、アレ‼︎」
「そんなの味わったこと無いでしょ‼︎ ほとんど引き篭もってた人が何言ってんですか‼︎ 早く立って下さいよ兄上!」
フィリペを掴み、馬から引き剥がそうと力を入れるカルロスだったが、引き篭もりとは思えない力で馬を鷲掴みにしているので全然離れる気配がない。
周りに人が居ないのがせめてもの救いだったが、この攻防は長く続きそうだと、カルロスからは再び溜め息が零される。
こんなカルロスの姿に同情でもしたのか、鷲掴みにされていた馬が突然怒りで暴れ出し、フィリペを振り払って、そのまま引き渡し、引きずらさせた。
「行きたくなぁあああああああい‼︎ 皇宮に帰らせろぉおおおおおおおおっ‼︎」
悲痛な叫びを吐きながらも、結局カルロスに最後まで引きずられ、自分の馬へと乗せられたフィリペは、肩を落としながら渋々、敵との対話の為、戦場の中心へと向かわされる。
「兄上、諦めてシャキッとして下さい! 見た目だけはどうにかして頂かないと!」
「あ〜、嫌だぁ〜……」
表情を暗くし盛大に溜め息を吐くフィリペに、カルロスはやれやれと呆れながらも、そのまま連れて行く。
「ほら! 相手方も見えて来ました。そろそろ……」
「わかったよ……」
フィリペはまた大きな溜め息を吐くと、瞳からやる気を消失させながらも、姿勢を正し、馬を走らせる。
そして、帝国軍と連合王国軍、両陣営の中間地点で、両司令官は馬上で相見える事となった。
「ブリテン=ノースエリン連合王国防衛軍総司令官トリスタン・ベリーだ!」
「此方こそ、エスパニア帝国遠征軍総司令官フィリペ・アブスブルゴ・マドリードであらせられます!」
ベリー将軍は自分で名乗り、フィリペはカルロスに代弁させて名を認知させた。
そう、二人は無言のうちに顔を合わせたのだ。
《忠義の騎士》ランスロット・サルフォード
《怠惰な皇弟》フィリペ・アブスブルゴ・マドリード
大陸史に多大な足跡を残す二人の英雄。彼等の戦いが、遂に幕を開けつつあった。




