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五大国戦記  作者: 我滝 基博
第1章 忠義の騎士と怠惰な皇弟
15/33

1-12 合流

 成歴(せいれき)八九三年六月九日


 カークウォール侯爵領を出てニューポート辺境伯領へと入ったベリー将軍麾下(きか)の軍は、領都へは直ぐ到着したのだが、既に辺境伯が兵を集め帝国軍迎撃へと赴いた後だった。



「そうか……それ程逼迫(ひっぱく)している、という事か……」



 腕を組み、眉をしかめたベリー将軍に、ランスロットも首肯する。



「おそらくシーブリーズは既に突破されたと見るべきでしょうね」



 この意見にベリー将軍も頷き、隣に居たクライヴは考え込むように顎を摘んだ。



「しかし、如何(いかが)しますか? 敵が倍近い兵力である以上、このまま正面からぶつかる、という訳にはいきません。ある程度は趣向を凝らすべきでしょう……」


「クライヴ殿の意見は尤もだ。こっちには幸い地の利がある。有利な場所で陣取り迎え撃てば、勝つ事はそう難しくない」


「では将軍、主戦場の選出をしませんと……」



 ランスロットの意見を最後に、三人は部下達に天幕を張らせ、ニューポート辺境伯領の地図を現地から貰い机に広げて、作戦を話し合う。



「先程聞いた話では、敵はシーブリーズを占領し陣を敷いているらしく、ニューポート軍はその東方十五ログ(一ログ=一キロ)の位置、此方(こちら)から二十ログの位置にある丘の上にて、防御態勢を敷き迎撃態勢を取っており、辺境伯もそこに向かわれたとの事です」



 クライヴが辺境伯領の文官から聞いた内容を伝えると、ベリー将軍はまた腕を組み唸る。



「多少高地となる所での防衛。悪くはないが、やはり弱過ぎる。もう少し迎撃に適した場所が欲しいな」



 シーブリーズ海岸から辺境伯領領都まで多少盛り上がった丘と広大な平地が広がっていた。


 つまり、大部分の地形で、単純な殴り合いしか出来ず、数の勝負になってしまうため、ベリー将軍側の方が不利となる。



「もっと有利な地形は無いのか……」



 一様に思い悩むベリー将軍達。すると、ランスロットが地図のある点に目を向ける。



此処(ここ)はどうでしょう……?」


「ん? ()()()()か……」



 カーム川。エヴァラック山脈を水源地に北へと伸びる川で、川幅も広く、確かに防衛に向いている。


 しかも、川を西から東に渡ると、そこから、急な物では無いが傾斜になっているらしく、正に防衛に最適な地形であった。



「これはなかなか。だが……確か、此処(ここ)等一帯、最近余り雨が降っとらんから、大した水量は無かった筈だ」



 ニューポート辺境伯では近年、長い干ばつが続いており、農作物に甚大な被害が出ているとの報告が王宮には入っていた。それを、人伝いにベリー将軍は聞いていたのだ。



「水が余り流れとらん以上、川としての有利は無いが……川底と河川敷の高低差、何より傾斜という地理は魅力的だな。まぁ……他の案も無いのだ。妥当だろう」



 消極的とはいかないにせよ、大した積極性もない様子のベリー将軍。確かに劇的優位とはいかない以上、喜びなどは簡単には湧かせられない。


 しかし、この時点でランスロットの提案が終わった訳ではなかった。



「将軍、この川は思っている以上に使えます!」


「サルフォード、何か策があるのか……?」


「ええ、多少の時間は有しますが……」



 その後、ランスロットに告げられた策に、皆一様に納得し、楽し気な笑みが浮かべられる。



「これは……サルフォードにしか出来ぬ芸当だな」


「ええ、流石としか言いようがありません」



 二人の承諾を経て、ランスロットは早速、策の実行に移った。




 成歴(せいれき)八九三年六月十四日


 進軍を再開した帝国軍は、昨日には丘の上に陣取るニューポート軍との交戦を開始しており、現在も苛烈な戦闘が行われていた。



「全軍! 今日こそ、この丘をブリテン人の血で赤く染め上げるのだ‼︎」



 サラゴサ将軍の号令と共に、帝国兵達は前進を開始する。


 彼等は先ず、長方盾を手にした重装歩兵を前進させたのだが、重装歩兵達は数十人近くを密集させ、四方及び上方に隙間なく盾を敷き詰め、一つの箱の様に固まっていた。『テストゥド』と呼ばれる陣形である。


 全方位を盾で守られながら進む集団が十数個作られているのだ。


 機動力は落ちるが鉄壁の守りを誇る帝国軍の陣形に対し、ニューポート軍は、弓兵による矢の攻撃と、『精霊術師』による【精霊術】の応酬を開始する。



「「「『汝は平和無き鉤爪、果て無き怒りを解き、敵を殲滅せよ』」」」


「「「『汝は平和無き鉤爪、散りばめた牙を突き出し、降り注げ』」」」


「「「『汝は平和無き鉤爪、紅の槍と成りて、敵を穿て』」」」



 『精霊術師』が放つのは炎属性〈ファイヤーカノン〉、〈ファイヤーレイン〉、〈ファイヤースピア〉の殺傷に特化した【精霊術】。それ等が立て続けに帝国重装兵に襲い掛かり、盾の箱は煙に覆われる。


 しかし、煙が晴れた時、帝国重装兵は無傷であった。立て続けの高温たる炎の攻撃を盾が防ぎ切ったのだ。


 確かに、重装歩兵が所持している盾は金属製ではあるが、あれだけの【精霊術】を受ければ破壊されるのが普通である。


 にもかかわらず、無傷。


 それもその筈、盾に使用されている金属は、【錬金術】三大金属の一つ、『ミスリル』であった。


 『ミスリル』は三大金属の中では最も希少性が低く、性能も劣るが、他の一般的な金属では有り得ない強度を誇る。【精霊術】の炎を防げる程度の強固な防御力は有しているのだ。


 度重なる【精霊術】を無効化され、着々と迫る敵に、ニューポート軍の司令官らしき男は冷や汗を流す。



「エスパニアの【錬金術】がこれ程とは……こっちの【精霊術】は使える者が限られているが、あっちの武器は誰でも使える。理不尽な差だな」



 文句を(こぼ)した男。彼こそニューポート辺境伯ユースタス・デューク・ニューポートその人であった。


 ニューポート辺境伯は三十前半といった感じの男性で、髪は整えられ、佇まいも風格があり、貴族らしい人物と言える。


 現在、ニューポート辺境伯は十倍近い帝国軍との戦いを強いられているが、丘の地形を利用してなんとか戦線を維持させていた。


 しかし、数の差は如何(いかん)ともし(がた)く、度重なる敵の攻勢で三割近い犠牲を出していた。



「敵の【錬金術】で生成した強力な盾、それを活用した陣形で、此方(こちら)の【精霊術】は歯が立たん。土属性の術である程度の足止めは出来ているが……術者が足りん。シーブリーズの敵の奇襲で大分失ったからな……」



 不快気に舌打ちをしたニューポート辺境伯。このままでは数で圧死させられるのが自明の理。早く打開策を考えなければ自分の領地が敵の手に渡ってしまう事だろう。



「さて、どうする……」



 悩まし気に眉をしかめ、思案するニューポート辺境伯。援軍が近くまで来ている事を知らない彼は、背筋を寒々しい冷気に襲わせるしかなかった。




 【精霊術】を跳ね返し、着々と敵へと迫る帝国軍は、敵兵を目前に捉えた途端、陣形を崩し、中から軽装の兵士達を飛び出させた。



「全軍、続けぇえっ‼︎」


「「「オオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」



 飛び出した帝国軽装兵達がニューポート軍へと突撃し、敵陣形を乱しながら弓兵、『精霊術師』を次々に撃破。そして、軽い戦闘の後に直ぐに後退し、重装歩兵と合流。先程の硬い防御陣形を持って撤退していった。


 普通ならば此処(ここ)で追撃を掛けたいニューポート軍だが、敵は騎馬を本隊で温存しており、下手な追撃は混戦を招き、味方への誤射を恐れて【精霊術】が封じられ、数的不利の消耗戦となってしまう。


 しかし、このままでは地道に一方的に兵が削られ、いずれ負ける事になるだろう。



「最早、勝てぬか……」



 ニューポート辺境伯は、苦々しく右手の剣を握り締め、一矢報いる為に打って出る、そんな策を脳裏に浮かべ始めていた。




 味方の損害を少なく済ませながら、敵の兵を着々と減らし、ニューポート軍の陣形に綻びが生じ初めている様子に、望遠鏡で確認していたカルロスは、安堵の笑みを浮かべる。



「この戦いは勝ちそうですね、兄上……」


「そりゃあ、兵力的に勝ってんだから、勝つだろう。これで勝てなきゃ王都を()るなんざ夢のまた夢だろうよ」



 フィリペの方を少し豪奢に、同じ赤褐色の鎧を身に纏った二人。今回、戦術に対しフィリペは口出しをしておらず、【錬金術】を有する帝国軍の基本戦術を採用していた。


 しかし、効果は覿面(てきめん)らしく、攻め手を欠くニューポート軍に取れる策は最早無い。苦し紛れの突撃のみであろう。



「敵の陣形も穴が出来、勝利は確実。余り時間をかけ過ぎても敵援軍が来る時間を作ってしまう。此方(こちら)から一気に攻めますか……?」


「良いんじゃないか……? つうか、聞くな! 俺は御飾りだって()ってんだろう! 実質的指揮はお前が取れよ」


「一応、名目上でも兄上が総司令官なんですよ。働く仕草ぐらいは兵士達に見せて貰わないと」



 と言いつつ、フィリペを働かせる気満々なカルロスである。



「では、全軍で総攻撃を掛ける、という事で宜しいですか? 兄上」


「だから聞くなって! へいへい、良いんじゃございあせんかねぇ……」


「では、前衛指揮のサラゴサ将軍に連絡を……」



 近くの兵を呼び、伝言を預けようとしたカルロスだったが、ふと何かに気付いたフィリペに止められる。



「カルロス……どうやら遅かったようだ……」



 フィリペの発言。それの意味にカルロスは最初、眉をひそめたが、兄の鋭くなった目と、ゴトゴトと揺れ始めた地面、遠くから馬の鳴き声が聞こえてきた事で、瞬時に理解した。



「兄上! これは……⁈」


「ああ、間違いないだろう……」



 二人は丘の上へと視線を向ける。


 彼等が見ていた先。ニューポート軍の背後から、此方(こちら)に向かって多数の騎馬がフィリペ達を見下ろすように姿を表したのだ。


 それ等には色取り取りの旗が掲げられ、その中には()()()()()()()を示す紋章が入った軍旗も混じっていた。


 ベリー将軍麾下(きか)連合王国軍本隊が、ニューポート軍と合流を果たしたのである。

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