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五大国戦記  作者: 我滝 基博
第1章 忠義の騎士と怠惰な皇弟
14/33

1-11 二人の将軍

 成歴(せいれき)八九三年六月九日


 シーブリーズ海岸制圧から四日。帝国軍の第二陣約六〇〇〇と第三陣約五〇〇〇の兵もそれぞれ到着し、今戦いの指揮官五人が揃った事になる。



「ヤッホーッ! 着いたぜ敵の地シーブリーズッ‼︎」


「黙れ脳筋馬鹿! 鼓膜が破れる!」



 揚々と叫んだ男は第二陣を率いたウーゴ・ベルナス・ブルゴス将軍で、正反対に冷静沈着な男が第三陣を率いたマルセロ・ウエルバ将軍である。


 ブルゴス将軍は三十八歳。巨大な体躯と屈強な肉体を有し、風格は生粋の猛将と呼べ、正確に相応しい無骨な鎧を身に纏い、背中には己が身長を優に越す巨大な斧が背負われていた。


 ウエルバ将軍は三十五歳。ブルゴス将軍とは逆に細身の身体。一応鍛えられてはいるが、おそらく武勇より知略に長けた将である事が伺える。鎧も性格に似てスマートな形状であった。


 見た目も能力も正反対な二人。それが並べばどうなるかは想像に(かた)くない。



「マルセロ、貴様……俺を脳筋とか()かしやがったな!」


「事実を言ったまでだ。じゃあ何か? 貴様は戦術や戦略を緻密に練れると言うのか? 貴様の戦歴の中で、そんな頭が使われた話を俺は知らんが?」


「戦術、戦略に頭など使わん! 正面からぶつかり蹴散らせば勝てるからな!」


「やはり、脳筋ではないか……」


「あぁ⁉︎」



 互いにいがみ合い、睨み合い、火花を散らすブルゴス将軍とウエルバ将軍。その光景に周りの兵士は、将軍の地位にある人間へ口を出す怖さと、二人が揃うといつもなのだという慣れで、呆れるだけに留めて横を素通りしていく。


 (ただ)し、誰も止められる者が居ないという訳ではない。



「二人共、いい加減にせんか。両皇弟殿下の御膝元で、みっともない……」



 今戦い最年長の老将サラゴサ将軍。彼の経験した戦場の数と、彼が刻んで来た戦歴故に、老将は二人の将を制止させる事が出来たのだ。


 それでも、完全な鎮火とはいかなかったが。



「サラゴサ将軍、事の発端は此奴(こいつ)が俺を脳筋と馬鹿にした事にある! 注意は此奴(こいつ)にするべきです」


「貴様が先に痺れを切らしたのだろうが。先に怒りを表した貴様が悪い」


「チッ、これだから貴族のボンボンは……」


「貴族出身のボンボンで何が悪い! そんな尺度でしか人を測れぬから、貴様は脳筋なのだ‼︎」


「何だとぉおっ⁉︎」


「だから止めんか、二人共……」



 相変わらず犬猿の中を隠そうとも、抑えようともしない二人の将軍に、サラゴサ将軍は嘆息を(こぼ)す。



「二人共、今は大目に見てやるが、決して殿下達の前では粗相なく頼むぞ」


「「それは此奴(こいつ)に言って下さい!」」



 不快にも言葉がかぶり、二人はまた互いに睨み合い、サラゴサ将軍もまた嘆息を(こぼ)さざるを得なかった。




 ニューポート軍が放棄した防衛陣地を活用し、仮設本陣を建てた帝国軍。その一際大きい天幕にて、フィリペは目前に積まれた羊皮紙の束に絶望し、机に突っ伏した。



「クソ〜……御飾りの筈の俺が、何で書類片付けなきゃならないんだ……あ〜、仕事したくねぇ〜っ!」


「これぐらいやって下さいよ兄上……」



 だらし無く弱音を吐く総司令官に、カルロスは嘆息する。



「自分を御飾りだと言うのであれば、せめて表立って働く者達のため、裏方の書類仕事をやって頂かないと」


「御飾りを無視して、前、働かせた奴は誰だ……?」


「アレは知恵を御借りしただけです。働かせたなどとんでもない!」


「屁理屈吐きやがって……」



 思えばカルロスは毎回、フィリペに面倒事を運んでくる。


 昼寝を邪魔して教えを()うたり、亡命するつもりが勝利を得ようとさせたり、この弟に関わると必ず自分は苦労するのだ。



「いつが覚えてろ〜……今まで働かせた分の苦労を纏めてお前にぶつけてやる……」



 書類仕事を押し付けられた程度で、弟への復讐を誓ったフィリペ。何と幼稚な姿だろうと、当のカルロスが兄に溜め息をした所で、入り口からサルゴサ将軍が現れ、二人の皇弟に跪き、頭を下げる。



「フィリペ殿下、カルロス殿下。ブルゴス、ウエルバ両将軍が到着し、此処(ここ)に御連れしました!」



 フィリペの性格を知るサラゴサ将軍は兎も角、このだらし無い総司令官の姿を両将軍に見せる訳にはいかないので、カルロスは兄の背中を叩き、姿勢を正すよう促す。



「兄上」


「わかってますよ……」



 フィリペは面倒臭気な深い溜め息を(こぼ)すと、机から顔を離し、姿勢を正して、外見だけは威厳を持たせた。


 そして、入り口から二人の将軍が現れ、サラゴサ将軍の背後で同じく跪き、深く頭が下げられる。



「ウーゴ・ベルナス・ブルゴス、麾下(きか)六〇〇〇を率い馳せ参じました!」


「同じく、マルセロ・ウエルバ、麾下(きか)四〇〇〇を率い馳せ参じました!」


「御苦労……」



 尊大な振る舞いで告げたのはカルロスだった。皇宮に閉じ篭っていた兄が発言すると、上擦ったり、噛んだりして、威厳が木っ端微塵になるのでは? という危惧によるものだった。


 そして、カルロスの代弁は続く。



「ブルゴス将軍、ウエルバ将軍、二人共、此度(こたび)の参戦痛み入る」


「はっ! 勿体無き御言葉!」



 (うやうや)しく頭を下げるブルゴス将軍。しかし、彼とて、この敗北が約束された戦場に来る気は無かっただろう。


 彼は、権力達が賄賂を使い自陣営に引き込もうとした際、足蹴にした上、癪に触ったからと殴り倒した。根っからの猛将、根っからの勇猛、根っからの真っ直ぐさ故に、曲がった、濁りきった事が嫌いなのだ。


 この事件を理由に、権力達に疎まれ、この戦場に送られた訳である。



「ウエルバ将軍も良く参った。貴公もフィリペ殿下の下で戦う事になるが……良いか?」


「いったい何の文句が御座いましょう。高貴な血脈に連なる殿下の(もと)で戦えるのです。勝利は得たも当然!」



 フィリペへ賛辞を送ったウエルバ将軍だったが、おそらく嘘だろう。文句が無い訳がない。


 貴族に生まれた彼は、権力者達の暗い話を自然と耳に入れていた。そして、正義感が強かった故、真っ黒な権力達達を糾弾し続けてきた。勿論、最高権力者たる皇帝が彼等を擁護し、無駄に終わっているが。


 これを理由に、危険分子と見なされ、この戦場に送られた訳である。


 取り敢えずは、総司令官としてのフィリペの体裁は整え、それをカルロスが補佐するという宣伝も出来た。まずは良しとすべきだろう。



「両将軍、長い船旅で疲れているだろう。今日は存分に休むと良い」


「「はっ‼︎」」



 また深く頭を下げ、カルロスの退出許可を受け、天幕を後にした両将軍だったが、空気の読めない無能では、やはり無い。



「大丈夫かねぇ……あんな大将で……」



 天幕を後にして直ぐ、ブルゴス将軍から(こぼ)された辛辣な意見。総司令官たる皇弟フィリペへ最初に抱いた彼の評価は、決して良好と呼べるものではなかった。これはウエルバ将軍も同様であるらしい。



「明らかにカルロス殿下の傀儡、御飾りの総司令官だな。あの噂も(あなが)ち間違いでは無さそうだ」


「"《引き篭もり皇弟》"、ほとんど部屋から出てこない怠惰な皇族だろう? 間違いなく戦は出来ねぇな」


「おそらく、今回の総司令官は実質カルロス殿下だろう。……まぁ、逆に良かったとも言えるが」


「カルロス殿下は軍経験者。将軍の地位にもあるから指揮経験もある。……ま、同じ皇族のボンボン。大した差はねぇが、マシっちゃあマシか……」



 嘆息を(こぼ)す二人。いつもは対立し合う彼等だが、今回ばかりは同じ危惧を抱いているため、共に嘆かざるを得ない。


 権力者達の忌避(きひ)に触れたが故、敗北必須の戦いに赴く羽目になった。更に総司令官が役に立たぬでは心配せぬ方が無理である。



「勝たねぇと粛清。勝つしか活路がねぇが……無理だな、こりゃ……」


「そもそも権力者達に勝たせる気など無いだろう。だからあの役立たずな皇族を総司令官に添えたのだ」


「確かにな! まぁ……俺達は取り敢えず、全力を尽くして戦うしかあるまいよ」


「お前に(さと)されるのは癪だが、言う通りだ。我々は粛々と戦いに臨のみ」


「癪は余計だ。だが……無駄死にだけはすんなよ」


「それは此方(こちら)の台詞だ」



 互いに毒を吐きながら、苦笑を向け合う二人。互いに互いを嫌ってはいるが、同時に妙な友情も抱いていた。


 彼等にとって隣のいけ好かない奴は、同時にライバルでもあったのだ。


 だからこそ、此奴(こいつ)には容易く死んで欲しくないと、そう思ったのだ。




 天幕を後にした両将軍を見送ったフィリペだったが、途端に威厳が抜け、もう一度机に突っ伏した。



「疲れたぁ〜、威厳保つのも疲れる……」


「御苦労様です兄上。しかし……まだ書類仕事が残っておりますよ?」


「お前には兄上を休ませる優しさはないのか……」


「優しさ故です。早く仕事を終わらせて、早く楽させてあげようという気遣いですよ」



 ああ言えばこう言う悪魔染みた弟に、フィリペは苦虫を噛み潰し、その仲良さげな光景に、場に残っていたサラゴサ将軍はコロコロと笑いを浮かべる。



「フィリペ殿下、弟君に好かれて羨ましゅうございますな」


「こっちはその所為で苦労してますがね」


「嬉しくない、とは言わぬのですなぁ……」



 ニコニコと、見透かされた事に向けられた様な言葉に、フィリペは否定もせず、取り繕う事もしなかった。


 それに、カルロスの口元が少し喜ぶ様に緩められる。



「何だ……?」


「いえ、何でも……」



 他人でも分かる程にカルロスの表情が明るくなり、それで気恥ずかしさが湧いたのか、フィリぺの顔が仏頂面であらぬ方に向けられた。



「ところで、殿下方……この後はどうなさるおつもりか?」



 兄弟水入らずの雰囲気を壊すのも忍びなかったが、数多の兵士を預かるサラゴサ将軍としては、それを聞かない訳にはいかない。


 同じ将軍として気持ちが(わか)っているカルロスは、年長将軍に対し、誠実を持って答えた。



「現在、部隊数個を斥候として送り、逃げた敵の追跡及び敵地一帯の探索をして貰っております。その報告次第かと……」



 すると丁度、斥候の伝令が帰還し、入室許可を経て天幕へと入り、三人へと跪く。



「申し上げます! シーブリーズに展開していた敵の残党らしき一団が、東方約三ラーグ(一ラーグ=五キロ)先の丘の上にて防御陣を展開、此方(こちら)を迎え撃つ構えを取っております!」



 それを聞いたサラゴサ将軍とカルロスの表情が強張った。



「それは面倒ですなぁ……此方(こちら)から攻め込むとしても、敵に有利な地形。兵力の消費は少なくないでしょう」


「それに……おそらくですが、援軍が近々到着すると考えられます。でなければ、兵力で勝る我々を中途半端な地形で迎え撃とうなどとは思わないでしょう」


「しかし、どちらにせよ……」


「動きますか」



 カルロスがサラゴサ将軍の横を通り、天幕を後にした事で、フィリペも、いよいよ主戦が始まるのだと悟るのだった。

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