1-8 戦場への道
成歴八九三年六月三日
王都セントクロスを出発したベリー将軍率いる五千の軍は、二つの貴族領を抜け、連合王国と帝国を遮るエヴァラック山脈手前に位置するカークウォール侯爵領に到着した。援軍を出してくれる貴族がこの地を治めている為である。
「到着しましたね……」
「まだ領都まで未だあるがな。だが、二日後にはカークウォール軍と合流する予定だ」
騎乗し、並んで馬を走らせるランスロットとベリー将軍。二人共に鎧を着込み、ランスロットは青と白を基調とする仰々しさの無いスマートな鎧で、ベリー将軍は紺と白を基調とするランスロットより少し豪奢な鎧を身に纏っていた。
「これまで通過した領地の貴族達が、我々に妨害でもしてくるかもと心配していましたが……杞憂でしたね」
「まぁ……帝国が攻めて来た中、我々が負ければ、自領の運命も危うくなるからな。手出し出来んだろうよ。それよりも……やっぱ心配か?」
「はい……」
「悪意塗れの王宮に、少女一人残したんだ。心配して当然だな」
ランスロットが仕える主君アン王女。彼女は現在、王宮で寂しく彼の帰りを待っている。
確かに、コヴェントリー宰相は王女に傷一つ付けさせないと約束してくれたし、宰相が派遣した者も含め、多くの護衛が彼女を守ってくれている。
彼女を御世話する侍従の中にも、信頼に足る人物は存在し、王女を完全なる孤独にせずには済んでいた。
しかし、王宮は現在、欲深き者共の巣窟。いずれ己が敬愛すべき姫君を害そうとする者が現れるかも解らない。
当然、王女の忠臣であるランスロットは、今すぐにでも王宮に戻り彼女を御守りしたかった。
「確かに……殿下の事は心配です。ですが……今は目の前の敵でしょう」
「なるほどな……確かにそうだ!」
現在、連合王国は帝国の侵攻を受けている。だからこそ、目前の脅威を打ち払うべく、ランスロットはグッと気持ちを抑えた。
「ベリー将軍、カークウォール侯について御存知ですか……?」
「あぁ、何回か戦場を共にした事がある。貴族には珍しい芯の通った御仁だ。今回は軍の指揮を嫡子に執らせるつもりらしいが……悪い評判は聞かんし、大丈夫だろう」
「そうですか……王宮の欲深き者共と裏で通じ、我々を潰す、という事は無いですか……」
「心配性だな。貴族共も、流石に侵略中は何もすまい。さっきも言ったが、負ければ自分達も危ういのだからな」
「いえ、判りませんよ。王女に忠誠を誓い、御仕えする私は間違いなく目障りでしょうし、私と親交の深い将軍も邪魔でしょう。戦争中、勝利目前や後で、我々を謀殺する可能性があります」
「それを言ったらキリが無い。兵士の中に暗殺者が居る可能性もあるんだからな」
「確かに、そうですね……考えるのは止めておきましょう」
貴族の謀略など考えても意味がない。権力者たる貴族にとって、謀略は日常着と同義なのだ。逆に考え過ぎて思考が鈍る事こそ恐れるべきだろう。
成歴八九三年六月五日
漸くカークウォール侯爵領領都オルクスに到着したランスロット達だったが、その眼前では既に、街周りの草原にて軍営が設置されており、侯爵領各地から集まった兵士達が駐留していた。
「アレがカークウォール侯の軍勢ですか、思ったよりも多い!」
「ああ、アレは四〇〇〇近くは居るぞ⁈」
二人がカークウォール侯が多くの私兵を向けてくれた事に感銘を受けていると、陣営から一際は良い素材であしらわれた鎧を身に纏い、騎馬に乗って、複数の兵士に守られた男が迫って来た。
「サルフォード卿とベリー将軍であらせられますね?」
「そうだが……貴公は?」
ベリー将軍の問いに、男は軽く頭を下げる。
「カークウォール侯爵が嫡子、クライヴ・タナー・カークウォールです。此度、カークウォール軍四三〇〇を連れ、ベリー将軍の麾下に馳せ参じました!」
クライヴ・タナー・カークウォール。年齢はランスロットと同じぐらいだろう。少し白よりの茶色い髪に、侯爵の人柄を受け継いだように芯のある真っ直ぐな瞳。ある程度鍛えられた肉体に、それと絶妙なバランスを保つ好青年という雰囲気を醸し出している。
ベリー将軍は礼節を持ってクライヴを歓迎し、感謝の意を込め頭を下げた。
「過分なる御助力に感謝致します、クライヴ殿。これで帝国軍と互角以上の戦いができるでしょう」
「宜しく御願いします将軍。我等が同郷の士を預けるのです。必ず御勝ち下さい!」
「我が武名に誓いまして……」
形式的な会話ではあったが、二人の声色と瞳には真剣な意が込められていた。話した内容全て本心であり本気の言葉だったのだ。
しかし、話を終えた二人は直ぐに表情を崩すと、騎馬から降り、硬く握手する。
「ベリー将軍、御会い出来て光栄です。父から噂はかねがね……」
「クライヴ殿も父君に似て良き面構えだな! 共に戦場を駆けるのが楽しみだ!」
どうやら互いに気が合いそうであり、クライヴ自身、今の所ランスロット達に危害を加える様子は無さそうである。
そして、同じく馬から降りたランスロットに対しても、クライヴは友好的な握手を交わした。
「サルフォード卿も噂はかぬがね。〔チップ島の戦い〕での活躍は聞き及んでおります」
「それは、光栄です……」
少し戸惑うランスロット。初対面の相手に堂々と賞賛されるのは、やはり気恥ずかしいらしい。
「さて……クライヴ殿。敵について情報は入っていないか?」
クライヴはランスロットから手を離すと、ベリー将軍へと向き直る。
「昨日、ニューポート辺境伯からの伝令が到着しました。それによると、今日、敵と接敵するとの事です」
「いよいよか……」
戦場が近付いている。その実感が肌を伝い、ベリー将軍とランスロットに緊張感を走らせる。
「カークウォール卿、ベリー将軍。取り敢えず場所を移しませんか……? 流石に立ちっ放しというのは……」
「あっ⁈ 失礼しました! 御二方、どうぞ軍営へ。歓迎します」
三人は馬を近くの兵士に預け、部隊を引き連れ軍営へと向かう。先ずは長旅の休息を、彼等は堪能したかったのだ。
同時刻、帝国軍とニューポート軍が海岸線で開戦した事など知る由もなく。




