「脱いだらスゴイ」と言う親友を脱がせてみた結果
俺──皆川律には、すごい美少年の親友がいる。名を千堂伊織。
色素の薄い茶髪に色白な肌。どこか儚さすら感じられる中性的な美貌。具体的にどのくらい美少年かというと……
「好きです! 付き合ってください!」
この男子校で、月に最低一回は告られるくらいには美少年だ。
「ごめん、僕そっちの趣味無いから」
すげなく断ると、崩れ落ちる角刈りの上級生(たしかサッカー部の主将)を尻目に、伊織はすたすたとこちらに向かってくる。
「お疲れ」
「律……見てたの?」
体育館の角を曲がったところで声を掛けると、伊織は少しバツが悪そうな表情で眉をしかめる。
「いや、悪い。お前がいかつい上級生に連れられて行くところ見ちゃったんで、つい気になって」
「別に、心配しなくてもいいのに」
「そうは言ってもなぁ……いくら男同士とはいえ、なあ」
同級生の中でもぶっちぎりで華奢なその体を見下ろして言葉を濁すと、伊織は不満そうに唇を尖らせた。
「たとえ強引に迫られたとしても、僕なら大丈夫だよ。これでも僕強いんだから」
そう言って「むんっ」と力こぶを作ってみせる伊織だが、ビックリするくらい迫力がない。むしろ微笑ましい。身長が低いこともあって、思わず頭を撫でたくなる。
「うん……そうか」
ついつい優しい目で頷くと、伊織はますます不満そうな顔になる。
「信じてないでしょ……こう見えて、僕脱いだらスゴイんだよ?」
「はいはい」
この「脱いだらスゴイ」というのは、伊織の口癖みたいなものだ。
前々から、同級生たちによく「女っぽい」とか「男のくせに無駄にかわいい」とか言われている伊織は、その度にそう言って自分の男らしさ(?)をアピールするのだ。そのくせ、俺を含めて学園の生徒は誰も伊織が脱いだところを見たことがない。
なぜなら、体育の着替えの際、伊織は教室で着替えずにトイレの個室で着替えるからだ。
本人曰く、「クラスメートに変な目でジロジロ見られるのがイヤだ」とのことだった。
俺としては、そうして変に隠すからみんな却って気になるんだと思うのだが……「堂々としてれば誰も他人の着替えなんて見ない」と何度も言っているのだが、伊織は頑なに教室で着替えようとしない。
高校1年で知り合って、もう1年以上もそんな感じなので、俺もこれに関してはもう諦めている。
「律……やっぱり信じてないよね」
「いんやぁ? そんなことないけど~?」
「顔が全然信じてないよ」
「だって……実際にお前が脱いだとこ見たことないし」
「それは……そうだけどさ」
肩を竦めてそう言い返すと、たちまち伊織は俯いて口ごもる。
これもまたいつものことなので、俺もそれ以上追及はせずに伊織を促した。
「ほら、もう昼休み終わるぞ? 教室戻ろうぜ」
いつもなら、こう言えば伊織は曖昧な笑みを浮かべて頷くはずだった。
だが、今日はいつもと違った。
「……分かった」
「あん?」
教室に向かおうとしていた足を止めて振り返ると、伊織は覚悟を決めたような表情で顔を上げた。
「いいよ……見せてあげる。律なら、大丈夫だと思うから」
「い、伊織?」
「放課後、理科準備室に来て」
それだけ言うと、伊織は早歩きで俺を追い抜いて行ってしまった。
「……え? マジで?」
取り残された俺はというと、予鈴が鳴るまで呆然とその場に立ち尽くしていた。
* * * * * * *
そうして、それ以降伊織と言葉どころか視線すら交わさないまま、あっという間に放課後になった。
掃除当番だった俺は、教室の掃除を終えてから伊織に指示された理科準備室に向かう。
「失礼しま~す」
恐る恐る理科室の扉を開けるが、そこには誰もいない。
教室内に視線を巡らせながら慎重に黒板の横に向かうと、そこにある普段は施錠されているはずの理科準備室の扉に手を掛ける。
(開いてる……)
「そう言えば伊織は化学部だったなぁ」なんて少し場違いなことを考えながら、俺はごくりと唾を呑み込むと、ゆっくりと扉を引き開けた。
「ああ、律。遅かったね」
カーテンの閉め切られた薄暗い室内で、伊織は待っていた。その中性的な美貌に、どこか諦めたような、あるいは達観したような笑みを浮かべながら。
「……ごめん」
そのどこか神秘的な雰囲気を漂わせる佇まいに、俺は軽口を叩くことも出来ずにただ謝罪した。自然と鼓動は速まり、背にはじんわりと汗がにじんでいた。
「それじゃあ……見せるね」
「……いいのか?」
「うん……律ならきっと、受け入れてくれると思うから」
信頼を込めてこちらを見つめる親友に、俺も一瞬瞑目して覚悟を決める。
「……分かった。なにがあろうと、俺は受け入れるよ」
「ありがとう、律」
思わずハッと息を呑んでしまいそうな儚げな笑みを浮かべると、律はブレザーを脱ぎ、ワイシャツのボタンに手を掛け……なにか思い直したような顔をすると、こちらに背を向けた。
俺は、何も言わずにその様子を見守る。この時点で、俺は伊織が何を見せようとしているのか薄々察していたからだ。いや、本当はもっとずっと前から勘付いていたのかもしれない。
(分かってるさ、伊織……親友、だからな)
数秒後に明かされるであろう真実を完璧に読み切った俺は、その先。それを明かした伊織の意図にまで思考を飛ばしていた。
(伊織……まさか、お前……!?)
もしかして……伊織は、俺達の関係をより親密な方へと進めようとしているのではないか? この告白は、その第一歩なのではないか?
そこに思考が至った瞬間、俺の鼓動が跳ね上がった。耳元で心臓の音がドクドクとうるさい。呼吸が乱れて苦しい。なのに、伊織の背中から目が離せない。
そして、遂に伊織がするりとワイシャツを脱ぎ、その滑らかな背中が俺の目の前に曝け出された。
そこには……しっかりと巻かれた、真っ白なさらし。そして……
「なっ……!?」
思わず声を漏らし、目を見開く。
なんと……なんという、立派な……
「律?」
伊織の呼びかけにも、答える余裕が無い。
なぜなら、そこにあったのは圧倒的な存在感を放つ……
(観世音菩薩!!!)
……女神様だったからだ。
「その……こいつをどう思う?」
「すごく……スゴイです」
いや、語彙力。
でも、そうとしか言いようがない。
伊織のお腹から胸の下辺りまでしっかりと巻かれたさらし。その上から、それはもう見事な観世音菩薩様の刺青が顔を覗かせているのだから。
「怖く、ない?」
「……スゴイです」
「律?」
「え、ああ、うん……」
不安そうにこちらを振り向いた伊織。改めてその体に視線を向け、俺はぎこちなく頷く。
(胸……ない。いや、当然っちゃあ当然なんだけど!)
内心でセルフツッコミをし、そこでようやく完全な読み違いをしていたことを自覚して、俺は猛烈な羞恥心に襲われた。
(ぬぅおおおぉぉぉーーーー!!! 恥っず!! 俺恥っず!!)
ごめん伊織! 流れからして、完全に性別暴露だと思ってました!! 実は僕、女なんだ……ってパターンだと思ってました!!
「実は僕……北関東最大の広域暴力団、千堂組の御曹司なんだ」
そっちかぁぁぁぁーーーーー!!! 完っ全に予想外だよ!!!
「やっぱり……引く、よね」
「いや……そんなことはない」
むしろ、自分の痛々しさに引いてます。今、過去イチで居た堪れない気分です。
「……ホントに? これからも、変わらず友達でいてくれる?」
「トーゼンじゃないか。俺達はずっと友達だヨ!!」
引き攣り笑いを浮かべながらも力強くそう言うと、伊織は安心したように微笑んだ。
(くっそぉ、可愛いじゃねぇか!!)
その笑みに、俺は内心やけくそ気味に叫ぶのだった。
* * * * * * *
「ハァ……」
伊織の衝撃の告白の後、黒塗りのベンツ(小指がないおっちゃんの護衛付き)で自宅まで送り届けられた俺は、制服のままベッドの上に身を投げ出すと、深々と溜息を吐いた。
しばしそのまま脱力していたが、やがてノロノロと体を起こすと、床に放り出していた鞄を拾ってクローゼットに向かう。
「あまりにも予想外過ぎるぜ、伊織よ……」
ブレザーをハンガーに掛けながら、俺はポツリとこぼす。
ある意味で2人の距離は縮まった気がするが、俺が予想していた形とは全く違っていた。てっきり俺は……
「仲間だと、思ったんだけどな……」
きっちりとさらしが巻かれた自分の胸を見下ろして、俺はそう独り言ちた。
作者、短編『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』が角川スニーカー文庫から書籍化することが決定しました!
活動報告で、作者と編集さんのやりとりを書いた書籍化秘話(脚色や捏造あり)を連載中ですので、よかったら読んでみてください。
書籍化情報解禁!書籍化タイトル発表!!
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1184911/blogkey/2707415/
書籍化秘話① 始動
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1184911/blogkey/2707931/
書籍化秘話② ゲーム業界にはね、勝てないんだよ……
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1184911/blogkey/2710102/
書籍化秘話③ 氷室、主人公降ろされるってよ
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1184911/blogkey/2715570/
書籍化秘話④ 全方向に土下座謝罪
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