夏の忘れ物
「この夏は徹底的に走り込んできた。熱中症で倒れる位にな。」
「振り返ってみれば、毎日あくせくと走り込んできたおかげで、ストレートのノビはかなり増したかもな。平均球速も150㎞前半は出る様になった。」
「でも、マツゾノさん。俺はこの夏忘れ物をしてきたんですよ。」
「忘れ物?」
「スライダーです。縦に落ちるVスライダーの習得がイマイチだったんですよ。」
「そんなもんなくても、充分戦えると思うけどな?今のトウマなら。」
「元々俺はストレートで勝負する本格派じゃなかった。だからこそ、夏の忘れ物のVスラを完璧にマスターしたかった。」
「夏の忘れ物…ねぇ。」
「山田玄助杯で試してみれば良い。」
「マツゾノさん。この球はろくに練習もしてないんすよ?実戦でいきなりなんて、自信ないです。」
「うちの松高打線が二点や三点スグ取り返すがな。」
「ヤマナ打撃コーチ…。」
「エースの武器が増えるなら、その忘れ物は取りに戻らなくちゃな。」
「下山監督…‼」
「いずれにしても、三~四試合は投げて貰う事になるだろうから、一試合位落としても良いという気楽な気持ちで投げてくれ。」
「パワーアップしたのは、トウマだけじゃないぜ?コンドウやミナガワも毎日1000スイングしてた。」
「1000スイング?冗談でしょ?」
「更に居残りで500スイングしているバカもいたがな。」
「ケイタ、1500スイングもしてたのか?」
「まぁ、そのくらい朝飯前よ。松高の四番を打つってのは、そう言う覚悟がいる。それに夏休みの宿題も終わらせたぜ!文武両道だな。」
「んな事より、Vスラ投げてみろよ?」
「トバシラ、受けてくれ。俺が打つ。」
「お、おう。」
一球目、カキーン。ファウル
二球目、グワキーン。ソロホームラン。
「駄目だな。これじゃあ強豪のクリーンアップには打たれるな。」
「一球目は良かったぞ。まぁ、50点て所か。」
「トバシラ、ありがとう。」
「おう。」
「でも、カウント稼ぐ位出来ますよね?」
「サインとして出すのは正直怖いな。」
「それなら、パワーアップしたストレートをサインとして出す。」
「忘れ物はまだ半分位忘れたままですね。」
「ケイタじゃあ強すぎるから他のバッターで試してみれば?」
「イーヤ駄目だ。この夏でブルークラッシャーズは驚く程進化した。他のバッターでも結果は同じだ。」
「安心して投げられる様になるまで、サインは出さない。Vスラは、もっとキレ良く落ちてこそフィニッシュブローになる。」
「さ、無駄口叩いて無いで投げ込もう。山田玄助杯まで時間がねぇ。」
「お、おう。」




