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6.嘘つき(その17)

 あまりの出来事に、ルイスは言葉も失って立ち尽くす。一方、アリス・リデルは無邪気に周囲を見回して言った。

「あら、お姉様っ……! フフッ。お姉様も、チェシャ猫さんに連れてこられたの? 不思議の国(こっち)で会うのは初めてね。私、お姉様はここの事、あんまり好きじゃないんだと思ってたわ。チェシャ猫さんにナンチャッテウミガメさん、三月ウサギさんに帽子屋さん。あっ、あそこにドードーさんも! フフッ! なんだかとっても懐かしいわ! 随分長い事、ワンダーランドに来てなかったみたい……!」

 ロリーナ・リデルは切なそうに口をつぐんでいる。民衆たちの戸惑いも大きい。彼らがかつて会ったアリスは金髪で、ほんの七歳の子供の姿だったからである。一方、ルイス・キャロルは覚束ない足取りでアリスのすぐそばに立つと、声を震わせて彼女に言った。

「……アリス……。君はまた、ここへ来られたのですね……! この世界に……。私たちの、ワンダーランドに……! 良かった……。本当に……、本当に良かった……!」

 ルイス・キャロルは、歓喜の涙を流していた。アリスは訳も分からないままに、そんな彼の心配をする。ここでチェシャ猫はルイスに向かって言った。

「ニャハッ! あんたとロリーナちゃんの決着が付いたみたいだったからね。どうやったのかは言わないけど、アリスのとこまで行って、寝ていた彼女にちょっと声を掛けてみたのさ。こっちに来たいか聞いてみたら、おっかなびっくり『イエス』と言うから、あたしがここまで連れてきてやったってわけ♪」

 するとこの時、彼らのそばまで近づいてきていた野ウサギが、涙を拭いながらこう言った。

「ウグッ……、ルイスさん……。良かったですね……! けど……、なぜでしょう? この国はまだ荒み切ったまま……。明日どうなるかも分からないのに……」

 ロリーナも黙ったまま、同様の疑問をその顔に浮かべている。ルイス・キャロルはこう答えた。

「……『心』です。この国の民……、即ちあなたたちの、心が変わった。それによって、世界の本質が変わった。だから女神様の心も晴れたのです。……なぁんて、今考えたばかりの理屈ですがね!」

 彼がいたずらっぽく笑うと、野ウサギやロリーナも静かに微笑んだ。けれどもここで、反対にアリスは表情を曇らせて言った。

「ワンダーランドが、荒んで……? まさか……、私が夢だと思っていたのは……。ねえドッドソンさんっ……、王様や女王様はどこ? それから公爵夫人もっ……。みんながやけに静かにしてるのはどうして? ワンダーランドに何があったのっ?」

 ロリーナは居たたまれなくなって言う。

「アリス、この国がこうなったのはわ――」

 が、ここでルイスが遮って言った。

「アリス……、これは夢ですよ。例えハートの王様たちがもう出てこないとしても、夢とはそういうものですし、今回見たのは、たまたま活気のない世界だったのでしょう。残念かもしれませんが……、君がこれ以上、気に病む事はありません。……フフッ、次に見る時は、豚の王様が治める国になっているかもしれませんよ?」

 けれどもアリスはルイスの目をじっと見ると、間もなくうなだれて言った。

「……ドッドソンさんは嘘つきね……。分かるわ……。物事は変わってしまう……。ワンダーランドも同じなのね……。悲しいわね。私が創った世界なんだから、私が全部元通りにできたらいいんだけど……。それはできないって、はっきり分かるの……。いなくなった人たちは戻らない……。時の流れを戻す事はできない、って……」

 ルイス・キャロルは苦しそうに顔を歪めた。料理番やドードー鳥も、改めて涙を零す。しかし、その時だった。

「ニャハッ! できない事もないと思うけど?」

 皆の重い沈黙を破って、出し抜けにチェシャ猫が言ったのである。

「アリスちゃんにもルイスちゃんにも、死人は生き返らせられない。けど、あんたたち二人はこの世界の神様でしょ? ならさ、創っちゃえばいいんじゃない? それが可能な、何かをさッ! 時間を戻せる、新たな存在(キャラクター)をさッ!」

 ルイスもアリスもロリーナも、目を丸くして呆気に取られていた。

「ニャハッ! できないの?」

 ルイス・キャロルはアリスの目を見詰める。少女もまた青年の目を見詰めると、間もなくこくりと小さくうなづいた。ルイスはチェシャ猫や野ウサギの方に向き直り、どこか表情を険しくして言った。

「……できます。……おそらくですが。……けれど、それには問題が一つ……。この世界の時間をありし日まで戻せば……、当然革命もなかった事になり、ロリーナや私が来たという事実もなくなるでしょう。私に関する記憶がなくなるどころか、あなたたちが必死で得た……、その、なんと言うのか……」

 彼は自身の胸に手を当てて口ごもった。するとチェシャ猫は、大げさに鼻で笑ってこう言い放った。

「ニャハッ! あー、あんたの教訓みたいのね! 要らない要らない! 元に戻ればなーんにも考えないで生きていけるんだから!」

 苦笑いをするルイスに、涙を拭いながら野ウサギが言う。

「ルイスさん……。大丈夫です……。僕たちなら、大丈夫です。忘れません……。きっと、忘れません……! 元の馬鹿やってた頃に戻っても……、あなたの事は、心のどこかできっと憶えています……! だからあなたは、あなたが思う通りの事をしてください。その子の……、あなたの大事な、アリスのために……!」

「旦那ぁッ……!」

 トカゲのビルと料理番も、彼の下に駆け寄って言う。

「オイラ、何があっても生き抜いてやるって誓ったばっかりだ。あ、いやっ、だから戻すなって言いてえんじゃねえっ……。この先何があっても……、あいやっ、この先じゃねえっ。革命前に戻っても……、オイラ、やれるさッ! 心配しねえでくれッ!」

「お前さんっ……! あたいっ……、あたいっ……! ありがとうっ……! どうかっ……、どうか幸せになっとくれ……! 愛する彼女と共に……!」

 ルイスは料理女に否定しかけるが、その時ドードーが息を切らせてやってきて言った。

「おっ、お客さんっ……! あっ、いえっ、るっ、ルイス・キャロル様っ……! そっ、そのっ……。また、来てくださりますよねっ……? たっ、例え僕たちが、忘却の川の水に呑まれる事になったとしても……。あっ、あなたやアリスとは、またっ、いつか会えるんですよねっ?」

 ルイス・キャロルは優しく微笑んで答える。

「もちろんです。会えますよ。その気になればいつだって、ね」

 アリス・リデルは彼らのやり取りを、驚きと愛情を抱きながら見詰めていた。彼女は子供のように嬉しそうに笑うと、ルイスを見上げてこう言った。

「フフッ! ドッドソンさん、私の知らない間に、いろいろあったのね。こんなにみんなと仲良くなってるなんてッ」

 それから彼女は切なげに言った。

「……それじゃあ……。名残惜しいけど……、いいのよね?」

 聴衆のざわめきは大きくなっていたが、反対の声を上げる者はいなかった。ルイスはアリスと、それからロリーナを見て言った。

「やりましょう。この夢からも、目を覚ます時が来ました」

 アリスはうなづき、ルイスの手を握った。すると、彼女の肩に垂れるがままになっていた濃いブルネットの髪がにわかに浮き始め、そして黄金色に輝きだしたのである。一同が目を見張る中、ルイス・キャロルはアリスの手を握り締めつつ、彼女に向って言った。

「そうですね~……。それじゃあアリス、こういうのはどうでしょう――ひょろ長くってかちこちの手のない体。頭にはとんがり帽子を被ってて、大きな四つの目玉をぐるぐる回す。川のほとりに佇んで、時々大声で歌いだす巨人って、なーんだ?」

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