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6.嘘つき(その15)

 法廷に彼女の大声がこだまし、続いて水を打ったような静けさが訪れた。ロリーナ以外の全ての者が息を呑み、指先一つ動かせずにいる。ドードーや料理番は目を背けたくなるのを必死で堪え、トカゲのビルや野ウサギは砕けんばかりに歯を食い縛る。その中で、ルイス・キャロルは事実苦痛にその顔を歪めながら、血走ったロリーナの目を懸命に見詰めていた。

 永遠かと思われる程の時間の後、沈黙を破って、ルイス・キャロルは静かにこう言った。

「……苦しいだけじゃ、ありません……。このゲームにしたって、……例え私の負けだとしても……、私はここまで、かなり楽しかったですよ。……苦しいだけじゃない……。苦しい記憶が、残りやすいだけなんです。あたかもゲームでリスクを最小限にするかのように……、そうしなければ、私たちは上手く生き残れないから……」

 ロリーナ・リデルを始めとして、一同の間に戸惑いが走るが、ルイス・キャロルは語り続けた。

「恨みを力に変えるのも、ある意味生きる術でしょう。不当な仕打ちに対しては、雄獅子の如き闘争や、脱兎の如き逃走も必要でしょう。……けれど、苦しみが全てではない……!」

 嘲笑を浮かべつつあるスペードの女王に対し、ルイス・キャロルはすがるように言った。

「ロリーナ、どうかっ、どうか思い出してくださいッ……! 苦しみだけじゃない……! 喜びもッ、君の人生には確かにあったはずッ……! いいえ本当は今もッ、どこにでもあるッ……! 一杯の紅茶だってそうですッ。下らない冗談一つにしたってそうです……! 子供のような無邪気さで、心を開いて見てみればッ……、生は大抵、驚きと喜び、それからユーモアで溢れている……! 例え苦しい闇の最中にある時でさえ、苦しみもがくその指先に、何かが触れて神秘を感じる事だってあります……! そしてそれらの感動はやがて思い出となって――、心を開いていさえすれば、時を経ても現在の自分を照らし、支えてくれる……! それこそが――ロリーナ、私はこう思うんです――、その輝きこそが、本当の『愛』なのだと……! それは人の愛であり、神の愛であり、自分自身の愛なんですッ……! そしてその事を、かつてこの私に気付かせてくれた人物こそがッ、他でもない、君の妹ッ……、アリス・プレザンス・リデルなのですッ!」

 ロリーナ・リデルは稲妻に撃たれたかのように硬直し、言葉を発する事ができなかった。トカゲのビルや野ウサギもまた、静かに涙を零している。聴衆たちの多くも打ちひしがれている一方で、一部の者はわだかまりを抱えたままその顔を歪める。グリフォンは椅子から立ち上がって叫んだ。

「っゲームはッ……、ゲームはどうしたッ! スルーなのかダウトなのかッ……! この期に及んで引き伸ばしはやめろッ!」

 気重そうに、ウミガメも言う。

「ムゥ……、その通りだ。チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン……! 女王のコールはQが三枚……。スルーするのか、それともダウトか……!」

 帽子屋はルイスを睨みながら呟く。

「……ダウトはできない……。奴は苦しい……! 奴にダウトはできない……!」

 野ウサギたちは懸命に祈り、やがて再び法廷を沈黙が支配したかと思った、その時だった。ルイス・キャロルは息を一つつくと、小さく微笑み、そして決然と言ったのである。

「苦痛の呪縛を断ち切りましょう! ダウトですッ! この三枚はQではなく、5が二枚と10ッ! 私たちの戦いも、とうとうこれで最後ですッ!」

 ロリーナ・リデルは唇を引き結ぶ。聴衆たちは息を呑む。ウミガメは震えるひれ先でカードを掴むと、三枚同時に表に返した。

「……5と、5と、10っ……! 5と5と10っ! Qではないっ! Qではなかったっ……! っカジノ潰しのダウトッ……、成功だッ!」

 ナンチャッテウミガメが言い終えるや否や、物凄い大声が法廷に沸き上がった。

「やりやがったっ! やりやがったッ!」

「スゲェぞッ! しかも中身までッ! あいつマジで神なのかもッ!」

「何枚っ? 二十一枚ッ? 二十一枚が女王にっ! これは決まりだッ……! 勝負あったッ!」

 ロリーナ・リデルはほとんど呆然としながら、ウミガメが恐る恐る差し出したカードの山を手繰り寄せ、その中身を確かめた。二十一枚を引き取った事により、手札はこうなる。

 (2222)(3333)55666999T(QQQQ)KKK

 最早働かなくなった頭でも、ここからロリーナには全てを察する事ができた。ルイスの手札は今、四枚揃いを除けばAと5と10が二枚ずつ。即ち彼はもう嘘をつかず、ダウトを掛けずとも三手で上がりであり、最短で四手掛かる自分に、勝ちの目はない事。そして相手も当然それは分かっており、しかも彼はまさにこうする事を狙って、密かに危険極まる賭けを行っていたという事も。

「……フフッ……」

 まるで憑きものが落ちたかのように、ロリーナ・リデルは小さく笑った。それから彼女は椅子に体を沈めると、気だるそうに首を横に振り、それからルイスの姿を眺めて言った。

「私の、負けよ……。勝てないわ、あなたには」

 次の瞬間、法廷は一層沸き、最後の希望に賭けていたグリフォンたちはがっくりと肩を落とした。野ウサギたちは歓喜で我を忘れ、そしてルイス・キャロルはにっこりと笑った。

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