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6.嘘つき(その13)

 一方、聴衆たちの不安気なざわめきは強まっており、反対にルイスに味方する者たちは気丈さを取り戻していた。顔を引きつらせている帽子屋に聞こえるように、野ウサギは大きな独り言を言う。

「いったい何が起きたんだ? 女王のやつ、目に見えて動揺しだしたぞッ……! 耳で聴けばもっとだッ! 何か彼女は、致命的なミスを犯したんじゃないかッ?」

 別の一角では、トカゲのビルが大胆にもこんな風に声を上げた。

「やいッスペードの女王ッ! 長考かッ? そもそもあんたが出す番だって分かってんのかッ? 時は金也だぞッ!」

 周囲のトランプ兵や狂信者たちも最早うろたえつつあり、彼が取り押さえられる事もなかった。勝負のテーブルの傍らに立つナンチャッテウミガメも、おろおろしながら女王を促す。女王、即ちロリーナ・リデルは、自らの手札の上で拳を握り締めつつ、必死で頭を働かせ続けていた。

 ……私がチャールズに騙されたのは間違いない……! おそらくゲームの序盤から……、彼は私に、抜き札を誤解させる事を意識してプレイしていた……! 即ちっ、彼がコールに使った数字もッ、私のダウトで晒したその中身もッ、全てが罠だった可能性があるッ! 複数枚持っている内から一部を切り崩して出したのでは大損、などと私が推測したのも、完全に裏目ッ……。いやっ……、読まれたんだッ……! 彼は私がそう考えると予測してッ……、私の合理性を逆手に取ってッ、不合理な奇策で対抗したッ! 命の賭かったこの勝負でっ……、リスクを覚悟で猛毒を仕込んでいたッ!

 ……よく考えるのよロリーナ……! 私が知り得たと思った抜き札「A4567T」の内……、A・6・10の三つは、確かにこの目で見た情報……! 加えて十中八九、Aはもう一枚抜き札にある……! 後の4・5・7は、チャールズに掴まされた情報ッ……! ただし厄介なのは、ならばこの457は抜き札にないのかと言うと、そうとも言えない事……。一部は切り崩して一部はそうでない、などの可能性もある……!

 ……7が抜き札ではないというのは、今となっては分かるわ……。チャールズは一度、それまで「7二枚」で押し通していたのに「6二枚」に変えた時があるから……! 10は抜き札に一枚だけだという事も分かる。中盤、何も情報がない状態で、チャールズは10二枚をコールしていたから。あれはおそらく嘘じゃない……。

 ……けど……、ぬぅう……! 不明の抜き札が二枚もあるんじゃ、推理にも限界があるッ……! 今分かる事は――。

 クッ……! 私の手札が今、22255666TQQQ、即ち残り五種、最短四手で上がれるのに対して……、チャールズは最もバラついた場合、

 AA(4444)55(7777)888999TT(JJJJ)(KKKK)

 ……このような形となり、最短四手にッ……! そして最悪の場合っ、この場合抜き札にAが三枚ある事になりその場合はっ……、

 A(4444)5(7777)(8888)(9999)TT(JJJJ)(KKKK)

 ……こんな風にっ、残り三種で二手で上がれる可能性があるッ!

 四手の場合は、さっきまで考えていたのと同じく、チャールズは嘘が二回必要だし私の方が先に出すのだから、こちらが断然有利……。けどっ……、彼が二手三手で上がれる場合はッ……!

 ウウッ……! どうすればっ……、どうすればいいッ……? 分からないッ! 何が真実で何が正しいのかッ……! 頭がおかしくなってくるッ! 私がっ、私がこんな目に遭うなんてっ! この嘘つきのっ、蛇のせいでッ――!

 ロリーナ・リデルの両目は血走り、額には脂汗をにじませ、歯を食い縛りつつ呼吸を荒らげている。その姿は遠目に見ても、激しく混乱しているのが明らかであった。そして、この混乱こそ、相対するルイス・キャロルが、このゲームの開始時から企図していた事だったのである。

 ロリーナ・リデルを良く知る彼は、彼女の霊感にも似た感性を恐れた。正攻法で勝負しては、惨敗を喫する事にもなりかねない。それは絶対に許されなかった。そのため彼はリスクを受け入れ、小さな、しかし危険な賭け――即ち嘘を積み重ねる事によって、見事狙い通り、ロリーナ・リデルの平常心を失わせる事に成功したのである。

 そしてまた結果的に、彼は情報戦においても、ロリーナより圧倒的に優位に立つ事ができた。今の彼は抜き札の六枚に関して、ほとんど確信を持ってその全容を把握できている。

 彼が見抜いた、そして真実の抜き札の全容は、A・A・6・9・10・K。

 そしてルイス・キャロルの現在の手札は――、

 AA(4444)55(7777)(8888)999TT(JJJJ)KKK

であった。因みに先の手番で彼がA三枚の宣言の下で出したのは、23Q。そして当然、これらの情報から、ルイスにはロリーナの手札も導き出せている。彼女はおそらく一手前は宣言通り3を三枚出しており、今の手札は、

 22255666TQQQ

と考えられる。つまり現状、ロリーナが推測したパターンの内、最も彼女にとって『苦しむ必要がない』状況、未だ圧倒的に彼女の方が有利な状況にあったのである。

 ルイス・キャロルには、その事が分かっていた。またその事を、ロリーナに決して悟られてはならないという事も。そして彼はいきり立つロリーナを見据えつつ、自らが勝利に到達するには、まだ幾度も死を覚悟しなければならないだろうという予測を、一人密かに噛み締めるのだった。

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