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6.嘘つき(その12)

「……フンッ……。スルーよッ……!」

 法廷に低い唸り声が広がる。メアリー・アンも苦笑いをして呟いた。

「……流石だね、あの男……。終局が近いのは間違いない。なのに未だに、手番中に全く心音を乱さないんだから。……まだ、諦めてないって事かい……。フッ、神様だっていうだけの事はある」

 野ウサギは口元を緩めてこれに同意し、反対に帽子屋は舌打ちをした。

 一方、ルイスとロリーナは互いに視線をぶつけ合ったままであったが、やがて次の手番のロリーナの方から視線を逸らし、彼女は自分の手札に集中しようとした。しかし、その次の瞬間である。

 ……ッ! 何……? 今、一瞬……! ロリーナは思った。……ほんの一瞬……、チャールズから、僅かに弛緩した雰囲気が……。

 彼女はがばと顔を上げ、ルイス・キャロルを睨みつけた。彼は変わらず厳しい表情のままで、恐怖と絶望を必死で押し殺している、と、そうロリーナが見て取った時だった。

「クスッ……!」

 ルイス・キャロルが、不意に笑みをこぼして言ったのである。

「フフフッ……! こんな時ですが、洒落を一つ思い付いてしまいましたよ。『ダウトせずスルー』と掛けて、『一流の声楽家』と解く。その心は――、『うたがうまい』。なんちゃって!」

 ……っこの男ッ……!

 ロリーナ・リデルの顔面から、一瞬にして血の気が引いた。

 ……この男っ……! うっ、『嘘』を通した可能性があるッ……!

 聴衆たちの大半はルイスに罵声を浴びせているものの、一部は女王の異変に気付き、戸惑いを見せ始めた。中でもトカゲのビルを始めとする、これまでルイス・キャロルのやり口を見てきた者たちの目には、にわかに希望の光が輝き始めたのである。

 一方、ロリーナ・リデルは目と歯を剥いてルイスを睨みつつ、脳をフル回転させて考えていた。

 ……彼の軽口が問題なんじゃない……。問題はその前……。私だからこそ感じられた、彼の微妙な気の緩み……。嘘はついている時ではなく、ついた『後』にこそボロが出やすいもの……! 私の視線がようやく外れて、自分の手番、即ち『嘘の一手』が完全に終わったからこそ、僅かな安堵を漏らしてしまったのではなくてッ……?

 ……思えばおかしい事は……、ほんの僅かに奇妙な事は、他にもある……! なぜ彼のコールは今、「Aが三枚」だったのか……! 一手前は「4三枚」だった……! そして嘘がばれたわけだけど……。けれどもなぜ、彼はコールする数字を変えた? 全く同じコールの方が相手に与える情報は少なく、より駆け引きは強くなるはず。そうよッ……! 現に彼は勝負の序盤、「7二枚」として嘘がばれた次の手番に、再び「7二枚」でコールしていたっ……!

 ――おそらくチャールズはっ……! この「A三枚」のコールによって、「偽装が成立する」と考えたッ! 確信していたと言ってもいいッ! 「4三枚」での嘘は見抜かれるのも承知で出し、その後で……、おそらく私に僅かに油断が生まれた、このタイミングでッ、本命の「A三枚」の嘘を確実に通したッ……!

 いったい、なぜっ! なぜ嘘が通ると思っていたッ? なぜ私が騙されると思っていたッ? 矛盾はない……! チャールズはAを三枚持っていたはず……! Aは抜き札に一枚、私が最初から持っていた一枚、それを中盤、嘘を通して向こうに送っ……。

 ――ウッ……! そうだわ……! 私もその時っ、「通る」と思ったっ……! 『A二枚』とコールすれば、ほとんど確実に「Aと7」が通ると思ったッ……! なぜならばっ、抜き札にAがあるという事実を私だけが知っていて、相手はその分、私の持っている枚数を「多く」見積もると考えたからッ……!

 つまり本当はッ……! Aは抜き札に、『二枚』あるッ! チャールズはその事実を知ったッ……! まさにあの時の私の「A二枚」のコールと、そのラウンドに彼がダウトを失敗してカードを引き取った時に……! そして私が、「抜き札にはA一枚」だと思い込んでいるという事実も知ったッ……! だからこそっ、チャールズの持つAの枚数を「多く見積もっている」であろう私になら、「A三枚」の嘘を通せると思ったのよッ!

 ……ああっ! なんて事ッ! という事はつまりっ……! つまりっ……! 私が完全に把握したと思っていた……、この抜き札六枚の情報はっ……! 全くもって(・・・・・)間違っている(・・・・・・)っ! 「A4567T」ッ? Aは本当は二枚でっ……、何がどうなってるのっ! こんなゴルディアスの結び目になった原因は勿論……!

 ここでロリーナ・リデルはめまいを起こしそうになるのを必死で堪えると、対戦相手を恐ろしいほど睨みつけ、剝き出しの歯の間から絞り出すように言った。

「……この……、嘘つきッ……!」

 しかしながらルイス・キャロルは、これに対して何も言わなかった。苦しそうに眉根を寄せたまま、その口元に僅かに寂しげな微笑みを浮かべただけであった。

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