6.嘘つき(その5)
法廷内の全ての者が、自らの耳を疑った。誰もが唖然として物音一つ発する事ができぬのを見て取ったルイスは、周囲を見回しながら続けて言った。
「私に対する起訴内容や証言の内のいくつかは、確かに実際に私がしでかした事です。密入国やカジノに対する名誉棄損、不法侵入やら何やら……。ただし私はカジノを相手取るのにイカサマなど使ってはいませんし、革命を頭から否定するのも、ただただ革命とその後の改革によって、現に皆が苦しんでいるからです……! 心を苛む絶望、妄執、恨み辛みを忘れて……、無邪気な笑顔を、再び取り戻してほしかったからなのですッ……! 私の大切な一人の少女と――、彼女と私が家族のように愛して止まないッ……、この、ワンダーランドの皆さん方にッ!」
ルイス・キャロルの目には涙が浮かんでおり、法廷にはざわめきの声が広がり始めていた。一方、ロリーナ・リデルは顔を伏せて身動きせず、グリフォンやウミガメは身を震わせて牙を剥くようにしている。彼らの怒りが今にも爆発しようかというところで、ルイスは再びロリーナを見据え、毅然として言った。
「けれども私のこのような主張は、このような人民裁判では聞き入られるはずもないでしょうし、そもそも人の心の内の真実など、独白でもなければ証明しようもありません。それ故……! 私はここに、先の革命の煽動者にしてワンダーランドの現支配者、スペードの女王こと、ロリーナ・シャーロット・リデルに対し! 無実を賭けて、ゲームによる決闘を申し込みますッ!」
広間に彼の声が響き渡り、聴衆たちは息を呑んだものの、その表情は明らかに戸惑っていた。けれども間もなく何割かの者の目に好奇の光が宿り始めると、それを危機と見たか、グリフォンとウミガメは大声でルイスに怒鳴った。
「決闘裁判だとッ? 勝った方が正しいってッ? ふざけるなッ! こいつは民事訴訟じゃない! 刑事裁判だッ! お前に刑を下すだけの場なんだよッ!」
「野蛮人ではあるまいしッ! 革命前ならいざ知らず! ワンダーランドは近代国家なのだッ! 合理性の欠片もないッ!」
これを聞いて聴衆は身をすくめた。が、一方ここで、すかさず声を張り上げて叫ぶ者があった。
「ウォオオオっ! すげえやッ! イカレてるッ! やれやれェッ!」
必死で叫ぶ声の主は、未だ床に這いつくばっている、あのトカゲのビルであった。彼は目から大粒の涙を零している。そばにいる料理番は彼の意図に気付くと、間髪入れず大声で言った。
「いいぞいいぞっ! 勝負だよッ! 女王様やっちゃってッ!」
「そそっ……、そうだっ! そそう来なくっちゃっ!」
こう継いだのは、陪審員席のドードーである。
「ワンダーランドはっ、こうでなきゃッ! ギャンブル勝負だッ! やっ、やれやれ~ッ!」
彼も料理番も、口調とは裏腹に、その目は涙を溢れさせんばかりである。ルイス・キャロルは切なそうに彼らの方を振り返る。
次の瞬間であった。それまでまごついていた聴衆たちが、目を輝かせて一斉に湧き上がったのだ。
「うおおおおおおおッ!」
「来た来た来た来たァアアアアッ!」
「ギャンブルだぁッ! カジノ潰しをブッ潰せーーッ!」
「イカレてるッ! ワンダーランド万歳ッ! スペードの女王陛下万歳ッ!」
耳を突き、床も震える程の大音量の中、野ウサギは思う。
……繋がったっ……! ルイスさんと……、彼に味方する者たちの、阿吽の呼吸で……! 首の皮一枚っ……! 今や大衆の心理は勝負見たさ一色! 自分たちが全幅の信頼を置く救世主が、愚かな犯罪者を一捻りにしてくれるのを期待してる……! こんなのまさに群衆の狂気だ……! これに命を賭けるなんてのも狂気だっ……! けどッ……、ルイスさんならッ……! ルイスさんならッ、ゲームじゃあ負けないッ! この窮地をッ、脱する事ができるかもしれないッ! ひょっとすると……、スペードの女王の威信さえも、失墜させる事ができるかもッ……!
野ウサギは涙を流しながら、力の限りこう叫んだ。
「勝負だッ! 女王陛下ッ! ルイス・キャロルと勝負しろーーッ!」
今や聴衆は声を張り上げつつ、法壇の上のロリーナを一心不乱に見つめている。そばに立つナンチャッテウミガメは既にうろたえるばかりだが、ロリーナは右手で顔を隠すようにして身動き一つしていない。けれどもやがて、彼女は遂にその右手を下ろすと、壇に両手を突きつつ、ゆっくりと立ち上がった。
一同にわかに口をつぐみ、法廷はそれまでの狂乱が嘘のように静まり返った。が、間もなく少しずつ、異変に気付いた者たちが、ざわめきの声を漏らしていく。スペードの女王のベールの下のその顔が、涙に濡れているのに気付いたからである。やがて彼女は、声を震わせながらルイスを見て言った。
「……あくまで……、あくまでこの私を、拒むと言うの……。再三に渡って……、私が情けを、掛けてやったのに……。私の愛を……! あなたに与えてあげたのに……! それでもッ……! 死を目の前にしても尚ッ! 私をあなたはッ、拒むと言うのねッ!」
ルイス・キャロルは唇を引き結び、険しい表情でロリーナを見つめるのみであった。スペードの女王はここで声を荒らげ、全ての聴衆に聞こえるよう言った。
「いいでしょうッ! ゲームにせよ決闘にせよ、古来よりその勝者こそが神に守られ、正義の証を立てた者と認められるッ! 応じましょう! ゲームによる決闘裁判にッ!」
法廷は再び狂乱の渦となり、野ウサギやビルは改めて震えおののき、ウミガメやグリフォン、帽子屋たちは歯ぎしりした。ルイスとロリーナは互いに睨み合う。やがてロリーナはルイスを指差して言った。
「チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソンッ……! あなたが勝った暁には、あなたの無実を、私たちは認める……! 私が認めさせるッ……! けれども残念ながら、それは決して起こり得ない! 私は最早、手心は加えない……! 全身全霊を持って、あなたを叩き潰す……! あなたは必ず、破滅する事になる!」
ここで彼女は瞳孔を開き、狂気にその表情を歪めて言った。
「あなたは私に破れる……! 必ずそうなる……! あなたは私に屈服する事になるわ……! そしてその時こそッ……! 私は勝利の証として、あなたの心を手に入れる……! 必ずやるわッ……! 必ずッ! あなたの心臓をその身からえぐり出しッ……、この手に乗せて、キスしてあげるわッ!」




