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6.嘘つき(その4)

 ごく一部の者たちだけがにわかにうろたえる中、ドードー以外の陪審員、即ちヤマネと十名のトランプ兵は素早く目配せを交わし合い、それからヤマネが立ち上がって明るい声で言った。

「あっははッ! じゃ行くよ~ッ! 陪審員の評決は~あ! せーのッ――」

「「有罪ッ!」」

 十一名の狂える男たちの揃った大声が法廷に響き、無罪を下したドードー鳥の声は無残にも掻き消された。ヤマネはすぐさま大騒ぎして言う。

「あははははッ! やったね! 全員一致だ全員一致ッ! 有罪決定ッ! 女王様! さあ判決をッ!」

 彼に限らず、法廷内は既にほとんどの者が我を忘れて熱狂し、口々に叫び声を上げている。

「死刑だッ! 首を刎ねろッ!」

「磔がいいッ!」

「火炙りよッ!」

「首吊りッ!」

「内臓えぐりッ!」

「四つ裂きの刑だッ!」

 そんな中、証人席にまだ立っていた野ウサギは、必死で声を上げてルイス・キャロルに言った。

「ルイスさんッ! ルイスさんッ……! 無罪をっ……! 無罪を主張してくださいッ! こいつらにっ……、本当の事を言ってやってくださいッ!」

 声に気付いたルイス・キャロルは苦しそうに表情を歪めた後、呟くようにこう言った。

「……それは……。できないのです……。そんな事をすれば、あなたやチェシャ猫さんは……」

 周囲の騒音にも拘らず、野ウサギの耳にはルイスの声を聞き取る事ができた。そこで彼は一層表情を険しくして、ルイスに次のように告げた。

「チェシャ猫はっ……、チェシャ猫はッ……! 彼女はッ、死にましたッ! 撃たれた、あの翌日に……! 看守たちが話しているのが聞こえたんですッ……!」

 これを聞いてルイス・キャロルは目を見開き、それから手錠を掛けられたままの両手に拳を握りしめて震わせた。野ウサギは続ける。

「僕の事だってもういいんですッ! 庇う者はいません! お願いですッ! 真実を言ってくださいッ! あの女王と革命がッ、いかに歪んで間違っているのかをッ……!」

 彼がそう言い終わるかどうかという時だった。今や皆の注目を一身に集めていたロリーナ・リデルは、法壇の上から手振りで騒ぎを静めると、続いて自身も椅子に座り直してこう言った。

「ワンダーランドの皆さん……! 陪審員の方々の熟議と総意によって、被告人の有罪が確定いたしました。この決定はまさしく、親愛なるワンダーランドの全国民方の総意に違いありません」

 すぐにあちこちから拍手が起こりかけるが、ロリーナはそれを制して言葉を続ける。

「後は畏れ多くも、皆さんから信を受けたこの私が、被告人に刑を言い渡すのみとなりました。皆さんの願う通り、彼に極めて重い罰を与えねばならない事は言うまでもありません」

 再び拍手が起こりかけるが、彼女はこう続けた。

「……が、しかし……! ここで私は、私たちの敵、この希代の大悪党に対して、最後に少しだけ、発言を許そうと思います。ほんの二言か三言……。私たちの手によるこの裁きの場を通して、そして今や死をその目前に見て、被告人が何を思うのか聞いてみるのです。願わくば、彼が私たちの正義を理解し、自らの行いを深く後悔せん事を……!」

 抑えられた拍手や不満気な唸り声が法廷に広がり、一同の注目は被告人へと集められた。被告人の周りの兵たちは、彼に向かって意味あり気に武器を握り直す。野ウサギは歯を食いしばって思った。

 ……ルイスさん……! 言ってくださいッ……! 革命の間違いを……! 国民(ぼくたち)の誤りをッ……! あなたはそれを、元に戻そうとしていただけなんだと……!

 ドードー鳥も嘴を噛み締めて思う。

 ……お客さん……、今なら分かります……。あなたは本当に、この世界の創造主なのでしょうっ……? おそらくあなたは、あの少女アリスのために、僕たちを創った……! そして今、この世界がこんな有り様だからこそ、あの子の心は病に陥っている……! それを正直に説明するんですっ……! 情状酌量でっ、極刑だけは免れるかもしれませんッ……!

 一方、床から起き上がった料理番は両手を組んでルイスに向かって祈る。

 ……お前さんっ! お願いだよっ、頼むから命乞いしておくれッ! 死ぬほど反省してるってさ! スペードの女王も女だっ。慈悲の一かけらくらい残ってるはずだよっ……!

 トカゲのビルは這いつくばったまま必死で頭を巡らせる。

 ……どうすりゃいいっ? なんて言えばっ……、何をどう言ゃあ旦那は助かるんだっ……!

 法廷内のあらゆる者たちが被告人を見つめる中、当のルイス・キャロルは彼らの表情を切なげに見回した後、法壇上のロリーナ・リデルに改めて視線を向けた。彼女は氷のような瞳でルイスを見下ろし、右手で口元を覆うようにして肘を突いている。そしていつの間にか、彼女はその右手の薬指に、大粒のエメラルドを付けた指輪を一つ嵌めていたのである。

 ルイス・キャロルは僅かに目を見開いた。指輪の意味が分かったからである。それは『サイン』であった。

 エメラルドはスペイン語ではエスメラルダ。ヴィクトル・ユーゴー作、『ノートルダム・ド・パリ』のヒロインの名である。作中、エスメラルダは魔女裁判に掛けられるが、大聖堂の助祭長フロローは彼女に対し、自らの情人になれば命を助けると囁く。即ち、ロリーナはルイスにこうほのめかしているのだ――『自分と結婚すれば、命だけは助ける』、と。

 ルイス・キャロルはロリーナの目をじっと見据えた後、目を閉じて小さくうなづいた。それから彼は再び法廷の中を見回すようにして、衆人環視の下、落ち着いた声で話し始めた。

「ではでは……、慈悲深きスペードの女王陛下、並びに親愛なるワンダーランドの皆様方のお許しを頂戴いたしまして、わたくし、ルイス・キャロルことチャールズ・ラトウィッジ・ドッドソンが申し上げます。わたくしは1832年、イングランドはチェシャ州、ウォリントンのダーズベリで生まれ……」

「二言三言だと言っただろッ! このイカレ野郎ッ!」

 グリフォンが鋭く口を挟むと、戸惑っていた聴衆たちもすぐにルイスに罵声を浴びせ始めた。が、ロリーナに促されたナンチャッテウミガメが、声を上げてそれらを制する。

「静粛にッ! ……被告人。手短に述べるのだ。わしらの厚意を無駄にしたくなければな……!」

 言われて被告人は大袈裟に頭を下げた。料理番やビルは肝を冷やしている。辺りに低いざわめきが残る中、ルイス・キャロルは声を大きくして言った。

「それでは手短に致しましょう。私の申し上げたい事は一つです……! 私の心身の潔白を証明するためにッ、この場で『決闘裁判』を開いていただきたいッ!」

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