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6.嘘つき(その3)

「……粛にっ! 静粛にっ!」

 かなりの時間が過ぎてから、ようやくウミガメの呼び掛ける声が聞こえてきた。やがて聴衆がなんとか落ち着きを取り戻したところで、検察役のグリフォンが着席しながらロリーナに言った。

「尋問は以上」

 ロリーナは冷たく微笑みながら言う。

「では証人はそちらに座っていてよろしい。次の証に――」

 と、ここで陪審員席の中からドードーが身を乗り出し、うろたえながら必死に発言した。

「はっ、ははっ、反対尋問はっ? は反対じ尋問ですっ……! ひっ、被告人側からも、しょ、証人に尋問しないと……! べ、弁護人がいないから、ひ、被告人自身が……」

 法廷には失笑や嘲笑、あるいは溜め息や舌打ちの音が広がった。ドードーの言った通り、法廷右側の弁護人席には弁護士らしき者はおらず、被告人のルイスは中央の証言台に立たされたままのため、スペースは空である。ロリーナは鼻で笑いつつ、法壇の上からルイスを見下ろして言った。

「フッ……。では、被告人からの反対尋問はありますか? もちろん、この証人に対して、あえてその口を開いて言うべき事があればですが」

 ルイス・キャロルは苦い顔をしてロリーナを見た後、黙ったままちょっと肩をすくめた。すかさずナンチャッテウミガメが声を大にして言う。

「反対尋問は必要ないという事だなッ。ムフッ! ならば、次の証人ッ!」

 ドードーやビル、料理番は悔しそうにその顔を歪めたが、その場の圧倒的多数の者たちは、新たな入廷者に対して期待で胸を膨らませる。

 そんな中、間もなく証人席に立ったのは、大きな値札付きのトップハットを胸に掲げた壮年の男、即ちルイス・キャロルを拘束したあの帽子屋であった。

「では証人!」とグリフォンが尋問を始める。「まず、お前が被告人と接触した経緯を述べろ」

 すると帽子屋は法壇のロリーナに向かって(うやうや)しく頭を下げた後、グリフォンやウミガメにも礼をして喋り始めた。

「崇高にして麗しきブラック・レディー様、並びに新政府のお歴々、及び親愛なる同胞に、私、不肖帽子屋が申し上げます。それは四日前の事でありました。ご存じの方も多かろうと思われますが、その男は城下にて騒ぎを起こし、一度兵隊たちに捕まったものの……、忌々しい事に、その後逃げ出したのであります。私が見付けたのは、なんの因果か、この男が私の店の裏手を駆け抜けようとしている時でした」

「チッ……! そうだったのか……!」と、聴衆の中からフラミンゴが声を漏らす。「おかしいと思ったんだ、仕留めたはずなのに……。お陰で俺の手柄もパアだぜッ……!」

 ルイス・キャロルは黙ったまま大袈裟に首を傾げるが、帽子屋は素知らぬ振りをして言った。

「そこで私は、陛下とこの国の御ためという一心から、危険をも顧みず、そこにいるヤマネや部下と共に夢中でその男を捕らえ、拘束する事に成功したのでありますッ……!」

「ほんとほんとッ! すっごく頑張ったよッ!」

 ヤマネは囃し立てるように騒いだが、グリフォンはどこか鼻で笑うようにして帽子屋に言う。

「被告人はその時、何か喋ったな? おそらく犯罪者の言い分のような事を。聞いた事を述べろ」

「はッ。我々が政府に身柄を引き渡そうとして、連絡に手間取っている間の事であります。盗人にも三分の理と申す通り、その男は聞かれてもいないにも拘らず、ベラベラと喋りだしたのです」

 帽子屋はいかにも憎らしそうに語る。

「彼は大義は自分にあると主張し、この国のカジノを潰して回る理由を、先の革命そのものが誤りであるからだと言い放ちました。彼はあの忌まわしき王権及び旧体制を賛美し、反対に我々の正義を犯罪扱いし、我々の理性を狂気、進歩を堕落と言って貶め、あろう事か、我らがブラック・レディーを詐欺師と罵って、我々国民の全てが騙され、激しい妄想に取り付かれていると(のたま)ったのであります!」

 瞬間、法廷が怒号に包まれる。

「ふざけるなッ! このよそ者がッ!」

「妄想激しいのも詐欺師なのもあんただろッ!」

「スペードの女王様が俺たちを救ってくれたんだッ!」

「お前も首を刎ねられてみろッ! 死ねッ! 今すぐ死ねッ!」

 再びかなりの時間を要して、聴衆が制止するウミガメたちに気付いたところで、グリフォンが嫌悪のこもった声で言った。

「被告人の言動はまさに、自由に対する反逆そのものッ。……しかしながら、不可解な点が一つある。彼はイングランドから来た異邦人。その彼が、いったいなぜこれほどまでにこのワンダーランドに執着するのか……。証人、被告人はその点、何か言っていたのか?」

 すると帽子屋は、伏し目がちにしながらも、声は刺々しく、はっきりとこう言ったのである。

「はッ……! 口にするのもおぞましい事であります。が、私は自由と正義のために申し上げましょう。彼は自らを……、『ルイス・キャロル』だと名乗ったのであります。今では老人か、学のある者だけが知っている名です。即ち……、それは神の名……! その男は、自分がこの世界の造物主であるとッ……! だからこそッ、自分だけがこの国を自由にできると言い放ったのでありますッ!」

 法廷は一瞬静寂に包まれた後、すぐに先程以上の狂乱となった。

「イカレてるっ……! 正真正銘イカレてるっ!」

「いいやっ、こいつはペテン師なんだッ! この恥知らずの大噓つきめッ!」

「今どき神を(かた)るだなんてッ! それで好き勝手できると思うなんてッ!」

「神なら自分を救ってみろッ! ええッ? 狂人だからって逃がしゃしねえぞッ!」

 聴衆は口々に被告人のルイス・キャロルその人を罵り、彼に向かって物が投げ付けられるようになるまで、大した時間は掛からなかった。トカゲのビルや料理番は身を挺して周囲の者を止めようとしたものの、多勢に無勢。間もなく打ちのめされて、それぞれ聴衆に組敷かれてしまった。

 ……畜生っ……! と、ビルは痛みも顧みずに思う。……帽子屋が旦那の名前を聞いたのは本当だろう。旦那が神様だってのも、ホントは本当だろう……! けどっ、旦那は自分のエゴで世直ししようとしたんじゃねえんだッ……! ましてや狂人だなんてッ……!

 けれどもやがて、法廷の興奮は再び一応の落ち着きを見せる事となった。証人席に立っていた帽子屋がいつの間にか下がり、代わって別の者がその場に立たされていたからである。それは、その身を痛めつけられ、酷くやつれた野ウサギであった。

「では、三番目の証人ッ!」

 グリフォンが威圧的に言った。野ウサギはルイスと同様に手錠をされ、棍棒を手にしたトランプ兵に左右を挟まれている。野ウサギが法廷中央に立つルイスの姿を目にすると、両者は互いに悲痛を表情に浮かべて唇を噛み締めた。

 聴衆たちがざわつく中、グリフォンが野ウサギにこう尋ねる。

「証人、お前は四日前まで、先程証言した帽子屋と共に行動していたそうだな。お前はあそこにいる被告人の名前を知っているか」

 すると野ウサギは間を置いた後、不服そうに呟いた。

「……チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン」

「他には? お前も彼の、『又の名』を知っているだろう? どうだ。答えろ……!」

 グリフォンが詰問すると同時に、両隣のトランプ兵が棍棒を弄んだ。野ウサギは顔をしかめながら答える。

「……ルイス……、キャロル……」

「ヒャッハ! ならこれで、被告人が自ら神の名を騙っている事は証明されたわけだ」

 グリフォンが嘲笑って言い、聴衆たちが再び声を上げ始める。野ウサギは叫んだ。

「っ違うッ……! その人は神だなんて自分で言ってないし……」

「では、彼は神ではないのだな?」

 問われて野ウサギは口ごもった後、躊躇いがちにこう言った。

「っいやッ……。その人はっ……、本当にっ、この世界の神様なんだっ……! だけど彼は謙遜するから、自分じゃそう言わな……」

 彼が言い終わらない内に、聴衆たちは失笑やブーイングを上げ始めた。再び場が騒然となろうとしたその時、法壇の上からロリーナ・リデルが言った。

「皆さん、ご静粛にッ! 被告人の妄想に当てられた者が、ここにもいたという事でしょう。ですが、私たちは罪を犯した者やその共犯者が、例えどんな狂気の中にあったとしても、私たちの自然な感情に従って彼らを公平に裁き、しかるべき罪の報いを受けさせねばなりません」

 法廷に拍手が広がる。続いてロリーナは野ウサギに向かって冷酷に言った。

「証人に尋ねます。あなたは帽子屋と共に被告人と接触した後、どうしましたか? 誰と共に、どこで何をしたのですか?」

 野ウサギは苦しそうに顔を歪め、ロリーナやルイス、そして両隣の兵たちの表情をうかがうのみで、答えなかった。すると間もなく、彼の傍らで座っていた先の証人、帽子屋が声を上げた。

「そいつは裏切ったのだ! 長年の友人である私やヤマネを裏切りッ、同じく裏切り者のあのチェシャ猫を手引きして、三人で私の前から逃げ出したッ!」

 聴衆たちがどよめく。野ウサギはうつむいたまま脂汗を流している。グリフォンは帽子屋に向かって言う。

「第二の証人ッ! 彼らはそれから、いったいどこへ行ったのか!」

 すると帽子屋は立ち上がって目を血走らせながら叫んだ。

「猫が言ったのが聞こえましたッ! 行き先は城の中だと! そこにスペードの女王がいるからだとッ!」

 法廷は騒然とし、ビルや料理番、ドードーたちも驚きの色を隠せなかった。野ウサギは依然苦しい顔をしているものの、一方でルイス・キャロルの表情はどこか冷静に見える。

 やがてロリーナはおもむろに立ち上がると、聴衆をなだめてこう言った。

「親愛なるワンダーランドの皆さん。ご心配には及びません。私は元々、皆さんにあらぬ心配や疑念を抱いていただきたくないがために、今までこの事を公にしなかったのです。四日前の晩、そこにいる被告人と野ウサギ、そしてチェシャ猫の三名は、城の中に忍び込み、執務中の私の身柄を押さえ、この国を支配させるよう、私を脅迫しました……!」

 あちこちから痛ましい声が漏れる。ロリーナは続けた。

「……が、しかし、すぐに我らが同胞、グリフォン氏とナンチャッテウミガメ氏が事態に気付き、兵たちを引き連れ、瞬く間に憎き犯罪者たちの逮捕に成功しました! 私も、私たちの自由も、彼らによって守られたのです!」

 大きな拍手と安堵の声が広がる中、ロリーナは声高に言った。

「ワンダーランドの皆さんッ! 私に向けられた毒牙は、些末な余罪に過ぎません! そこにいる被告人が犯した大罪は、あくまで今のこの国そのものに向けられたものッ! 自由に対する反逆なのですッ! 既に審理は尽くされました……! 陪審員の皆さんッ、それでは、評決をッ!」

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