6.嘘つき(その2)
グリフォンが言い終えるや否や、凄まじい雄叫びの声が一斉に聴衆たちから湧き起こった。トカゲのビルは思わず身をすくめた後、きつく唇を噛み締める。
……畜生っ……! ここにいる連中は、大半が旦那を憎き犯罪者扱いしてやがるんだ……! 実際カジノで痛い目見てる奴だって大勢いるはずなのに……! 旦那はそんなオイラたちをっ、ただ助けようとしてただけだっていうのにっ……!
「女王様ッ! 判決をッ!」
陪審員席の中から、陪審員であるはずのヤマネが金切り声を上げているのが聞こえてくる。
「さっさと判決の主文を言っちゃってッ! 判決理由も評決も弁論も後回しッ! どうせ結果は決まってるんだからッ!」
これに応じるようにして、聴衆も次々に大声で言う。
「首を刎ねろッ! ギロチンだッ!」
「イギリス人なら縛り首よッ!」
「鞭打ち四十回の上、磔にしろッ! それがテロリストの末路だッ!」
こういった罵声をビルが拳を握りしめながら聞いていると、彼のすぐ側で、赤ん坊を抱いた女が不意によろめいた。
「わっとっ……!」
女が後ろに倒れそうになったところを、咄嗟にビルが近付いて支えた。女は格好からするとどうやら料理番で、抱いていた赤ん坊は、どういうわけか子豚であった。彼女は一瞬の間気を失っていたと見えるが、間もなく飛び起きるようにして痛ましい声を上げた。
「ウッ……! お前さんッ!」
けれども彼女が被告人に向けて掛けた声も、周囲の罵声に搔き消されてしまった。しかしやがてそれらの罵声もまた、ナンチャッテウミガメの声とスペードの女王の手振りによる制止によって、再び一旦の落ち着きを見せた。
「ワンダーランドの皆さん、」とロリーナは毅然として言う。「私たちはあのハートの王や女王たちとは違うのです! 例えどんな極悪人であっても、被告人は私たちの信念に従い、私たちの手によって、あくまで公平に裁かれなければなりません!」
スペードの女王ことロリーナはこのように述べた後、被告人ルイス・キャロルに向かって言った。
「被告人、あなたには黙秘権があります。答えたくない質問に答える必要はないし、言う必要のない事を言う必要はありません。そちらの置かれた立場をよく考え、牡蛎のように黙っているのが最善であるかもしれないという事を、充分理解して裁判に臨みなさい」
ウミガメやグリフォンが、ここでほくそ笑んだように見えた。一方、ビルは訝しみながら呟く。
「……なんだ? なんか妙な言い方な……」
すると先程倒れかけた料理番が、ビルの表情を少しうかがった後、眉間に皺を寄せて彼に囁いた。
「……あんた、他の連中と違うね……? あんたはあの人の事、どことなく心配してる……」
ビルは真剣な表情で、声を潜めて答える。
「へッ、当たり前よ……! オイラは旦那に救われたんだ……! そう言うあんたは?」
「あたいもおんなじさ……! けど、この場にいる奴はほとんどが、あの人を破滅させようとしてる……! さっきの女王のあの言い方……、あたいはピンと来たよ。あの人は脅されてる……! 女王のヤツ、『そちらの置かれた立場を考えて』、って言った。『自分の立場』とか『あなたの立場』じゃあなく……! それってつまり、あの人は誰か、仲間かなんかを人質に取られてるって事じゃないかいッ……?」
ビルが目と口を大きく開いて何か言おうとしたところで、ロリーナが法廷の左手奥を向いて声高に言った。
「それでは、最初の証人をッ!」
扉が開き、トランプ兵に先導されて、薄汚れた旅装の女が一名現れた。次の瞬間、トカゲのビルが大声を上げる。
「っあれは……! メアリーッ!」
法壇隣の証人席に立ってフードを脱いだその証人は、ビルの顔馴染み、白兎のメアリー・アンであった。彼女の姿を目にするのは、彼女とルイスが勝負したあの夜以来である。彼女はかつてメイドであった頃のようにすっきりと痩せて、且つその視線は覚束なげに床の上を泳いでいた。
「証人、メアリーとやらッ」
検察官役のグリフォンが立ち上がり、メアリー・アンに向かって話し始める。
「お前は七日前、そこに立っている被告人、チャールズ・ドッドソンに、お前がオーナーだったカジノにて、ギャンブル勝負を挑まれた。間違いないな?」
「……間違いありません……」
メアリー・アンはうつむいて小さな声で答えた。すかさずグリフォンが再び問う。
「その際、被告人は前もってカジノ内にて、カジノは不正を犯しており、カジノの利用客は皆愚か者だとデマを触れ回って、カジノとそのオーナーであるお前に対する客の信用を、著しく損なった。間違いないな?」
「……はい……」
メアリーはぎこちなくうなづき、ビルは低い声で唸った。
「被告人はそれから、お前に対する客の不信感を盾に、お前に青天井のギャンブル勝負に同意するよう威圧した。間違いないな?」
グリフォンがそう尋ねたところで、ビルはたまらず声を上げた。
「っそれは違ぇッ! メアリーは自分でっ……」
「傍聴人は黙っておれ!」
廷吏のウミガメが怒鳴ると同時に、トランプ兵がビルの所に駆け付けて槍を突き付けた。ビルは身をすくめて、素早く隣の料理番の陰に隠れる。料理番は顔を引きつらせつつ、声を押し殺してビルに言う。
「……同じだよ……。あの女も脅迫か買収かされてるんだ……。公平に裁くだなんて嘘っぱちさ……! こいつは、見せしめの裁判なんだ……!」
一方、グリフォンの方は皮肉っぽく笑って、証人に再度言う。
「証人、答えろ。被告人が威圧したのだろう?」
「……威圧……、しました……」
グリフォンは更に尋問する。
「被告人はそのギャンブル勝負において、通常守られるべきルールと倫理を無視し、卑劣極まる不正な手段を用いて――、要するに、イカサマによって! それでもってお前に勝利し、カジノを手に入れた……! 間違い、ないな?」
聴衆たちが息を呑んだ。ビルも歯を食い縛って証人を睨めつける。証人、即ちメアリー・アンは目を泳がせてしばらく口ごもっていたが、やがてうつむいたまま苦しそうに呟いた。
「……はい……。そう、です……」
「嘘だっ! 異議ありっ! 異議ありだっ! メアリーッ、てめえッ! この恥知らずのやなラース……」
そう叫んだビルの声は、同時に湧き上がった聴衆たちの物凄い怒声によって完全に掻き消されてしまった。
「汚ねえぞッ! このイカサマ野郎ッ!」
「不正はあんたじゃないかッ!」
「今すぐその腕叩き切っちまえッ! それから首だッ! 首を切れッ!」
ルイス・キャロルは立たされたまま僅かに身をすくませると、唇を引き結び、切なそうに目を閉じた。




