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6.嘘つき(その1)

 空を覆い尽くす暗灰色の雲から、不思議の国(ワンダーランド)に雪が降り始めていた。しかしこの国の住民たちは今、異常な熱気を自身の身から放って、ひたすら王都の動向に意識を集中させていた。そしてまた少なくない数の者が、全国各地から、寒気をものともせずに都へと駆け付けていたのである。

 トカゲのビルが息を切らしながら都の裁判所へと辿り着いた時には、既にその巨大な石造りの建物の中が、窒息しそうなほど多くの者たちで満たされていた。中には不安や悲哀の表情を浮かべている者もいるものの、多くは好奇や軽蔑、あるいは怒りで醜く顔を歪め、罵りの言葉を法廷の中心に向かって放っているのだった。

「静粛にッ!」

 低く大きく、それでいてどこか虚ろな声が、法廷に響き渡った。やや時間を掛けて、生き物たちのざわめきの声も静まっていく。周囲の動きが大人しくなったのを隙と見て、ビルは聴衆を掻き分け前へと進んでいった。

 正面奥の大きな法壇に、黒い喪服を着た女が一人、顔の前で手を組んで着席している。ベールで隠れてしかとは分からないが、その表情は氷のように冷たかった。

 彼女の傍らに立っている奇妙な生き物、ナンチャッテウミガメはおそらく廷吏(ていり)役で、先程場内を静まらせたのも彼に違いない。

 左手、検察側の席にはグリフォンが陣取っていて、その背後の囲いの中には十二名の陪審員が座っている。が、見れば陪審員は十二名中、実に十名がトランプ兵で占められており、残りの二名はほくそ笑むヤマネと、青い顔をしているドードー鳥であった。

 トランプ兵は他にも武器を携え法廷中に立っており、聴衆及び被告人の動きに目を光らせている。そして広間ほぼ中央の証言台に、フロックコートを着た栗色の髪の青年が、被告人としてもうずっと以前から立たされていた。

「旦那っ……!」

「静粛にッ!」

 思わず声を上げたトカゲのビルを、ナンチャッテウミガメが低い声で制した。ほとんど同時に、被告人が何気なく後ろを振り返る。

 被告人の青年は傍聴者の中に老いたトカゲの姿を見つけると、小さく微笑み、それから手錠をはめられた両手を上げて、帽子を上げる代わりに前髪を掻き上げる仕草をした。心なしかやつれて見えたものの、その眠たげな青い目は、間違いなく彼――高潔なる紳士、ルイス・キャロルその人であった。

 数日ぶりに彼の姿を見たビルは、悲痛に表情を歪めてこう思った。……なんかの間違いであってほしかった……! 畜生っ……! 捕まった『カジノ潰し』ってのは、やっぱり旦那の事だったんだ……! まさか、新政府の連中に目ぇ付けられる事になるなんて……!

 と、その時であった。黒衣に身を包んだこの国の主導者、スペードの女王ことロリーナ・リデルがおもむろに立ち上がり、高く刺々しい大声を法廷内に響かせたのである。

「親愛なるワンダーランドの皆様方! 只今よりッ、被告人、『カジノ潰し』こと、チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソンの裁判を始めますッ!」

 聴衆が一斉に様々な大声を上げ、法廷は震えた。静粛を促すウミガメの怒鳴り声も聞こえぬ程で、実際に裁判の進行が可能になるまでには、再びしばしの間待たなければならなかった。

 手振りで聴衆を落ち着かせていたロリーナは、ようやく彼らが静かになると、席に座り直し、検察役のグリフォンを見下ろして言った。

「では、起訴状の朗読を!」

 そこでグリフォンはゆっくりと立ち上がると、パルプ紙で出来た長い巻物を広げ、甲高く嘲りのこもった声でそれを読み始めたのである。

「被告人、チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソンは、七日前、異国の地イングランドからこのワンダーランドに密入国し、我ら国民の心の慰め、革命の記念碑、自由と希望の象徴たるカジノに各地で入店。客や関係者に風説を流布し、カジノに於ける業務を妨害し、詐欺及び脅迫によってオーナーに巨額を賭けた賭博を強制し、不正な手段を用いて彼らを負かし、それによって彼らの資産、即ち我ら国民の平等なる幸福の機会、旧体制に対する我ら市民の勝利の証、生命の至上の価値たる自由そのものたるカジノを強奪し、果ては政府と国民の許可なくそれらの営業を停止、解体の上、売却した。かかる傍若無人たる被告人の振る舞いは、我らがワンダーランドの国の形を根本から揺るがし、攻撃し、破壊せしめるものであり、また同時に我が国の政府及び全国民、そして先の革命を徹底的に侮辱するものである。よって、我々はここに、被告人チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソンを、『自由に対する反逆罪』として糾弾するッ!」

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