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5.艱難たる生(その14)

 やがて野ウサギは、ダイスを見つめて声を震わせながら言った。

「……87点にして……、女王とは、7点差……。7は目を、二つ使わないと作れない……。4や5みたいに、片目でも両目でも有り得るのとは違う……。36通りの内、7が出るのは6通りしかない……!」

 彼は絶望の涙をこぼし始めたが、ルイス・キャロルはそれを見て慌てて言った。

「野ウサギさんっ、いいんですよッ……! 7の差でヒットできる確率は実際――」

「さあッ!」

と、ここでロリーナが鋭く声を張り上げて言った。

「87点でいいのよね? ならこれで、五ラウンド目が終了ッ! まず間違いなく、次が最終ラウンドになるッ……! そして十中八九、この私の勝利で終わるわッ!」

 彼女ら三名は共に歪んだ笑みを浮かべ、一方ルイスたちはそれぞれに表情を暗くした。

「ところで……!」と、ロリーナは更に言った。「終わった後の、罰ゲームについて……、まだ、はっきりしていない部分があったわね? そうでしょう、チャールズ?」

 ルイス・キャロルは訝しげに低い声で問い返す。

「……はっきりしていないとは……? 『勝った方が負けた方に、なんでも一つ命令できる』。私が勝てば、君にはワンダーランドとアリスを元に戻すために力を尽くしてもらう。君が勝ったら……、私には、アリスとこの国から手を引けと言うのでしょう……?」

 ロリーナはここで、満足そうにうなづいた後、無邪気とも言える程の笑い声を漏らして言った。

「フフッ! そうよ。『私とあなたの間では』、ね。フフフッ……! だけどあの後、勝負は『チーム戦』になったもの。他のメンバーの間でも……、勝ったら相手に何を命令するのか、きちんと決めておかないとね……!」

 一同はにわかに色めき立った。それは幻獣たちについても同様で、ナンチャッテウミガメは大いにうろたえて言った。

「っ女王ッ……! そんなっ……! わしらを巻き込むのかっ? わしらは頭数として、言われて参加しただけなのにっ!」

 ロリーナは彼を睨んだが、そこで察しを付けたグリフォンが、ウミガメを小突いてこう言った。

「ヒャッハッ……! そういう事かよ……! いいぜッ……! それならお前の権利は俺が貰う。どうせあの猫に何を約束させたって、反故にするに決まってる。それに実際、ゲームのプレイヤーは二人ずつだ。お前と猫は傍観してりゃあいい。罰ゲームは俺と野ウサギでやり合う!」

 グリフォンとロリーナは目を見合わせてほくそ笑んだ。野ウサギは動揺するばかりだが、ルイス・キャロルは黙って唇を引き結び、そして猫は苦々しく笑いながら呟く。

「……ニャハ~……、なるほどね……! そう来るわけ……」

 ここでグリフォンが野ウサギに言った。

「ヒャッハ! というわけで、野ウサギちゃんよ……! 決めたぜ! こっちのチームが勝った暁には……、俺はお前に、こう命令する! シチューだッ! お前のその首を刎ねて頭で出汁を取り、体の肉は余さず削ぎ落して、ハーブやスパイス、マデラ酒を加え、香味野菜と共にじっくり煮込む! バターと小麦粉でとろみを付けたら、塩胡椒とシェリーで味を整え完成だ!」

 彼は更にここから、甲高い声で歌まで歌い始めた。既に薄ら笑いを浮かべていたナンチャッテウミガメも、低音ボイスでそれに加わっていく。

「ステキなシチュー♪ とっても濃厚♪ 熱いお鍋が待っている♪」

「誰だって、逆らえないって、こんな御馳走♪」

「今宵のシチューはステキなシチュー!♪」

「今宵のシチューはステキなシチュー!♪」

「「スーーーテキなシチューーー!♪ スーーーテキなシチューーー!♪ こぉ~~~よいのシチューーーはッ、ステキなステキなシチューッ!♪」」

 二頭の狂気染みた歌の調子に、野ウサギは必死で耳を塞いで震え上がっている。間もなく彼らの歌が終わると、ロリーナはいかにも楽しそうに笑って言った。

「アッハハッ! だそうよ、野ウサギさん? これがホントの『最後の晩餐』ね♪ ……けど、もしそれが嫌なら……」

と、彼女はここで、ルイス・キャロルに視線を移して言った。

「彼に、この勝負を降りるよう頼んでみる事ね……! ここまでやったゲームだけど、その人の言い分次第、条件次第じゃ、勝負自体を無効にしてあげてもいいわ……! フフッ、勿論その場合、私もチャールズも、これまで通り、お互いのしたい事を自由にやり続けるというわけだけど……!」

 野ウサギは呼吸を乱しながら、恐る恐るルイスの顔色をうかがった。唇を噛み締めていたルイス・キャロルは、野ウサギの方は見ず、代わりにロリーナを睨むようにして言った。

「……ロリーナ……。これが君の、狙いというわけですか……!」

 ロリーナは涼しい顔で肩をすくめ、野ウサギは言葉にならない声で彼に尋ねた。ルイスは言う。

「ダイスゲームは運の要素の占める割合が大きく、その運の揺らぎによって、必ずどこかで大きく戦況が傾く……。勝負がロリーナに有利になった、ここぞというタイミングを見計らって、私の友人たちを残酷な賭けに巻き込み、それによって私を脅す……。即ちこれは、ポーカーにおける『賭け金の吊り上げ(レイズ)』ッ……! 彼女は最初から、この場の勝負で私を仕留めるつもりではなかったという事です……!」

 チェシャ猫も苦笑いをしながら言う。

「グリフォンを見張り役にして、二対二にしようって言ったのもこのためだね……! そうすりゃあたしは外れて、野ウサギがプレイヤーにならざるを得なくなる。責任重大な相棒にね……! そんでもって土壇場で罰ゲームの対象にして、こいつのメンタルの弱さを狙い撃ちにするってわけだ!」

「ムフフゥ……! なるほどな、流石は女王。『娘を得ようとするなら、まずアキレス腱から始めよ』というわけだ……!」

 ナンチャッテウミガメが言った。野ウサギはかつてない程にその顔を青白くさせている。しかしここで、チェシャ猫が更に言った。

「ニャハッ! でもロリーナちゃん! その作戦は失敗だよ! 見たとこ今、状況はそこまであんたに有利なわけじゃない。ここまで粘ってたんだろうけどね。こっちにも勝ち目はある。多分せいぜい五分五分さ! 後はこいつに、その五割の勝負に命張らせりゃ、あんたの当ては外れる! 今度はあんたが応じる(コール)降りる(フォールド)か悩む番だよッ!」

 野ウサギは今にも悲鳴を上げそうになったが、ここでルイス・キャロルが仲間たちを制して言った。

「……ロリーナ……。君は言いましたね。『条件次第で勝負は無効にしてもいい』、と……。君の言う、その条件を聞きましょう……!」

「ニャっ……! ここまで追い詰めといて、引き下がるってのっ?」

 チェシャ猫は気色ばんで怒鳴ったが、ルイスは動じず、猫や野ウサギに言った。

「……私とロリーナの争いで、これ以上誰かが犠牲になってはいけません……。私なら大丈夫です……。例え腕や脚の一本失ったところで、数学講師や作家業にはさほどの影響はありませんから……。その後続く事になる、この世界での更なるギャンブル(たたかい)にもね……」

 そうして彼はロリーナの目を見据え、声を大にして彼女に問うた。

「さあッ、言ってください。ロリーナッ、君の言う条件とはッ?」

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