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5.艱難たる生(その12)

 ルイス・キャロルと猫は微笑んだ。一方、ロリーナたちは若干表情を強張らせながらも、尚野ウサギを嘲笑った。野ウサギの方ではそれに構う余裕はなく、手の上でぎこちなくダイスを転がしながら、モゴモゴと言った。

「……ウミガメは57点、女王は61点……。僕は41……。ウミガメを落とすなら16点……、女王なら20……。ううっ……。っ行きます……! ハイッ……!」

 あわや甲羅から出そうな程に勢いよく放たれたダイスは、4の目を出して静止した。冷や汗をかきながら、野ウサギは二投目を振る。

「ハイっ……!」

 出目は6。野ウサギは震えの治まらぬ指先で、ダイスを取って言う。

「これで51点っ……。ううっ……、行きます……! ハイッ……!」

 出目は再びの6となり、点数は暫定57となった。ウミガメは観念したように呻き声を漏らしたが、野ウサギもまた苦しそうに呻いて言った。

「……ううう……。これで57点……。ウミガメをヒットできるけど……。ヒットすれば、そこで僕のターンは終了……。この後まだ女王がこのラウンドの分を振る……。という事は……」

 ルイス・キャロルは表情と声に緊張を表して言った。

「……そうです。ここで止まってしまうと、実質一ラウンド分遅れた状態になってしまいます。このままだとロリーナは、この次のラウンドで上がれる可能性が高い……。一方で今、あなたと彼女の差は4です。今回のこのゲームでは、4の差はヒットできる可能性が最も高い……! つまり……」

 野ウサギは今にも泣き出しそうな程に顔を歪め、喘ぎながらこう言った。

「ううっ……。くぅっ……! ふっ、振ります……。ううっ、振りますよ……!」

 しかしながら野ウサギ四投目は、中途半端な3-3の6と出た。出目を片方採用すれば60点。両方ならば63点となるが、ロリーナの点数はその間である。チェシャ猫とルイスに促され、彼は6を足して先へ進む事を選択する。

 かくして五投目は、強制終了の計7であった。野ウサギはどこか安堵の表情を浮かべつつ、7を足してトータル70点でのターン終了を宣言した。

 続いて、このラウンド三番手のルイス・キャロル。ポイントゼロから粘り腰で振り続けた結果、五投目に7を出して終了となった。トータル30点である。

「フンッ……! それじゃ、私の番ね……!」

 四番手のロリーナが、そう言いながらダイスを掴んだ。野ウサギはにわかに青ざめて言う。

「……僕は70点……、女王は61点……。もし……、もし彼女がここで9を出したら……、僕は0点っ……! 今度こそ本当に勝負あり……! ルイスさんの望みは(つい)え……、狂気が完全に世界を覆う……!」

 その目を爛々と輝かせながら、スペードの女王はダイスを振った。

 カッ、カランッ!

「……チッ……! 10とは……!」

 グリフォンが真っ先に声を漏らした。出目は6-4の10。野ウサギはこの一投でのヒットは免れたものの、ロリーナが出目を分ければ、危険は次に持ち越される。

 一同は息を止めて彼女をうかがった。ロリーナ自身も、口をつぐんで甲羅の中のダイスを見つめ、どうすべきか思考を巡らせている。

「ニャハハッ! 考えてる考えてるッ!」

 出し抜けにチェシャ猫が言った。

「ねーどーするの? 大きく分けて二通りだよね! 10足してウサギを追い越し、ゴールまで突っ走るか、それとも手前で止まって次のラウンドにトドメを刺すか!」

 グリフォンが怒鳴る。

「おいッ! うるさいぞッ! それにお前は誤魔化してる! ルールじゃ一投ごとに、出目を片方使うか両方使うか決められるはずだッ! つまりこのターンの内に、細かく刻んでいってヒットする事だってできるんだぞッ!」

「ええ~っ? そうだっけ~っ?」

 チェシャ猫は悪びれず言ったが、ルイスはうなづいて言う。

「グリフォンさんの仰る通りです。今までは、そうした方が有利な場面がなかっただけ……」

「は~あ、馬鹿正直だねえ」猫が言う。「でッ? 思慮深き女王陛下は刻んでいくわけ? 運が悪けりゃ、ウサギを数歩越えたとこで止まっちゃいそうだけど!」

 ロリーナは嘲りを浮かべて言った。

「フンッ! それで私を脅してるつもり? あなたたち……、覚悟を決める事ねッ……! 4のみ足して65点ッ! そこから更にッ、二投目を振るわッ!」

 一同揃って息を呑む。ロリーナ・リデルは眼を見開いてダイスを振った。

 が、出目は6-3の計9。

「このッ……!」

 ロリーナは思わずダイスに向かって声を上げた。すかさず猫が笑う。

「ニャハハッ! 大人げない女王様だねえッ! でッ? どーするのッ?」

「決まってるわッ! 3だけ足して68点ッ! そして三投目よッ!」

 ロリーナは言い放ったが、ナンチャッテウミガメは慌てて言う。

「っいかんッ! 女王よっ、裏目続きだっ! 2など出ないっ……! 流れが悪過ぎるっ!」

 一方グリフォンは表情を強張らせ、僅かに腰を落とした。ルイス・キャロルは唇を引き結び、野ウサギは気が遠くなりそうなのを必死でこらえている。

「フフフフフッ! さあッ! 行くわよッ!」

 狂気をその顔に浮かべて、ロリーナはダイスを振った。

 カッ、カッカラララ……。

 放たれたダイスが甲羅の底に落ち着こうという、その瞬間だった。出目をその猛禽類の目でいち早く見分けたグリフォンが、嘴の先からダイスに向かって、鋭く息を吹き掛けたのだ。

「おっとッ!」

 けれどもそれとほとんど同時に、チェシャ猫がルイスの頭からトップハットを掴んで甲羅を覆い、グリフォンの起こした風を遮ったのである。

「クっ……!」

 グリフォンは声を漏らした。驚くばかりの他の者たちも、ようやく遅れて何が起こったのかを理解する。ロリーナは唇を噛み、背後に立つグリフォンをじろりと睨めつけた。チェシャ猫は明るい声で笑う。

「ニャハハハハッ! 何かはやってくると思ってたよ! さ~てッ! グリフォンちゃんがセコい手で変えようとしたこの出目は、いったいなんでしょ~かッ! 丁か半かッ!」

 彼女はそう言って、甲羅の上に掲げていたルイスの帽子を、ゆっくりとどかした。

「6-6っ! 12のリセット目だっ!」

 野ウサギが狂喜して叫んだ。それ以前から微笑んでいたルイス・キャロルは、猫から帽子を受け取って被ると、ここで声に出して笑った。

「フフフッ! これはこれは、『手痛い停滞』というわけですね! ですがイカサマはご遠慮くださいッ。『なんでもあり』では成り立たない事もありますから」

 ウミガメは憂鬱そうにぼやく。

「……ムゥ……、ハァ……。こんな事なら、さっきの二投で、少しでも進んでおけば良かったというのに……。ハァ……。いったい何点無駄にしたか……」

 しかしここでロリーナは冷笑を浮かべつつ、周りの者を順番に見て言った。

「フッ、フフフッ……! 馬鹿ね……! フフッ! これでいいのよ。次のラウンドは野ウサギよりも、後ろにいる私の方が先に振る……! 今と全く同じ状況で、私はもう一度振る事ができる! 今のと全く同じ恐怖を、彼らはもう一度味わう事になるのよッ!」

 野ウサギは再び顔面蒼白になった。ルイス・キャロルの表情にも緊張が蘇る。グリフォンは言った。

「ヒャッ、ハッ……! なるほどッ……! そうだっ……! それに、奴らの方じゃ反対に、さっきウミガメをヒットしなかった事が完全に裏目に出てるぜッ……! 同じ恐怖どころじゃあないッ! 野ウサギは次のラウンド、女王とウミガメ、二人の攻撃に曝される事になるんだッ!」

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